全力で推したいっ!
喜多美神社は神聖な空気と静寂に包まれていた――
「ほーら、言わんこっちゃない、また来たわよ、昨日のオタク。しかもギンガムチェックのシャツが色違いよ。あれ、絶対、お母さんが買って来た物に違いないわっ!」
「もーぅ、典子さんは偏見がキツ過ぎますよぉ、あの体型で選べる服が無いからぁ、まとめ買いなだけですよぉ、お洒落さんじゃないんですからぁ」
ギンガムチェックのデブは参拝を終えると、推しの絵馬を見つめ、手を合わせ、一礼すると、めぐみの元へやって来た――
「あ―、あっ、どもども、昨日は有難う御座いました。あの、昨日の資料の感想をお聞かせ頂けたらなぁ……と思いまして、あーっ、まだ観ていないなら、それには及びませんデス。はぁい」
「資料には全て目を通したし、ライブも観ました。感動しましたよ」
「あー、あっ、本当本当、感動しますよねっ! 巫女さんに感動して頂けて、僕も嬉しいデス、はぁい」
「凛さんはトップアーティスト並みの歌唱力が有るし、葵さんの歌声には艶が有り、優奈さんのダンスはキレが有って、しなやかで素晴らしいっ!」
「あー、あっ、流石流石、お目が高いですぅ、もう究極なんデス、はぁい。でも……敗戦色が濃厚なので、ファンに一体感が無いと言いますか、お通夜モードなんデス。はぁい」
「ふーん。ひとりで来たって事は、既に三人の足並みが揃わなくなった事ね……資料のデータによれば男性ファンの数は固定していて、各グル-プでの奪い合いの状態は終わり、結果は出ていると」
「あー、あっ、でもでも、実力は負けていないですしぃ、勝ち負けなんか関係なく応援すべきだと思いますデス。はぁい」
「うん、良いよっ! やる気あるのねっ。データの結果から導き出された答えは男性ファンの数はメンバーの人数に比例しているから、メンバーの補強が無いまま活動している『ちぇりー・factory』は完全に負けている。だから勝ち目は無いと決め付けて、もうダメだと諦めているみたいだけど、女性ファンの数は伸ばせると思うの」
「えぇっ! それです、それですっ! その言葉を聞きたかったんデス! やれる事は、どんな些細事でもやりたいんデス、悔いを残したくないんデス、有終の美を飾るのを見守るのでは無くぅー、全力で推したいんデスっ! はぁい」
「良いわよ。だったら、こうしてはいられないわねぇ……」
「あー、あっ、でもでも、女性ファンを新たに獲得する事は……男性ファンの獲得より難しいと思われますデス。どうしたら良いのかサッパリ分かりません。途方に暮れますデス。はぁい」
めぐみはそっと耳打ちをした――
「あなたが昨日、此処へ来たのは裏アカで情報を掴んだからでしょう? その裏アカを使って絵馬の画像を投稿するの。参拝情報を流して、解散を臭わせるのよ」
「そっ、そんな事をしたら、大変な事になりますデス。はぁい」
「住所と本名は消して有るから心配しないでっ! 大変な事をしないと意味が無いのっ! 私は事務所に行って交渉してくるから。分ったわね」
「はっ、はぁいっ!」
めぐみは、所属事務所に御札と御守りを持って赴くと、笑顔で出迎えたのは『ちぇりー・factory』に昇殿参拝を勧めた藤城玲奈だった――
「めぐみさん、いらっしゃーい。披露宴以来ねっ、ふふふ。新婚旅行の変なお土産に笑ったけど、ふたりが幸せそうで良かった。あなたのお陰ね。で、今日は何の御用かしら?」
「玲奈さん、実は相談が有りまして……『ちぇりー・factory』の皆さんのお祓いは済みましたけど、この事務所のお祓いが済んでいません。今回は無償で行いますので、少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
玲奈は喜んで社長に報告に行き、了解を得ると事務所のお祓いが始まった――
「うぅ――――んっ、うぅ――――んっ、うぅ――――んっ、」
「めぐみさん……どうかしたのかしら?」
「玲奈君、ちょっと様子がおかしいから、後でお礼も兼ねて、お話を伺おうじゃないか」
「はい、後ほど社長室にお連れしますので、その時に……」
玲奈はお祓いが済むと、めぐみを社長室に連れて行った――
「コン、コン、コン、」
「はい。どうぞ」
「失礼します。社長、鯉乃めぐみさんをお連れしました」
「本日は、お忙しい中、わざわざお祓いに来て頂いて、感謝申し上げます。有難う御座いました」
「いいえ、とんでも御座いません。三人の事が気になって仕方が無かったものですから。うふふっ」
「うんっ。ウチの娘をそんなに心配して頂き、誠に有り難う御座います。ですが、めぐみさん。先程、唸ったり、首を傾げたり……何か問題や、気が付いた事が有れば御意見をお聞かせ願いたいのだが……」
「はい。せっかくお祓いをして、ヒット祈願をしても、この事務所に翳りが見えました。問題は『ちぇりー・factory』のプロモーションが足りていません」
「うーん、翳りか……しかし、彼女達のファンも諦めているし、これ以上のプロモーションは本人たちの負担になるだけではないかと判断しているのだが……」
「男性のファンを増やす事は難しいです。しかし、女性ファンを増やすべしと神のお告げが有りました」
「女性ファンを増やす? 神のお告げが有っただなんて……何か、打つ手が有るだろうか?」
「新たな女性ファンの獲得にはゲリラ・ライブを決行する事が必定」
社長はゲリラ・ライブの提案に驚いた――