お天道様と日陰者。
めぐみは高倉の前に立ち小烏丸を振り下ろした――
「えいっ!」
すると、サラシがはらりと床に落ち、その下に巻き付けたダイナマイトが落ちた――
「高倉さん。もう気は済んだでしょう? 帰りましょう」
「めぐみさん……」
高倉が帰宅をすると、三人は天の国に戻って行き、機関銃と小烏丸と国光の返却を済ませると、めぐみは日報を書いていた――
すると「そっそそっそそっそそっそ」と足の音と「サシサシサシサシ」と衣擦れの音が聞こえた――
「コッツ コッツ コッツ」
「はい、どうぞ」
「ガチャッ!」
ドアが開いて巫女装束に着替えた双子の巫女が入って来た――
「イヤァ―――――ッ、もう、怖かったぁ、柱の陰に隠れていたなんて知りませんでしたわぁ」
「まあねぇ、極道の人ってさぁ、何故か数珠をしているのが不思議でねっ、あれが無かったらあなた達は気が付かなかったでしょ? うふふっ」
「神も仏も恐れぬ者が、数珠をしているのって、確かに可笑しいですぅー、うふふっ」
「ったく、もう、弾を三千発も持ってってからに、危機一髪になるたぁ、どがぁなことじゃ、われら殺すぞ、いやぃや、殺されとったぞっ!」
「キャ――――ッ、めぐみ姐さん、カッケーッ!」
「うぉっほんっ! まーた、ドアが開けっぱなしですよ、困りますね。しかし、今回は結んだ縁の先に因縁が付きまとう困難且つ、大変危険な任務でしたが、対立関係にあった幼馴染の兄弟の縁を結ぶ事で、盃を交わした義兄弟との悪縁を見事に断ち切る事が出来ました。天国主大神様も御喜びで高く評価されました。ちなみに、断ち切った悪縁の先には良縁が待っているようですので……あっ、私はそこの日報を頂いて、これで」
三人は顔を見合わせ、不思議に思っていた――
「あれだけ機関銃を乱射しても御咎め無しとは……持ち出しの許可が出ていたから、あれで良かったのかな?」
「うふふっ。天に代わってお仕置きですからぁ、これで良かったんですよぉ」
「そうね、本当の死の恐怖を味わった極道達はもう立ち直れないでしょう。どんなに兵隊を集めたところで、命はたったひとつだって事が良ーく分かったでしょうから。うふふっ」
めぐみは冷たい甘酒をお盆に乗せて持って来ると、双子の巫女に振舞った――
「ふう――っ、格別の美味しさだねっ、ふたりともお疲れ様っ! そして、有り難う御座いましたぁー」
「はっ、これはこれは、恐れ入りますわぁ。でも、刺激的で快感でしたよぉー、縁日が楽しめなかった事が唯一の心残りですわぁ、うふふふっ」
「ふふっ、それはまたいつかって事で……じゃあねっ!」
めぐみは御守りを受け取ると、二人の巫女に見送られて、軌道エレベーターに乗って地上へ戻って行った――
蒸し暑い真夏の夜の出来事だった――
――翌日
「八時のニュースです。昨夜未明、川崎市の指定暴力団、村田組に国税局査察部が家宅捜索に入りました。現場から中継です」
「はい、川崎市の現場です。査察部によりますと、三年にわたる内定調査の中、裏帳簿が出て来た事で捜査令状を取って家宅捜索に入りました。しかし、驚いた事に大量の麻薬と武器が発見された為、組織犯罪対策第5課に出動要請しました。村田組は二代目誠真会と一体となり、抗争に備えていた模様で、麻薬取引で得た利益で密輸したと思われる大量の押収物の中には拳銃五十丁と自動小銃三十丁、そしてバズーカ砲まで有ったそうです。現場からは以上です」
高倉はそのニュースを見て茫然としていた――
「昨日の……あれは、一体何だったんだ」
「父ちゃん、アレならとっくに刑事さんに渡したから心配しないでっ! それより、母ちゃんと兄ちゃんのお見舞いに行こうよ」
「あぁ、そうだな……」
〝 悪行に悪行を重ねても、誰も幸せにはなりません。真人間になって下さい ″
「めぐみさんっ!?」
「どうかしたの? ……父ちゃん、早くぅ」
「あぁ、分かったよ。あいつらには途中で何か買って行くとして、お見舞いが済んだら帰りに何か旨い物でも食うか?」
「うんっ!」
病因にお見舞いに行くと、雅美と優太は回復も早く、直ぐにでも退院出来そうで安堵した。帰り道で茜の無邪気な笑顔を見ていると、柄にも無く真人間になってもう一度やり直したいと思った。しかし、破門絶縁された者に生きる道無し、破門された者が堅気の世界で生きる事がどれほど困難な事かを考えると暗い気持ちになった――
高倉は伝手を頼る事も出来なくなった以上、職業安定所に行くしかなかった――
「茜、父ちゃんは出掛けて来るからな。留守番を宜しく頼んだぜ、もう誰も来やしねぇから心配すんな。直ぐに帰って来るからよ、行って来るぜ」
「うんっ、行ってらっしゃい」
高倉は職業安定所に着くと、大型や大型特殊、けん引の免許を所持していた為、直ぐに運送会社が紹介された――
「面接だけでも受けてみるか……採用されても身元がバレれば直ぐに首だろうが……ふうっ」
太陽がギラギラと輝いて、焼けるような暑さの中を、高倉はシャツの袖と襟のボタンを留めて歩いていた――
「ったく、日陰者にはお天道様の日差しが眩しいぜ……ちくしょう!」
高倉は太陽を見上げた――
「チッ、何だかお天道様がやけにデカく見えるぜ……熱いなぁ」
しかし、それは気のせいでは無かった。お天道様がどんどん大きくなり、日差しが強くなると、高倉の着ているシャツから煙が出始めた――
「うわぁっ! 熱いっ! 焼けるっ! 助けてくれっ……ぐぅっ」
高倉がのたうち回っっていると、めぐみの声が聞こえた――
〝 その願い聞き届けたぞ ″
「めぐみさんっ!? まさかっ……うわぁ――っ!」
着ていた服が燃え、丸裸になってしまい、全身に彫った入れ墨が露わになると、お天道様に焼き尽くされ消えてしまった――
「父ちゃん、父ちゃんっ! そんなに長風呂しているとのぼせるよっ! 早く出てよっ!」
高倉は茜の声に意識が戻ると、湯船に浸かっていた――
そして、自分の身体に彫った入れ墨が跡形もなく消えている事を、めぐみの仕業だと確信した――
「おうっ、今直ぐ出るから待ってろよっ! 茜、お前の言う通り、神様には誰も勝てねぇな。あははは、はっはっは」
数日後。喜多美神社に元気な声が響いた――
「めぐみ姉ちゃーん、めぐみ姉ちゃんっ!」
「七海ちゃん、お帰りなさい。うふふっ」
「茜の母ちゃんと優太が退院したってさぁ、父ちゃんがよろしく言ってたお」
「そう。良かったわね。ふふっ」
「父ちゃんが運送会社で働くことになって、休んでばっかだった学校にも通うんだってさぁ。あっシもひと安心だよっ」
「あんなに喧嘩ばかりしていたのに、幼馴染って良いわね。うふふっ」
「でも、ひとつだけ残念なのは、もうテキ屋じゃなくなったんで、あの旨いお好み焼きが食えねぇっつーことかなぁ。めぐみ姉ちゃんに食べさせたかったお……」
「良いのよ、何時か茜ちゃんと皆で一緒にお好み焼きパーティでもすれば良いじゃない」
「うんっ! 多摩川の花火大会は全員集合だねっ! きゃはっ!」
始まりが有れば終わりが有る。暑い夏にも終わりが近付いていた――
喜多美神社は神聖な空気と静寂に包まれていた――