響け歌声、心へ届けっ!
めぐみに手渡したのはJ・アイドル研究会の発行した「アイドルビジネス最前線。マーケティングの実態」「完全数値化! アイドル通信簿」「鉄則! 推しは推せる時に推せ!」というタイトルの書籍と神ライブを収録したディスク三枚とクリアファイルの中には各アイドルのパラメータが記載されてた資料が入っていた――
「しっかし、良く調べてあるわねぇ―、感心するわ。このエネルギーが何処から湧いてくるのかしら?」
「典子さんはぁ、偏見が有り過ぎなんですよぉ。色んな意味でオタクの人達は神社の利益になっているんですからぁ、もう少し温かい目で見て下さいよぉ」
「典子さん、彼等の直霊は磨かれた綺麗な物なのです。只、少し敏感と云うか過剰反応し過ぎなんですよね。ナイーブなんですよ」
「オタクって直霊が、ちょっとした事で曲霊なるから怖いのよ。地下アイドルのメッタ刺し事件とか、幼女誘拐とか、気持ちが強すぎてダークサイドに落ちるみたいな。ねっ」
「あー、銀河戦争ヲタってバレましたよ! 典子さんっ」
三人は成城学園前駅から電車に乗ってホームグランドの秋葉原に戻った。傷心のまま改札を抜け表通りに出ると、賑わう街の人の数に圧倒されると思いきや、カバンにぶら下げたキーホルダーの、中でも特大のフィギュアを印籠の様に突き出すと、モーゼの十戒の様に人波が割れて悠々と町を歩いて行き、暫くすると研究会の事務所に着いた――
「さてさて、補充補充。これで良しっと。あっ、お金は此処に、領収書をお願いします、デス。はぁい」
「あんなに沢山の資料を無償で巫女さんに渡すなんて、どうかしてるよ」
「あー、でもでも、あの巫女さんの言う通りだなと思ったんデス、僕達、ファンが最初から諦めていたら、三人の努力が無駄になってしまうし、可哀想だなって思って……それに、あの巫女さんは勝敗に関係なく応援し続けますって。何か、こう……勝利を確信している様な自信に溢れておりましたのでぇ、データを渡せばきっと、役立てて頂けると思いました、デス。はぁい」
「僕も、突き刺さったっす! 諦める前にやる事が有ると思ったっす。僕らが諦めちゃいけないっす!」
「気持ちは分かるけど……何も知らないからだよ。このデータを覆す様な事を出来るかい? 無理だよ。僕等に出来るのは、彼女達が有終の美を飾るのを見守るだけだよ。最後まで確り支える事だけだよ」
何時も行動を共にしている三人に亀裂が生じていた――
銀ブチは膨大なデータから、既に勝負はついていて覆す事は不可能と信じていたが、黒ブチは頭では理解していても、心は応援モードだった。そして、ギンガムチェックのデブはめぐみの言葉を信じ始めていた――
「ピンポーン、ピンポーン」
「七海ちゃんお帰りっ!」
「ただいまー、めぐみ姉ちゃん、今日、茜の母ちゃんにコレを貰ったんだ。よろしく言ってたよ」
「あらそう。何かしら……おおっ、芋羊羹だっ! これは有難いねぇー、秋って素敵。何もかもが美味しい季節。うふふっ」
「あれ? めぐみ姉ちゃん、コレどうしたの?」
「あぁっ、それ。アイドル・オタクの人から貰ったの。神ライブって書いて有るけど、宗教とは関係無いのよんっ!」
「ドルヲタなんて宗教みたいなモンよ。お布施に次ぐお布施なんだから。足元を見て漬け込む商売なんよ。あっ! でもコレは……ちぇりー・factoryだよっ! 観ても良い?」
「うん、どうぞ……」
七海が夢中で観ている横でめぐみは資料を読み込み、様々なデータの中から勝機を見出そうとしていた――
二〇〇九年に八人組の小学生アイドルグループとしてデビュー。子供の可愛らしさと、ルックス、パーソナリティの相乗効果で大ブレイク、その年の新人賞を総ナメにする。
二〇一二年に高校受験の為に一番人気のスター的存在が脱退。その年に最年少で三大ドームツアーを成功させ、名実共にスターの地位を確立する。
二〇十七年にライブでのMC担当で愛されキャラのメンバーが脱退。デビューから八年が経ち、人気に陰りが見え始める。
二〇十九年に三人のメンバーがダンス留学、演技の勉強、ファッション・モデルの道に進む事となり脱退。
二〇二一年、デビュー以後、同様のアイドルグループが誕生しては消えて行く中で、ライバルグループの激しい猛追が続き、メンバーの脱退や、新鮮味が無くなった事で多くのファンを失い、飽きられ始める。
J・アイドルの牽引役となり、ビッグマーケットの創造主と言われ、業界内では、その貢献度は非常に高く評価されている一方で、一般からは、近年、大ヒットが無い為に過去の人と見られることも多くなった。
「このデータが全てと考えれば、勝てる見込みは何処にも無いわね……」
「めぐみ姉ちゃん、そんなもん見てないで、一緒に観ようよっ! やっぱ、スゲー、マジでスゲー、神だわっ! このライブDVDは一般販売されていないファンしか持ってないヤツだから、貴重だお。あ――――っ、生で観てみたいなぁ、ハンパねぇ盛り上がりだっつーのっ!」
「七海ちゃんは坂系だと思っていたけど、好きなんだね?」
「あー坂系は見た目が男受け良いってだけなんよっ、コアなファンの心に響くのはやっぱ、ちぇりー・factoryなんだよねぇー」
「そうなんだ……ふーん。んっ?『男受けが良いだけ、コアなファンの心に響く』と云う事は?」
めぐみはファイルの中からファン層の円グラフを取り出した――
「むっふっふっふっふ、はあーっはっはっはっは」
「あれ? めぐみ姉ちゃん、乗って来た? でも、そこまで笑う曲じゃないよ」
「まだ負けた訳じゃないっ! いいえ、負けないわっ! 勝算は有りと見たっ!」
「めぐみ姉ちゃん、変な合いの手入れないでっ!」
めぐみはライバルグループのファン層が、どちらも男性から圧倒的な支持を獲得している一方で、ちぇりー・factoryのファン層の男女比率がほぼ同数である事に着目していた――