ファイティングポーズは伊達じゃない。
めぐみと七海は部屋に戻り、湯船に浸かっていた――
「あー、疲れた。七海ちゃんも、お疲れちゃん」
「めぐみ姉ちゃん『魂捧げろっ!』なんて言って、撤収する時、魂が抜けてたよ。大丈夫?」
「だって、突然MCなんかやらされて、もう、参った参った、ふぅーっ。でも、あれで良かったのかなぁ?」
「あんなに盛り上がって最高のライブだったっつーのに、何言ってんのっ! 大成功だお。それに、あっシは二十万分しか焼かなかったけど、茜も優太も六十万は売ったし、ウハウハなんよっ!」
「そっか、そうだよね? 大成功なのだっ! うふふふっ」
――翌日
神聖な空気と静寂に包また喜多美神社に津村の姿が有った――
「めぐみさん、オレは高知に帰るけど、また何か用が有ったら言ってくれ。冬休みには陽菜もこっちに来るからその時はよろしく」
「忙しいのね。でも、随分、お金が掛かったみたいだし、今後が心配なんだよなぁ……」
「昨日の夕方から今日の昼まで、芸能ニュースは『ちぇりー・factory』一色だし、朝のスポーツ紙の一面トップだから、広告効果を考えれば、こんなにコスト・パフォーマンスの高いライブは今迄に無いよ。只、フェスはチケットの売り上げ順だからなぁ……チケットが売れると良いね」
「うん、ありがとう。気を付けて帰ってね、陽菜さんによろしく」
津村が帰ると、入れ替わりにオタク達が参拝に来た――
「あっ、あー、どもども、めぐみさん、昨日は最高でした。本当に素晴らしいライブを開催して頂いて、有り難う御座いました。感無量デス、はぁい」
「なんか、やってやった感がハンパ無いっす! 存在感を示したっす! デビュー以来、こんな盛り上がり無いっす!」
「まさか、こんなに話題になるなんて……データからは読み取れませんでした。感服致しました」
「まあまあ、まだ終わっていないでしょ、これからよ。ねぇ、フェスはチケットの売り上げ順だって聞いたんだけど、どう云う事かしら?」
「あっ、解説しますね。J・アイドル・オータム・フェスティバルの前売り券が二十四日の九時から販売を開始します。そして、前売り券がソールドアウトした順に時間割を選べる事になっています。以上」
「それなら『ちぇりー・factory』にもチャンスが有るわね」
「あっ、補足しますね。ヨンパチ系はその人数に比例して太客が居て、瞬殺で即完売致します。つまり、事実上このシステムを完全に攻略していて、プライオリティーは夕方、昼、朝になっているので『ちぇりー・factory』はどんなに頑張っても昼公演が限界であり現実です。このフェスの朝は、とっても不利になっています。以上」
「とっても不利? どうして朝が不利なの?」
「前売りはキャパの三割っす。後の七割は当日券で、その売り上げで勝敗の結果が出るっす……朝は集まりが悪いっす。当日券は全然売れないっす」
「あ、あー、朝は八時からお昼まで会場を使えるのですが、お客さんの盛り上がりは照明の演出が入る夕方から夜の方が圧倒的なのデス、はぁい」
「あっ、更に補足しますね。実質、昼からがJ・アイドル・オータム・フェスティバルの本番と言え、ここ数年、朝の公演に甘んじている『ちぇりー・factory』は、ほぼほぼ前座と言えましょう。元々、キッズ・アイドルとしてデビューした彼女達がジュニア・アイドル等と力を合わせ、三つ巴の戦いの体で注目と関心を集める事で集客に成功して、大きく成長させて来たフェスなのです。以上」
「ふーん、なるほど。それに目を付けたヨンパチ系が乗っ取った訳ね……」
「あ、あー、一般の人からは下剋上の世界に見えても、今や出来レース。実に巧妙に仕立て上げられた訳デス、はぁい」
「三つ巴の戦いと言っても、皆が人気が出て、注目される楽しいフェスだったっす! ヨンパチ系に乗っ取られて、前座と引き立て役扱いにされている事が悔しいっす!」
「あっ、解説します。つまり、この出来レースは『ちぇりー・factory』と『七色・シロツメクサV』が解散か引退するまで終わらないデス・レースと言い換える事が出来ます。以上」
「情報を集めデータを分析して先を読んでシュミレートして、その結果がオワター、詰んだぁー、死んだぁー、ってあんた達バカぁ? 青春のいちページに記して終わる気なの? 最後の最後まで一歩も引かないわよっ! 思い出の中では生きてゆけないのっ!」
「はい――――――っ!」
だが、めぐみの気合とは裏腹に、前売りのリザルトは惨憺たる物だった。ヨンパチ系は前売り開始五分で完売したが『七色・シロツメクサV』は当日に売り切るのが精一杯で『ちぇりー・factory』はその翌日にやっと売り切る事が出来た――
「ピピピピッ、ピピピピッ、ピピピッ」
「あっ、もしもし、めぐみさん。チケット・レースは残念だったね」
「そうね……こんなに厳しい結果だとは思わなかった。最後の最後まで一歩も引かないわよっ! なんてオタク達の前で強気で言ったんだけどね……」
「あっはっは、めぐみさんでも意気消沈する事が有るんだね。いや、笑って済まない。でも、何時も言っているけど、ライブは生き物だからさ。そして、イベントに絶対は無いからねっ」
「それっ! それなんだよねぇ……天の国に三人の願いは届いているの。只、勝機が見出せないのよ」
「まぁ、めぐみさんが思うよりも、ライバルは警戒しているよ。心配ならオタクの人達に聞いてごらんよ。じゃあね」
「ツゥ――――――ッ」
「あっ、切れちゃった。オタクの人達に聞いてごらん? 何を?」
その頃、インターネットの巨大掲示板には『ちぇりー・factory』のアンチが湧いて炎上していた――