EX_その他について言うならば
「では、午後も誠心誠意をもって接客・調理・品出しお願いします」
よろしくお願いします
午後のミーティングが終わり、俺は自分の持ち場であるお菓子売り場へ向かった。
俺の名前は不和王和。このスーパー『ワープア』で五年働いているベテランだ。俺はこの仕事が好きでやりがいも感じている。ここを家だとも感じている。
正直、居心地の悪いルームシェアに帰るくらいならここに泊まって過ごしたいとも思う。野菜も肉もお菓子も食べ放題だし。
そんな俺の愛すべき職場に、数か月前から不審な人物が出現した。俺はこの仕事が好きだ。人間関係は少しこじれているが好きだ。だからこのスーパーを守らなければならない。
そう。絶対に。
□
品出しをしながら注意深く出入り口に厳しい視線を飛ばす。
あいつらがやってくるのは大体この時間。そろそろ来るはず。
俺の直感は的中し、数十分後にあの二人組がやってきた。
一人はあどけない小学生くらいの女児。
もう一人は髪の手入れもなっていない成人男性。いや、もうおっさんか。
一目で三十路手前、無職、痩せ型であると分かる風貌。髭こそ伸びてないが、大方今日外出するから剃っただけでいつもは好き放題生やしているに違いない。
こいつらこそ要注意人物の一人。
その名も『何も買わないのに一時間以上徘徊する輩』だ。
野菜コーナーや肉、魚、総菜、一般用品の棚を一通り見て回るが結局何もカートに入れず帰っていく。試食すらもしない。一体このスーパーに何しに来ているのか分からない。
俺は冷やかしとクレーマーと値引きシールを貼っていると近くまでやってきてシールが貼られるのを今か今かと待ちわびる客が大嫌いなので、どうにかしたいと思っている。
具体的には万引きの瞬間をとらえて警察に突き出し、スーパーへの出禁処置を取りたいと思っている。
だから、今日も奴らの後を追ってこう願うのだ。
万引きしろ!! ジャガイモを懐にしまえ!! にんじんを穴に突っ込め!! チョコボールをポケットにしまえええええええ!!
あいつらはまず野菜コーナーにやってきた。旬真っ盛りの旨そうなトマトやキュウリやナスがあるのに見向きもせずにぶらぶらぶらぶら。
あの男は何をやってるんだ!! 隣に優秀な穴があるんだからナスでも大根でもスイカでも突っ込まんか!! この意気地なしが!!
次いで精肉コーナーへ。
ここでは新商品のウィンナーやベーコンの試食を行っている。どんな満腹なマダムでも手を出さずにはいられないような旨そうな匂いが漂っている。俺もよく食べる。
しかし、あいつらはそこを素通り。精肉の棚の近くで立ち止まったりしているがやはり商品は手に取らず。
あの娘は何やってるんだ。せっかく穴を持ってるのに何も突っ込まないんだ!? なぜ自分の長所を活かさない!? そんなの宝の持ち腐れじゃないか!! 突っ込めよ。そこにあるウィンナーやらポークピッツやらサラミやらを奥までコツンと突っ込めよ!!
その後も鮮魚、お菓子、日用品コーナーと巡っていったがあいつらは一度も商品を手に取ることなくスーパーから去っていった。今日も決定的瞬間を目撃することが出来ず俺は落胆した。
万引きの下見にしては時間をかけすぎているし、理数化学に弱そうだから自作爆弾を設置して脅迫、などの線も薄い。
なら、一体何なんだ? あいつらは何が目的なんだ?
野菜コーナーで頭を捻っていると背後から声がかけられた。
「不和君。君、お菓子コーナーの担当だよね? こんなところで何やってるの?」
そこには尊敬すべき店長が立っていた。
□
「やっぱりスーパーは涼しくていいな」
「だねー。でも、なんで商品を手に取っちゃダメなの? 彩、新商品のおまけ付きお菓子のサーチしたかったのに」
「それはだな。俺たちみたいな冷やかしのボロアパーターが手に取ったら、商品価値が下がるだろ?」
「さもありなん」
「しかし、まだ暑いな。次はホームセンターにでも行くか」
「さんせーい!!」
夏の昼は今日も暑く、それでいて正しかった。
□
俺の名前は不和王和。品出しが一通り終わったので今は精肉コーナーの試食係に異動している。先ほどは冷やかし共のせいで店長に注意を受けたが、気を取り直して業務にあたろう。
何故なら、俺はこの仕事に誇りを持っているから。
俺は喉の調子を整え、下野紘似の声でお客様に呼びかける。
「いらっしゃいませいらっしゃいませー。新発売のごん太ソーセージと反り返りウィンナーいかかでしょうかー。太いですよーアツアツですよー」
「一本もらえますかー?」
「はいどうぞー」未婚の母に割りばしに刺さったソーセージを渡す。
「私にも一本もらえる?」
「はいどう」
「ぞ」
ウィンナーを手渡そうとした先には、白い半袖の上からでも分かる巨乳と、その数十分の一の大きさの脳みそしか持ってなさそうな金髪ロングの似非外国人みたいな女が立っていた。
そう。こいつこそ要注意人物その二。『無限試食女』である。
無限試食とはその名の通り、無限に試食しに来るのである。その被害額はスーパーの総売り上げの一千万分の一にも満たないがやられてる方としてはとてもイラつくのである。
しかも、ただ試食をせびるならまだしも、一回の試食が終わるごとに約十分間のインターバルを置き、前回とは異なる服装であたかも『別人ですよ?』感を醸し出してくるのが卑劣極まりない。馬鹿の浅知恵ほど腹立たしいものは無い。
ただ、相手は外見極ぶりの馬鹿女でもお客様はお客様。俺はコイツの試食要求に従うしかなく連戦連敗だ。
「おにーさん? 一本もらえるかしら?」
「は、はい。すみません」
くそう。こいつめ。もしソープ嬢ならいつか店を特定して指名してドギツイプレイを要求してやるからなくそくそくそ。
俺はせめてもの抵抗として一番小さい、ポークピッツと見まごうようなサイズの反り返りウィンナーを手渡した。
「ありがと♡」
女はパクリとウィンナーを食すと割りばしをゴミ袋に捨て去っていった。
俺は歯ぎしりするしかなかった。
~十分後~
「おにーさん。一本下さいな」
また来たかこの乞食めが。
前回は白Tシャツ。今回はビーチから直行してきたようなヒョウ柄ビキニ姿だった。服装を変えたって、そのバカでかい巨乳をどうにかしない以上変装の意味をなしていない。やはりこいつは人を馬鹿にしている。
「おにーさん?」
女は前かがみになり上目遣いでねだってくる。つられて俺も前かがみになりそうになる。
ただ、俺もこの十分間何も考えず未婚の母たちにソーセージを恵んできたわけではない。仕返しの手立ては既に立ててある。作戦決行だ。
俺は巨乳用に用意していたアツアツで極太な反り返りソーセージを手に取り、女へ渡す。
どうだ? この太さ、熱さ、反り返さ。とても試食とは思えないボリュームだろう。まず熱さで口内を火傷してそこから口内炎を発症し数日間苦しめ。そして食べにくいであろう、どうして製造元からGOサインが出たか分からない、一口じゃ収まりきらない近藤勇専用のような極太のソーセージに無様にかじりつき、みっともなくていやらしい姿をさらして嘲笑の的になれ。そして『試食はもうこりごりでござる~』と昭和のアニメの様なセリフを言って立ち去れ。二度とその面見せるな!!
「ありがとう。とってもおいしそうね」
女はその肉棒を惚れ惚れとした表情で見つめ、先端にキスをしてから小さな口で先端を齧る。そして溢れた肉汁を裏筋に沿うように舌で舐めとり妖艶な目つきで俺を見つめ
「ちょ、ちょっと失礼します!!」
俺はトイレへと駆け込んだ。
~一分後~
「ふぅー」
事を済ませた俺は手を洗い、アルコールを手に噴霧し、両手を擦り合わせながらゆっくり持ち場に戻る。
なんてこった。まさか必殺仕事人が返り討ちにあうとは。
やはり女は恐ろしい。
試食会場に帰還する。既にあの女の姿は無かった。
代わりに畏怖している店長の姿があった。
「不和君。ちょっといいかな?」
イエス、以外の返答はできなかった。
説教が終わったら休憩に行こう。
□
「三上さん知ってる? パートの不和さん、特定のお客さんのストーカーしてるらしいよ」
「えーほんと!?」
「ほんとにほんとよ!! 私見ちゃったのよね。不和さんが持ち場を離れて小さいお子さん連れを棚の陰からじっと見つめてるところ」
「いやー気持ち悪い!! それってあれよね『ロリコン』ってやつよね。気持ち悪いわ~」
「不和さん絶対どこかおかしいわよね。パートのくせにやたらとやる気あるし」
「こんな最低賃金なのにねぇ」
「しかも、なんか臭いし」
「夏場だからとかじゃなく、一年中臭いのよねぇ」
「早く辞めてくれないかしら」
「ほんとそうね」
「失礼します!! お疲れ様です!! 三上さん、下田さん」
「お疲れ様です~。じゃあ、私、持ち場に戻りますので」
「私も~」
「そうですか。頑張り過ぎないでくださいね!!」
二人を見送り、俺はお茶を汲みパイプ椅子へ腰かける。
テレビでは最近下着ドロボーが出没していると報じていた。
□
俺の名前は不和王和。お客様もまばらになった店内で、一人レジを担当している。今日は問題児共のせいで店長に何度も注意を受けたが、名誉挽回。気を引き締めていこう。
一人、また一人と清算をこなしていき次のお客様へ。
「いらっしゃいませー」
買い物かごを受け取りその中身を見る。
こ、これは
カゴに入った商品のすべてに『半額』の黄色い値引きシールが貼られていた。
これぞ要注意人物最後の一人『ハーフイエローウーマン』である。
このお客様はいつも閉店間際にやって来ては店内の黄色い値引きシールの貼られた商品を買い漁っていく。しかも、20%引きや30%引きの商品には目もくれず『半額』されている商品しか手に取らない。そこが『ハーフイエローウーマン』の『ハーフ』たる所以だ。
俺は動揺を抑えつつ商品に貼られた半額バーコードを読み取る。定価百円が半額。百五十円が半額。二百円が半額。八十円が半額。
店の売り上げ額が、店の当初予定していた売上額が遠ざかっていく。
なんでこんなことをするのかお前に人の心はないのか、と問い質したくなるが今回に関してはお客様にほとんど非がないため何にもすることが出来ない。
しかも、見た目が明らかな夜の水商売の人なのでケツ持ちに誰が付いてるか分かったもんじゃない。藪をつついて蛇を出す真似はしたくない。
「合計八百円でございます」
「あ、このクーポン使えますか?」女がくたびれた財布を探り始めた。
あまりの衝撃に『Pardon?』と発しそうになった。
この女、二十点で八百円の激安値段から更に割り引くつもりなのか!? 血も涙もないのかこの買い物上手が!!
「これでお願いします」
女が取り出した一枚の用紙に俺は恐る恐る目を向ける。
なっ!!
そこにはなんと『五百円引きクーポン』の文字が躍っていた。
こいつ、八百円の会計に五百円引きクーポンを使う意味が分かっているのか!? この会計にそのクーポンを使ったら八百円-五百円=三百円だぞ!? 百円玉三枚だぞ!? カードパック二袋買う感覚だぞ!? 大体そういうのは二千円以上使って『少し買いすぎたかななんか割り引く手段ないかな』って、財布漁って運よく見つけて使用する類の奴だぞ!? 高いものを安くするための手段であって、安いものを更に安くするための必殺券じゃないぞ!? 常識無いのかこの女!?
ただ、この女の選択はいつも非情だが合法。いちスーパー店員の俺は従うよりほかない。
俺は多大なる敗北感を背負いながら女の背中を見送った。
そのショックからかその後は会計ミスにミスを重ね、店長室に呼び出されてしまった。
□
「失礼します」
ノックの後扉を開ける。店長室と言っても会社の様な立派な個室、ではなく、作業場の1スペースが割り振られているだけである。大の大人が二人入ればもうぎゅうぎゅう詰め。
店長は回る椅子に座り俺を見上げている。
昔、安月給に耐えかねて辞めてしまった先輩が言っていた。
店長室に呼ばれたものに待つ未来は、栄光か挫折のどちらかだ、と。
果たして俺の未来はどちらに転ぶのだろうか。
「不和君、明日から来なくていいよ」
先輩、これは栄光と挫折、どっちでしょうか――――――――――。
□
「はぁー」
昼の公園でブランコに座り、俺は一人ため息をついていた。砂場では子供たちが楽しそうに砂のお城を築き、ベンチではベビーカーを持つママさんたちが歓談している。
スーパーをクビになった後、俺の人生は急転直下を迎えた。
次のパート先を探すも連戦連敗。それに伴いもともと滞納していた家賃が更に膨らみ、ケチな同居人から返済不可能と判断されルームシェアを追い出され、仕方ないしばしホームレスに身をやつそうと、野に繰り出したが縄張り争いに敗れ追いやられ、今は辺鄙な土地の小さい公園で三日間寝泊まりしている。
一時は俺をクビに追い込んだ要注意人物共の殺害計画を練り、包丁購入まで至ったが、現在は現実の厳しさに復讐の炎すら消えてしまっている。
俺の人生、ここで終わりなのかなぁ。
実家に帰るのも気が引けるしなぁ。
はぁ、とため息を吐きうなだれる。
「ちょっとよろしいでしょうか」
声につられて顔を上げると、そこにはとても『ママ』と呼びたくなる容姿をした女性が立っていた。
「マ、ママ」
遂、口が滑った。
速攻で頭をしばかれた。