お節介にも程が有る。
アパートに戻ると服を着替え、犯行の準備を整えた――
「ピンポーン、ピンポーン、御免下さぁーい」
「えぇっ、こんな時に、何かしら?」
のぞき窓を見ると帽子を被った制服姿の男が立っていた――
「どちら様ですか?」
「あっ、黒田様ですね、有り難う御座いますっ! エネメス石井でぇーすっ!」
「エネメス石井? あの、何も頼んで居ませんけど……」
「大森様から灯油の配達を承りましたので、お届けに参りました」
菜月はドアを開けて、事情を説明する羽目になった――
「すみません、私が頼んだ物ではありませんので、申し訳ありませんが、持って帰って貰えますか? それに今、持ち合わせが無いので。失礼します」
「嫌だなぁ、黒田様、お代なら大森様から頂いてますので大丈夫ですよ。受取のサインだけ頂けますか?」
「いや、困ります、そんな事をして貰う理由が有りませんし……」
「いえ、そんな事言われても、大森様から頼まれて来たんですから…」
押し問答をしていると、そこへ文子がやって来た――
「あらっ、丁度良い所に来たわね。石井さん、配達ご苦労様」
「あっ、大森さん、良かったぁ!」
「それは……どうしようかしらねぇ、表に置いておく訳にもいかないし、ベランダか? そうね、ベランダまで、もう一仕事だけど良いかしら?」
「お安い御用ですよっ! 失礼しまーすっ」
「あぁっ、ちょっと、待って下さい……」
菜月の部屋にふたりで上がると、サッシを開けて、ベランダに灯油のポリタンクを置いた――
「これで良いわね。ご苦労様」
「朝晩は冷え込むようになりましたからねぇ、無くなったら言って下さい。直ぐに配達に参りますので」
「有難う。社長によろしく言っておいてね」
「あー、それなんですけど、大森さん。社長、最近キャバクラばっか行ってるんですよ、注意して貰えますか?」
「あらあら、また悪い癖が出たのねぇ、お灸を据えてやるから、任せなさい」
「毎度っ! 有り難う御座いましたぁー」
ふたりは菜月の存在を無視して、会話に花を咲かせて出て行った――
「一体、人の事を何だと思っているのっ! 信じられない、あの態度っ! 何よっ」
菜月がドアに鍵を掛けようとすると、ドアが開いた――
「うわぁ――っ!」
「さぁさぁ、これで邪魔者が居なくなったわよ。おほほほほ」
「ちょっと! 他人の部屋に勝手に上がり込んで何なんですかっ! あなたこそ邪魔者です、出て行って下さいっ!」
「まぁまぁ、そんなにカリカリしなさんな、ひと息入れましょうね。美味しい和菓子を買って来たの。今、お茶を淹れるから。座って居て良いわよ」
文子は薬缶に水を入れ火にかけると、持って来た和菓子をお皿に乗せ、お茶の準備をしていた――
菜月は目の前で起きていの事に茫然としていたが、文子がお茶を運ぼうとした時に、テーブルの上に置きっ放しの犯行声明文と遺書に気付き、慌てて隠した――
「はい、お茶が準備が出来ましたよ。季節の和菓子と一緒にどうぞ」
「あのぉ、支払いますからっ! 謂れ無い親切は迷惑です」
「まぁ、支払いますだなんて。あなたって、お若いのに確りしてらっしゃるのね。普通はさーせんっ! とか、あざーっす! とかじゃない? おほほほ」
菜月は文子の変な若者言葉に意表を突かれて、笑ってしまった――
「ぷっ、あははっ、そんな事、言いませんよ」
「あら、そう? 若者言葉って流行るのも廃れるのも早いから、おばさん、ついて行けないわ。おーっほっほ」
文子は和菓子を丁寧に差し出すと、急須のお茶を淹れた――
「この間、お正月だと思ったら、もう神無月。一年なんてあっと言う間よねぇ。お茶の世界では、十月は『名残の月』って言うのだけど。この栗名月のお菓子はね『十三夜』って言うのよ。満月じゃないから少し寂びた美しさを表現しているの」
こし餡を夜空に、栗の甘露煮を月に見立て、葛生地に包まれて、透けて見えるその美しさに菜月は心を奪われた――
「綺麗だなぁ……食べるのが勿体無いくらい。ずっと、見ていられる」
「おほほ、そうでしょう? でも本当のお月様はもっと綺麗よ。下ばかり見ているとその美しさを忘れてしまうのよね」
「…………だって、夜空を見上げていたら、自転車に撥ねられるのがオチですよ」
「あらやだ、説教臭い事を言いたかった訳じゃないのよ。ほら、若い人に限らず、最近は大人の人も、お月見なんてしないでしょう? だから。さあ、召し上がって」
「はい。頂きます」
口当たりの良い葛生地と、こし餡の優しい甘さにうっとりとしていると、確りと甘く煮た栗が顔を出し、眼を閉じていても口の中でお月見が出来た――
「はぁ……なんだか落ち着きます。お茶もこんなに美味しいなんて……」
「お口に合って良かった。落ち着いた所で、お話が有るのだけど……杉山さんには私から話しておくから、辞めるのはもう少し後にしたら? 何時だって辞められるんだから。ねっ、そうしなさいよ。時給もウンと上げさせるから心配しなくて良いのよ」
「あぁ……はい、そうですね。でも……」
菜月が何か言い掛けた時に、文子が片付けようと手に取った袋の中に柳葉包丁が入っていた――
「あらっ? これ、柳刃じゃないの? あなた料理もなさるの? 関心ねぇ」
「あぁっ! ダメ! それは、その……」
「これ、高かったでしょう? でも良い物を買わないとね。料理動画の影響なのかしら? ホームセンターでプロ用を売る時代だものねぇ」
「あ、あの……」
文子は包みを勝手に開けると、箱の中から柳刃包丁を取り出し、鞘状に折った油紙を外し、包丁の刃を見定めた――
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