ある日突然、あなたが居た。
めぐみは何時もの様に日報を書いて神官に送り、七海の帰りを待っていた――
「ピンポーン、ピンポーン、めぐみ姉ちゃん、ただいまっ! お客さんを連れて来たよっ! 早く開けてっ!」
「はいはい、お帰りなさい、お客さんて誰かしら?」
「御無沙汰――――っ! お久っ! 来ちゃった! 元気ぃ――――っ」
「あぁっ! イッケイさんっ、お久しぶりです。見ての通り元気です。うふふふっ」
「駅前でばったり会ったんよっ! そしたら、髪型を直してくれるって言うからさぁ、連れて来たんよ」
「秋には、髪のお色と髪型を変える約束だったでしょ? だから」
「有難う御座います。七海ちゃん良かったね。イッケイ・マジックでモテモテになったんだよね。うふふっ」
「まぁ、嬉しいわぁ―、私の方こそ仕事は増えるし、資産は増えるし、シワまで増えたわよぉー、笑いが止まらなくて。もぉ、やぁだぁー」
大爆笑で挨拶を終えると、イッケイは真剣な表情で七海のヘアスタイルを考えていた――
「このまま伸ばして、元の長さにするつもりだったの。長くして重さを出しつつ、お色を軽めにしようと思ったのだけれど……でも、七海さんはボブが似合うわね。少し長さを整えてAラインのボブにしましょうよ。インナーカラーを入れると素敵よ」
「おまかせ――――っ!」
七海は耳掛けボブからAラインのボブになって、モテ系から愛され系に変身した――
「ワァーオッ! なんか、すっげぇ秋の感じだよー。小顔になったよっ! イッケイ・マジック炸裂だお、自分じゃないみたい」
「ミルクティ・ベージュだけだと有り触れて居るから、少しカーキを入れて、インナーカラーはダークにしたから、立体感が出て、耳と顎のラインが綺麗に出るでしょう。自分で言うのも何だけど、七海さん、お似合いよ。可愛いわぁー、どんだけ――――っ!」
「七海ちゃんが、どんどん優しい人になって行く感じが凄いのよね……」
「あっシは優しいんよー、隠せないんよー、やっぱり。この可愛らしさは本物だお。きゃはっ!」
姿見で自分の姿に見惚れる七海を他所に、イッケイが道具を片付けていると、何かに気が付いた――
「ねぇ、めぐみさん。これ、お見合い写真じゃないのっ! お見合いするの?」
「違うんですよ。そのお見合い写真の人の、お相手を探した所なんです」
「ん? 何だか、複雑ね。でも……自由恋愛の時代に、お見合いをする人も居るのよね。私なんて不自由恋愛からの――っ、今だからっ!」
「縁談のプロが居るんですけど、纏まらない縁談の相談を受けたんですよ。きっと、その人には心に決めた人が居ると思ったのです……」
「それで、心に決めたお相手が見つかったのね。良かったじゃないですかぁー。ロマンチックな話が聞けて嬉しいわ。ところで、めぐみさん。相談が有るんだけど……聞いて貰えるかしら?」
「はい。私で良ければ何なりと……」
「有難う。実はね……視聴率が上がらないのよ、テレビの若者離れを言い訳にしたくないのっ! こんな時代だからこそ、結果を出したいのっ! 何か良いアイディアが無いかしら?」
「アイディアですか? いやぁ、私は美容には疎いものですから……イッケイさんに言える事なんて何も無いですよ……人呼んで、狛江ばばあと言われている、お節介ババアに眼を付けられて、縁談のお手伝いしている真っ最中ですので……」
「人呼んで? 狛江ばばあ……お節介ババア……めぐみさんっ! それよっ! ばばあよっ! ババアッ! やっぱり、めぐみさんに相談して良かったぁー、七海さんとめぐみさんに会うと奇跡が起こるのよねっ! 有難ぅ――――っ! じゃあね、またね、今度会う時は御馳走するから。ねっ、さようなら――――――っ!」
「ああ、帰っちゃったよー、お礼が言いたかったのにぃ、あんだおっ!」
「八つ当たりしないでよ、せっかく可愛くなったのに、言葉遣いがそのまんまだと不味くない?」
「あっシもぉー、ひと言ぉ、お礼がぁー、言いたかったのにぃ、めぐみお姉さんのぉ、意地悪ぅー」
「キモっ! 変わってねーしっ!」
七海とふざけていると、神官から連絡が有った――
「大森文子氏の祈りが天の国に届いていた為、無事、黒田菜月様の武装解除が出来ました。ミッションは進行中で御座います。心を隠した二人の御縁を確りと結んで下さい。以上」
「武装解除とは穏やかでは無いわね……心を隠した二人? でも、狛江ばばあのお陰で何もしなくて済みそうだなぁ。イッヒッヒッヒ」
「めぐみ姉ちゃん、まーた変な笑いして、何、企んでんの?」
「何もしないのよっ! さーて明日も早いから、寝るかっ! 七海ちゃぁ―ん!」
「いやーんっ、神出鬼没の大ドロボーかよっ! どこ触ってんの、エッチ!」
大祭の前夜祭を三日後に控えた、上弦の月が輝く夜の出来事だった――
――翌朝
「うわあ――っ、もう朝だよ。確りした食事のせいなのか充分過ぎる程、睡眠がとれた……くぅ―っ」
菜月は昨夜の煮物と御飯をレンジで温め直し、お味噌汁を作り、ぬか床からきゅうりと大根とプチトマトを取り出し、切って小皿に盛り、朝食の準備を整えた――
「いただきまーすっ! はぁ、美味しい……朝からこんな贅沢が出来るなんて夢のようだわ……ふぅっ、ふぅーっ」
朝食の後片付けをすると、七海に貰ったラ・フランスのデニッシュをトースターで温め、ハーブ・ティーを飲んだ――
「最後のパンを食べたら終わりにしようと思っていたのに……私の人生、私の青春は何も始まっていない。これから始まるんだっ!」
菜月は毎朝、うまいバーを一本食べて学校へ向かう不健康な日々が、思考さえも蝕んで居た事に気付いた。そして心の中に、田中一輝が居る事に驚いていた――
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