殺意と熱意の邂逅。
二リットルのペットボトル三本をスポーツバッグに詰め、モーラ・ナイフとライターを懐に忍ばせ、通学の途中で地下鉄か公共施設で実行する予定だった――
「今日で全てが終わる。終わらせるのよ……」
アパートに遺書を残して、ドアを開けると秋の風が「どうっ」と吹いた――
そこに大森文子が居た――
「あら、良かったぁー、行き違いにならなくって、あなた、黒田菜月さんでしょう?」
「はい。そうですけど……どちら様ですか?」
「紹介が遅れました。私は大森文子、地域のボランティアで、主に縁談と人生相談等をしているの。口の悪い人は私の事を狛江ばばあって言うのよ、聞いた事が無いかしら? やーねぇ、おーっほほほ」
「はぁ? 何か用ですか? 私、出掛けるので失礼します」
「杉山さんから相談を受けたのよ。それと、あなたに良いお話が有るのよっ!」
「えっ? 杉山社長が……」
「あなたの待遇を見直すって。良かったわねぇー、私も力貸すわよ。私が言えば大幅に時給が上がる事、請け合いよっ! おほほほっ」
「あー、それなら、もう良いんです」
「ちょっと待ちなさい。良いって何よ、良いわけ無いじゃないのっ! アルバイト辞めてどうする気? お金は有るの? それとも、他で働くの?」
「そんな事、あなたには関係無いでしょっ、ほっといて下さいっ!」
「あら? 関係有るでしょう? 大有りですよぉー。じゃあ、私、杉山さんになんて言えば良いの? 合わせる顔が無いじゃないの」
「そんな事……知りませんっ! 私、急いで出掛けなければならない用が有るんですっ!」
「そう。仕方無いわねぇ……分かったわ」
文子は菜月の前の立ち塞がっていたが、諦めてアパート階段を降りた。そして、その後ろを菜月が続いて下りて行くと、停めてあった車のドアを開けた――
「さあ、どうぞ」
「えっ!」
「早く、御乗りなさいな」
「あの、歩いて行きますから……結構です」
「遠慮なんか要らないのよ。急いでいるんでしょう? ほらっ、もたもたしないでっ!」
文子は荷物でも載せる様に菜月を助手席に押し込むと、車を走らせた――
「あのぉ……駅迄で結構ですから」
「良いわぁよぉー、気にしないで。何処まで行くの? 忙しいのに、お時間取らせてしまって御免なさいねぇ。きちんと送りますよぉ。おーっほほほほ」
「…………」
文子も心得たもので、それ以上は追い込まなかった――
「あぁっ、そこで降ろして下さい」
「そこで良いの? じゃあ停めましょうねぇ。菜月さん、学校が終わるの何時かしら? おばさんねぇ、今夜にでもゆっくりお話がしたいの。待ってるから。ねっ」
菜月は車を降りると、無言でドアを閉めて去って行った――
「ふんっ、待っていたって無駄よ、今日が私の最後の日なんだから」
長く緩やかな坂道を登り切った場所に目的のガソリン・スタンドが有った。菜月は早速、ガソリンを購入しようとした――
「お嬢さん、今のご時世、ガソリンは車の給油以外には売れませんよ。大体、鉄製のジェリ缶を持って来てもお断りしているのに、ペットボトルなんて非常識ですよっ! 売れる訳無いでしょう、ったく」
「そこを何とか……売って頂けないでしょうか? これしか、入れ物が無いんです」
「ウチが行政処分を受けるんですよっ! 駄目って言ったら、駄目なんです」
菜月が諦めた時に、ガソリンスタンドに面した道路の方からクラクションが鳴った――
「プッ、プー! 菜月さん奇遇ねぇ、また逢っちゃったぁ、何か縁が有るのかしらねぇ。あらっ? 何それ? そんなペットボトルなんてセコイ! おばさんに任せなさい、後でアパートに配達する様に言っておくから。ねっ」
「あぁうっ……」
言葉を失い立ち竦む菜月に文子が車から降りて歩み寄ると、そっと耳打ちをした――
「このお店はぁ、地域一番店と言っても、一番ボッタくりのお店なのよ。私の知り合いのお店より、リッター三十円も高いのよ。覚えておいてね」
唖然とする菜月にウインクをすると、肩をポンと叩いた――
「じゃあね、また後でね。確りお勉強してねっ、おーっほっほっほ」
そう言うと文子は車に乗り、呆然と見送る菜月にブレーキ・ランプを五回点滅させて去って行った――
「はぁ、どうしよう。手に入らないからと言って、ガソリンを盗もうとして捕まったら意味が無いし、化学兵器を作る知識も時間もお金も無いし……貧乏だとテロさえ出来ないなんて……」
菜月は益々、社会を恨んだ――
「限定的だけど、残された道は殺鼠剤でも買うしかないかなぁ……」
学校の近くに有るホームセンターで強力な殺鼠剤を探した――
「お客様、こちらのグッバイ・チュウチュウが当店の売れ筋なんですけど?」
「あぁっ、そうなんですね。あの硫酸タリウムの……殺鼠剤は有りませんか?」
「今は強力な殺鼠剤の販売は先進国では禁止されていて、中国位でしか販売されていないと思いますよ。ヒトへの毒性が低く、鼠の殺傷には有用なワルファリンなどの製剤に切り替えられていますので、当店ではこれ以上の物は御座いません。どうしても固形タリウムが必要でしたら、薬局に届け出をして、購入して頂く他に有りませんね」
「そうですよね……」
菜月は自分の計画が単なる思い付きに過ぎない事が情けなくなった――
「仮に、薬局で固形タリウムを購入しても結局、限定的だし成功するかは未知数……」
売り場を力無く歩いていると、何気なく目に入ったのは刃物だった――
「そうだっ! どうせ限定されるなら、通行人を片っ端から刺し殺してやろう。そうしよう、そうすれば今日で終わりに出来るし……終わらせなければならないのよ」
菜月は全財産を叩いて柳葉包丁を購入すると、一旦、アパートに戻る事にした――
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