女子大生はテロリスト?
男の名前は田中一輝、二十七歳。IT企業のエンジニアで年収は八百万以上、趣味は読書と絵を描く事と書いて有った――
「真面目そうな人ねぇー、良い男だけど、何か……微妙な感じねぇ」
「誠実そうですけどぉ、ちょっと物足り無いかもぉ。気難しい感じがしてぇ、ふざけたら叱られそうだしぃ、面白い事を言ったら馬鹿にされそうですよぉ」
「勝手に見ないで下さいっ。品定めなんかしても他人の物ですよっ!」
「あら? お相手が居るんだ。なら良いじゃないの。何も問題は無いでしょ?」
「いや、それが……そのぉ、そのお相手とやらを探さなければいけないのですよ。とほほぉ」
「えぇ―――――っ」
一輝が仕事を終えて帰宅するのは夜の九時以降で、常に残業が当たり前だった為、遅い時は深夜を過ぎていた。めぐみは大祭の準備で遅くなったついでに、狛江の駅前で張り込む事にした――
「もうこんな時間だし、今夜は諦めて帰ろうかなぁ……しかし、毎日こんなに遅くまで働いていたら、彼女なんて出来る訳無いよ」
電車が入線して、乗客が降りて来ると、その中に一輝が居た。写真で見るのとは大違いにストライドが大きく、ササッと足早に歩く姿は凛々しかった――
そして、尾行する間も無く、すぅーっと駅前の書店に入って行くと、真っ直ぐカウンターの前に立ち、注文していた本を受け取り、お会計を済ませた――
「ちょっと待てよ、あの人は……あっ、昨日の女子大生だっ! 一輝さんの心拍数が上がって頬が紅潮していると云う事は……もしかして? もしかする?」
本をカバンに仕舞い、恥ずかしそうに、お礼を言うと出口に向かった――
「あっ、あのぉ、客様。いつも有難う御座います。新刊小説と、美術通信のグスタフ・クリムトとアルフォンス・ミュシャの特別号が入荷していますので……良かったら……見て行って下さい」
「えっ? あぁっ、そうですかぁ、それでは……」
一輝が美術書と平積みの本を手に取ると、何かを探していた――
「あのぉ、何かお探しですか? お手伝いする事が有りますか?」
「あっ、はい……西野圭吾の『犯人の笑う殺人の夜』なんですけど……いやぁ、そのぉ、短編集は何時も此処に有るので、買おう買おうと思いながら見送っていたのですが、せっかくだからコレと一緒に買って帰ろうかなと。でも、見当たらないので……」
「あぁ、それなら新装版が出ているので、売り場が変わったのです。此方へどうぞ」
案内された本棚の上の方に目当ての本が有り、女子大生が手を伸ばすと同時に一輝が手を伸ばしたので、ふたりの手が触れた――
「あぁっ…………すみません」
「いいえっ、どうぞ……」
「はいっ、それでは、あの、お会計をお願いします」
意中の人に突然呼び止められて、驚いている一輝の表情と動きを見て、めぐみは確信していた――
「何だろう、あのふたり。良い感じだけど? 見ている方がキュンキュンするっちゅーのっ!」
めぐみは目途が付いたので、安堵して帰宅すると、ドアのノブに七海の焼いたパンがぶら下がっていた――
「おおっ、ラッキー! 丁度、小腹が空いていたので、助かるよ、七海ちゃん大好きっ!」
これ幸いと袋を開けるとメモが入っていて、そこには『夜食うとデブるから、明日の朝にしなっ。まず、トースターのタイマーを回して温めている間にレンジで十秒チンして、それからトースターで三分くらい焼いてから食べてね。七海」と書いて有った――
「おあずけ食らったよ……仕方ない、我慢するってか」
めぐみは何時もの様に日報を書き神官に送ると、風呂に入って身を清めコーヒー牛乳を正しい作法で飲んだ。すると、何時もより早く神官から返信が有った――
「鯉乃めぐみ様。調査の結果を申し上げます。女子大生の祈りは天の国に届いておりますが、住所氏名が不明の為、保留になっております。注意事項として、事件、事故の恐れが有りますので、至急、大森文子氏に連絡して住所を特定して下さい。以上」
「ん? 事件事故って何よ。書店では死相も殺気も無かったと思ったけど……」
めぐみは仕方なく、文子に電話した――
「あっ、もしもし。大森文子さんのケータイですか? 鯉乃めぐみです。夜分遅くに申し訳ありません。一輝さんの事で伝えておきたい事が有りまして、えっ? はい。はい。そうです、分ったんですけど、住所と氏名が分からなくて。えっ? ええ。はい。駅前のジャンク堂書店で働いている女子大生なんですけど。えっ? 経営者を知ってる? なら、そちらで調べて貰えますか? はい。よろしくお願いします、おやすみなさーい」
――翌朝
駅前のジャンク堂書店の前に上機嫌な大森文子の姿が有った――
「いらっしゃいませー、あっ、大森さん、お早う御座います。何時もお世話になっております。今日は何か、お買い求めでしょうか?」
「お早う御座います。杉山さん、今日はねぇ、お客じゃないのよ。つかぬ事をお尋ねしますけど、御宅で女子大生がアルバイトしているでしょう? その子の住所氏名、それから連絡先を教えて頂きたいのよ。おほほほほっ」
「個人情報ですけど、大森さんの頼みなら嫌とは言えません。少々お待ち下さい」
杉山は履歴書をコピーして渡した――
「ありがとう! 良かったわー、あなたの所で働いていて。ほほほっ」
「大森さん、まさか……縁談ですか?」
「まさかも何も、それ以外に無いでしょう? それから、この事は内緒にしてね。あなたもその方が良いでしょ。おっほほっ。それでは私はこれで失礼するわね……ん? どうかしたの? 何か言いたそうね。何よ、言いなさいよ」
「あの、実は彼女が昨晩、辞表を出しまして…………とても思い詰めた表情で、何か有ったのかも知れません……陳列にPOP書きに返本の全てをこなした上、お客様のニーズを確り把握しているので……彼女が居ないとウチは回らないんです、突然、辞められると困るんですよっ! 待遇が不満なら時給も上げますから、大森さんから考え直す様に上手く言って貰えませんか?」
「まぁ、それは大変じゃないの。分かったっ! 任せなさいっ!」
「本当ですかぁ、いやぁ―、良かったぁ、頼りにしてますよ、大森さん」
善は急げ。文子はその足で女子大生のアパートに向った。女子大生は計画通りにテロを実行する準備をしていた――