果たされない約束。
――八月三十日 大安 庚戌 下弦の月
めぐみは早朝から活動を開始した。昨日カフェで未祐から亜里沙が行きそうな場所をさりげなく聞き出していたので、待ち伏せをしていた――
「スポーツクラブにも塾にも図書館にも来なかったなぁ……亜里沙さんは何処に居るのかしら?」
陽菜の車の中に生徒の自宅連絡先が有り、亜里沙に直接連絡して呼び出す事も出来たのだが、思案した――
「亜里沙さんを呼び出すにしても、理由を言わなければならないし、未祐さんの事で……と言って拒否されたら打つ手が無くなるし、うーん、仕方が無い、未祐さんには知られたくなかったけど、明日で夏休みは終わりだから……聞くしかないわね」
めぐみは覚悟をしてケータイで未祐の自宅に電話をした――
「もしもし、お早う御座います、倉持です。昨日は突然、訪問してすみませんでした」
「お早う御座います、とんでも有りません。先生、娘の為に有難う御座いました」
「未祐さんの様子は如何ですか? 落ち込んだりしていませんか?」
「はい。大丈夫です。少し元気になり、久しぶりに娘の笑顔を見ました。感謝致します」
「あの、未祐さんと話せますか?」
「はい、少しお待ちください」
暫くすると未祐の元気な声が聞こえて来た――
「先生、お早う御座います。昨日はありがとうございました」
「未祐さん、少し元気になったみたいね。うふふっ」
「お母さんが理解してくれたから……分かって貰えたのが嬉しかったのかなぁ。えへへっ」
「未祐さん、聞きたい事が有るの。亜里沙さんの居場所が知りたいの。スポーツクラブにも塾にも図書館にも来なかった。心当たりが無いかしら?」
「先生……二年も連絡取って無いし、亜里沙がどうしているかなんて……私には分からないです」
「そうよね、心当たりがないなら良いの。変な事を聞いてごめんなさいね」
「先生、亜里沙と合ってどうするの? もう良いのに、もう良いよぉ」
「うふふっ。昨日、言ったでしょう、もう忘れたの? 奇跡は起こらない。恋の女神も微笑まない。奇跡は起こすのよっ! うふふっ」
「先生……奇跡って、まさか……」
倉持陽菜の声が鯉乃めぐみに変わった――
「未祐さん、あなたが告白をした場所を教えて」
「えっ…… あの、城西公園です。でも、先生……」
「未祐さん、窓の外を見て。空に下弦の月が出ているでしょう? 星達の姿は見えないけど、昼間でも輝いて、あなたを照らしているのよ。心配しないで」
めぐみは亜里沙が未祐と同じ淋しさを感じているなら、きっと、さよならをした場所に居ると思っていた――
夏休みの終わり――
高知公園の賑わいを他所に、城西公園の人影は疎らだった――
「やっぱり、ここに居たのね。探したわ」
「乙女ちゃんっ! 新婚旅行から、もう帰って来たんだ?」
「当たり前でしょう? 新学期の準備が有るのよ。何時までも新婚気分ではいられないわ」
「そっかぁ。教師も大変だねっ! ねぇ、新婚旅行の感想聞かせて、どうだった?」
「コラッ! 何考えているのっ!」
「乙女ちゃんが女になって、これからは何て呼ぼうか、皆で考え中なのでーすっ!」
「何とでも呼べば良いよ。好きにしなさい。うふふっ」
「ねぇ、乙女ちゃん。でもさ、何で私を探していたの? やっぱりって……どうして此処だと思たの?」
「未祐さんに聞いて来たの」
「えっ、未祐に…………そうなんだぁ、休みの日は何時も待ち合わせをして、此処に来ていたからなぁ……」
亜里沙の顔色が変わり、とても悲しそうに見えた――
「もしかしたら、此処に来れば未祐さんに会えると思った?」
「うぅん、そんなんじゃないけど……」
「亜里沙さん、気を確り持って、落ち着いて聞いて。ご家族と私しか知らない事だけど、未祐さんが此処であなたに告白をして、その後……自殺を図ったの。未遂に終わったから良かったけど」
「……………………」
亜里沙はショックを受けて泣き出してしまった――
「あなたの本当の気持ちが知りたいの。先生に教えて、良いでしょう?」
亜里沙は静かに頷いて、話し出した――
「二年前の今頃、此処で、未祐に真剣に好きだって告白されて……でも、私、同性愛に戸惑ってしまって、何も言えなくなって……どうして良いのか分からなくなって……でも、自殺するなんて、酷いよっ! うぐぅ……」
「それで、あんな酷い事を言ったのね……」
「乙女ちゃんっ! 未祐は私の事、嫌いになったんだよ。嫌いになったに決まっているよっ! あれから気まずくなって……私、素直になれなくって、無視したり、辛く当たったりして……困って居ても見て見ぬ振りをしたりしてさ、私、酷い事ばかりしちゃった……うぅっ、うぅ」
めぐみは泣きじゃくる亜里沙を優しく抱きしめた――
「亜里沙さん。来年の春、卒業したら別々の道を歩む事になるけど、友達に戻れないまま、卒業して良いの?」
「うぅっ、うぅ………………」
「約束したんでしょ? 未祐さんと。秋になったら此処へ紅葉を見に来るって。約束は果たされないままだけど、それで良いの?」
「乙女ちゃん、未祐は私の事……なんて言ってたの?」
「未祐さんは『奇跡でも起きない限りもう戻せない、奇跡なんて起きっこない』って言ってた。でも……亜里沙さん、先生はふたりの仲を戻したいの。もし、未祐さんを思う気持ちが有るなら、明日の午前十一時から午後の一時迄にもう一度、此処に来て。気持ちが無ければ来なくても良いから。それが答えよ。未祐さんにも同じ事を伝えておくから。ねっ、どちらが来なくても恨みっこ無しよっ! じゃあねっ!」
めぐみは亜里沙の涙を信じていた――
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