絵馬に願いを。
喜多美神社は神聖な空気と静寂に包まれていた――
蝉の声が虫の音に変わる頃――
三人の男が鳥居をくぐった――
ひとりは小太りで、黒ブチ眼鏡に缶バッチが幾つも並んだベースボールキャップを被り、大きなプリントの入ったスエットシャツを着ていて、もうひとりはデブの完成形と言える体型にギンガム・チェックのシャツを着て、大きなカバンを斜め掛けにしてキーホルダーを幾つもぶら下げていた。そして、ひとりだけ痩身で、髪の毛を七三に分けて銀ブチ眼鏡を掛け、真っ白なシャツに、黒のスラックスでスニーカーを履いていた――
参道を一定の間隔を取り静々と歩く姿は、まるでコンピューターで制御されたロボットの行進の様だった――
「紗耶香さん、ちょっと、あの三人を見て、ロボットみたいに正確な動きで変なの。ふふふっ」
「典子さん、あの三人はぁ、ロボットでもぉ、サイボーグでもなくてぇ、どう見てもオタクですよぉ」
「あぁ、聖地巡礼的なやつね。そうねぇ、ひとりを除いて、チー牛だもんね。納得」
手水舎の所作もタイムラグの無いシンクロした動きで、鈴を鳴らし、お賽銭を納め、二礼二拍手一礼でお参りを済ませると、三人のオタクは授与所にやって来た――
「あのー、この絵馬を下さい。あー勿論、三人分です。はい。会計は別です。はぁい」
「こちらの祈願絵馬ですね。おひとり様、八百円で御座います」
三人はカバンからマジックテープの三つ折り財布を取り出すと、小銭入れから八百円をきっちり支払った――
「あのー、つかぬ事をお尋ね致しますがぁ、昨日、此処にー、この娘達が来ませんでしたか?」
差し出された写真に写っていたのは、三人組アイドル・グループだった――
「さぁ……お見かけしませんでしたが……紗耶香さん、昨日、この人達が参拝に来たかしら?」
「あのぉ、私はぁ社務所に居たので、授与所には四時間位しか居ませんでしたからぁ、ちょっと、分らないですぅ、めぐみさんなら知っているかも……」
「あっ。あっ、そっすかぁ、分かりました分かりました結構でぇーす、さーせんっ」
「あの、絵馬に願い事を書くなら、こちらのサインペンをお使い下さい」
「あっ。あっ、結構です結構です、用意して来たんでぇ、あざーすっ」
日常的に二次元キャラやアイドルと妄想恋愛をしている三人は、典子と紗耶香と話をするだけで緊張をしていた。ギンガム・チェックのデブがカバンから四十八色のペンを取り出して、黒ブチと銀ブチに渡すと、一斉に絵馬に願い事を書き始めた――
「良っしゃ――っ、出来たっす!」
「上手く書けたデス、はぁい」
「これでどうだろう?」
「良いねぇ――――っ! 流石だよ、完璧だ」
三人はお互いの絵馬を見せ合い悦に入ると、奉納の為に授与所を離れた――
「また痛絵馬が増えるのねぇ、せっかく新しいサインペンを下ろしたのに結構でぇーす、だって」
「童貞だからぁ、筆下ろしにはぁ、縁が無いんですよぉ」
「ぷっ、きゃはははっ、あははは――――っ、」
二人が笑っていると、めぐみが買い物から帰って来た――
「ただいまー、鯉乃めぐみ、戻りましたっ!」
「めぐみさん、お疲れっ! 遅かったわね?」
「典子さんも紗耶香さんも、筆記用のペンは0.3じゃなきゃ嫌だって言うから、隣り町まで行く羽目になったんですよ。ふうっ」
「我儘を言って申し訳ありませんでした。お茶淹れるから休んでね」
「はい。あれっ? あら? 四十八色のペン買って来たのに、此処に有るじゃないですか? もうっ!」
「違うのよっ、めぐみさん。それは、あの人達の持参したペンだから……」
「あの人達って?」
紗耶香の指をさす方に眼をやると、三人の男が絵馬を手に持ったまま、奉納された絵馬をつぶさに観察してチェックしていた――
「ん? 何をやっているのかしら……」
「恐らくなんですけどぉ、お目当ての人達の絵馬を探しているんですよぉ」
「ふーん。お目当てですかぁ……」
三人の男は、お目当ての絵馬が無い事に落胆していた――
「無いですね……残念」
「やはり来なかったんすよ。ガセじゃね?」
「いやいや、確かな情報筋なんですぅー、誰かが持ち去ったのかもしれないですよー、はぁい」
「うむ、可能性はゼロではないですが……熱烈なファンが持ち去ったとするなら、結果としては妨害行為ですよ。転売目的なら神社の奉納品を窃盗した事になりますし、直ぐに足がつきます」
「はいはい、はぁい」
「そうなんすよねぇ……」
「もし、此処に来たのが事実なら、消去法で導き出される答えはライバル・グループのファンが妨害行為として行った犯行です」
三人は顔を見合わせて、声を揃えて言った――
「あり得ないとは言い切れないなぁ……」
新曲のヒット祈願、フェスの成功祈願、アイドル三国志の必勝祈願の絵馬を奉納し、授与所に戻り四十八色のペンをカバンに仕舞うと、軽く会釈をして帰ろうとした――
「お目当ての絵馬は有りましたか?」
後ろから声を掛けられ、振り向くと、長い黒髪を後ろで絵元結にしためぐみが立っていて、その姿に息を飲んだ――
「神かよ」「神だろ」「神だ」
「そうです、私が神様です。なんつって! へけっ」
「あっ、あっ、あの、絵馬は見つかりませんでしたぁー、デス。はぁい」
「皆さんのお目当の痛絵馬が無くて残念でしたね。ご苦労様でした」
めぐみの一言が琴線に触れ、三人の眼光が鋭くなった――
「痛絵馬の見学者ではないっす!」「痛絵馬はジャンチなんデス。はぁい」「痛絵馬、眼中に無しっ!」
「あら? アニメ関係の方達では無いのですね。失礼しました。でも……それなら、何の絵馬をお探しだったのでしょうか?」
「アニメなんかじゃないっ! 僕達が探しているのは、この人達の絵馬ですっ!」
三人は刑事の様にアイドルのブロマイド写真をめぐみに突き付けた――