自傷行為は恋の予感。
めぐみは女子高生のテーブルに突然行くのは気が引けたので、スタッフからピッチャーを借りて、各々のグラスに水を注いだ――
「顔色が良くないけど……どうかしたの?」
「あっ、いえ、別に……」
「私は鯉乃めぐみ。津村さんの知り合いなの。皆さんは、陽菜さんが担任していたクラスの人達でしょ? 先生の花嫁姿はどう?」
「ビックリです。普段はあまり化粧していないしぃー、地味な服しか着ていないからぁ……ねっ」
「うんうん、化粧してドレスアップすると女は化けると云う事を、今日、教えて頂きましたっ!」
「コラッ! 言い付けちゃうぞー!」
「キャッハハハ――――――――ッ」
「でも、陽菜さん本当に綺麗だよねっ!」
「………………」
「ねえ、あなた……お名前は?」
「あっ、私は尾崎未祐って言います……」
「めぐみさん、未祐は乙女ちゃんが、女になってしまうのが寂しいのよ、ねえ―――――っ、」
「そんな事無いよ…… そんなんじゃないもんっ!」
未祐は起立するとテーブルから離れ化粧室に飛び込んだ――
「あのぉ、未祐さん、私が調子に乗って変な事言ってしまったから……気分を悪くさせてごめんなさい」
「あっ、違います。そんなの関係ありません、心配をお掛けして申し訳ありません……」
「未祐さん……だったら何故? 何か悩み事でも有るの?」
「良いんです。何でも有りませんから、本当に。只、先生の花嫁姿を見ていたら、私は花嫁になる事は無いだろうなぁ……と思っただけですょ。えへへっ、もう泣いて居ませんよっ、大丈夫ですから。皆が変に思うから、戻りますね」
めぐみは未祐の左手の手首に自傷行為の跡がある事を見逃さなかった――
「こんなにお目出度いお祝いの席で、こんなに切ない思いに触れるとは思わなかったなぁ……」
披露宴も終わりの時が来て、津村と陽菜は控室に居た――
「コンッ、コンッ、コンッ」
「どうぞ、お入り下さい」
「失礼します」
「あらっ、めぐみさん、お陰様で披露宴も恙無く終える事が出来ました。有難う御座いました」
「いえいえ、こちらこそ素晴らしい披露宴に御招待して頂き、有難う御座いました。末永くお幸せに。うふふっ。あのね……津村さん、陽菜さん、チョッと相談が有るんだけど……良いかな?」
「勿論だよ。何でも言ってくれよ」
「実はね、あなた達と同じ様にエラーコードが出ている人が居て、解決するまで此処に居たいの」
「それなら、ホテルに連絡しておくよ。何週間でも何ヶ月でも居るが良いよ。あっはっは」
「めぐみさん、それは……誰かしら? 招待客の数からすると武史ちゃんだと思うけど、もしかしたら私の知り合いかしら?」
「ええ、そうなの。陽菜さんの教え子の尾崎未祐さん」
「えっ…………あーっ、めぐみさん、話が長くなるから今は無理。メールで連絡するから、連絡先を交換しよっ!」
ふたりは空き缶のガラガラを付けたカブトムシのコンバーチブルに乗って新婚旅行に旅立って行った――
めぐみは運命の日に死者と生者の縁を結んだ浜改田の海岸に来ていた――
「あの日の判断は間違っていなかった……でも、津村の縁で此処に来たと思っていたけど、陽菜さんの縁で此処に来たのかな? それとも何か違う縁なのかしら……」
マジックアワーの砂浜に風が吹くと秋の臭いがした――
「ただ今戻りました。お部屋の鍵をお願いします」
「鯉乃様。お帰りなさいませ。滞在の延長、有り難う御座います。お部屋が変わりましたので、ご案内いたします。高橋ですっ!」
顧客満足度にも情熱を燃やす高橋さんの案内で部屋を移ると、そこはホテルの計らいでアップグレードされていた――
「エラーコードと同じ505号室とはシャレているわね。素敵なお部屋。うふふっ」
めぐみはシャワーを浴びて、何時もの様に日報を書いて神官に送ると、陽菜からメールが届いた。
「めぐみさん、今日はありがとう。早速だけど、尾崎未祐さんの事を話します。彼女は一年生の秋に自殺未遂を起こしています。その事は御家族と担任の私しか知りません。そして、自殺をしようとした原因が何なのか分からないままなのです。母親は泣き崩れ、厳格な父親がキツく叱ったものだから、心を閉ざしてしまったのかもしれません。それ以来、再び自殺するかもしれない恐れがある為、その事に触れられないままになっています。来年の春、彼女は卒業します。どうかめぐみさんの力で彼女を導いて下さい。お願いします。恋の女神様」
「なるほど、そういう事情があったのね……でも、原因を突き止める為には、このままと云う訳には…………そうだっ!」
めぐみは陽菜に返信した――
「陽菜さん。大切な新婚初夜に不安な気持ちにさせてすみません。でも、未祐さんの自殺未遂の原因さえ分かれば解決すると思いますので、安心して下さい。但し、それには条件が有ります。新婚旅行から帰って来るまで、お力をお借りしますので、よろしくお願いします」
「お力を借りるって何だろう? でも、めぐみさんなら……きっと解決してくれるわね。良かったぁ」
ほっと胸を撫で下ろす陽菜の横で、津村は張り切っていた――
「さぁーてと、ラブラブなふたりは良いとして、ひとりぼっちで淋しくしている七海ちゃんに電話しよっと」
「リリリリリーン、リリリリリーン、リリリンッ」
「あっ、めぐみ姉ちゃん、待ってんのによぉー、えっ、まだ帰れないの?」
「そうなの。ちょっと巫女の任務が出来ちゃったの。うふふっ。それでお土産は明日の夜には着くから受け取ってね。えっ? うん、だってお土産いーっぱい買って行くって約束したから。えっ? そうよ。手に提げて帰る訳にはいかないから送ったのよ。うん、クール便のヤツは全部食べても良いから。よろしくねっ!」
夏の終わりは夏休みの終わり――
めぐみは披露宴会場で同級生達から、尾崎未祐が図書館に通っている事を聞き出していた――