ボンビー・ガールはボンバー・ガール。
七海はその音に驚いて笑い出した――
「きゃははっ! めぐみ姉ちゃん、この人誰? お腹空いているなら、飯テロごめんねっ!」
「七海ちゃん、笑うなんて失礼よ。ごめんなさい、良かったらこれをどうぞ」
「あーっ、そんな。結構ですから……失礼します」
その時、再びぐうぅ――っと、お腹が鳴った――
「遠慮しないで、これを持って行って」
めぐみは女子大生の手を取って、七海の焼いたパンを持たせた――
「どうも有り難う御座います。それでは、遠慮なく頂きます……さよなら」
「あっシがせっかく焼いて来たのにぃ、あんだおっ! 人にくれやがって、お姉ちゃんの為に焼いて来たんだぞっ!」
「まあ、良いじゃないの、また焼いて来て。あの人、何も食べていないみたいだったの。死相が出ているし、殺気も有ったの。七海ちゃん人助けしたんだよ、偉いなぁ――っ!」
「何か誤魔化しているでしょ? あっシも学校だからこうしてはらんないよっ、じゃあねっ、帰りに寄るから待っててねっ!」
女子大生はアパートの部屋に戻ると、小さなテーブルに七海のパンを広げた――
「うわーっ、豪華……パンだけかと思ったら、紅茶にハーブ・ティー迄入っている……はぁ、これで三日は飢えを凌げるよ、それにしても良い香り……」
お湯を沸かし、紅茶を入れるとパンにかぶりついた――
〝 サクッ! むしゃむしゃ、ごっくん ″
「あー、生き返るっ! こんなに美味しいパンを食べたの初めて。でも、明日に取っておかなきゃ……最後は渋皮栗のモンブランにしようっと」
モンブランの甘さを紅茶で整えると、涙が溢れた。就活に失敗し、薄給の中から親に仕送りをしていた為に、日々困窮していた――
「良いご縁が有りますように……なんて、神頼みなんてして、馬っ鹿みたい。良い縁なんて有った試しが無いよ。もう、良いや……生きていたって、良い事なんか何も無いし、このパンを全て食べ終わったら……終わりにしよう」
女子大生は百十五円の賽銭のはずが五百円を落とした事で、七海のパンを授かった事に気付かないまま、アルバイト先に向った――
「ピンポーン、ピンポーン、めぐみ姉ちゃん、ただいまっ!」
「お帰り、早かったね。今日の夕飯はなぁに?」
「今日はお鍋。白菜と豚バラで、〆はラーメンよっ!」
めぐみは七海が夕飯を作っている間に、お風呂の準備をして、神官に日報を書いていた。縁結びをする人間と死相が出ている人間に遭遇した事、又、特記事項として、死相の他に、只ならぬ殺気を感じた事を記した――
「めぐみ姉ちゃん、出来たよ。白菜、人参、長ネギを豚のバラ肉で巻いて食べてね」
「ありがとう。うんっ、美味しいね――っ! スープが最高。ぽん酢も三種類も用意してあるなんて、拘るねぇ。ご飯、何杯でもいけそうっ、うふふっ」
「あー、ストップ、ストップ。〆のラーメンがあるから、ご飯は打ち止め」
「えぇー、まだ食べられるよ。お願い」
「ったく、食いしん坊なんだからっ! でも答えを言うと、この夕飯、鍋では無いのよんっ! 具が多いラーメンだからっ。食い過ぎるとデブるよっ」
「そう言えば……濃厚な豚骨スープを名古屋コーチンのガラスープで薄味に仕立てつつ、野菜を中心にぽん酢で頂いているけど、最終的には具沢山のラーメン・ライスの爆食い状態だっ!」
七海は残った具材を一旦、取り出すとラーメンを鍋に投入し蓋を閉じた――
「騙されたと思っても止めらんないっしょ? ほーれ、麺が良い感じになって来た所で具材を戻して、もうひと煮立ちしたら出来上がり。チャーシユーの替わりにあっシの特製、豚の角煮と煮卵のトッピングでいってみそ」
「あぁ、豚になるっ! 豚に飲み込まれて行く――ぅ!」
二人が舌鼓を打っている時、神官より「その女、凶暴につき、テロの可能性がありますのでお気を付け下さい」と返信が有った――
「まーたまた、お気を付け下さい……って、どうしろって言うのよっ!」
女子大生は家庭教師のアルバイトの合間に就活をして、夜は遅くまで本屋で働いていた――
「お疲れ様でしたーぁ、失礼します。ふう、夜はめっきり寒くなって来たなぁ……」
夜空を見上げ溜息をひとつ吐くと、自転車がぶつかって来て転んだ――
「何処見てんだよっ! 気を付けろっ! バッカヤローッ!」
「痛いっ、血が出ているよ。酷いなぁ……」
夜の街を力無く歩いていると次々に男に声を掛けられた――
「ねぇ、ねぇ、彼女。お小遣い欲しくない? 短時間で高収入だよ? どう?」
「お嬢さんっ! 女優に興味ない? 割と露出多めなんだけどお、マスクして撮影するから、身バレとか絶対しないからさあ。十万、ダメなら二十万でどう? アヘアへのウハウハでガッポガッポだよ。チョロい仕事だからさぁ、やってみようよ?」
「いい加減にして下さいっ!」
女子大生は走って商業ビルに逃げ込んだ。そして屋上に上がると飛び降りようと安全柵を乗り越えて下界を見下ろした――
「もう終わりにしよう……疲れたよ」
ビルのへりに立ち、後ろを向いて倒れる様に飛び降りようとしたその時だった――
「ぐうぅぅ――――――――――っ!」
七海のパンで膨らんだ胃袋が、お腹が空いて悲鳴を上げた――
「そうだ……あのパンを食べてからでも遅くないよね。まだデニッシュを食べていないし……」
自殺を思い止まると、涙が溢れて止まらなかったが、改めて夜の街を見降ろすとキラキラと光り輝いていた。だが、その夜景をぼんやりと眺めていると、沸々と怒りが込み上げて来た――
「薄汚い大人が偉そうにして……人の足元を見てニヤニヤ笑いやがって……搾取ばかりじゃないっ! こんな街、全部、燃えて無くなれば良いのよっ!」
女子大生は東京が焼野原になる事を心から望み願っていた――
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