貸した面は返して貰いますっ!
めぐみは鉄板の上のゲロをコテでかき混ぜた――
「おかしいわねぇー、バラ肉も焼きそばも無いなんて。うふふっ。広島者がっ! 食べてもいないのに因縁付けやがってぇ、ここが東京だと分ってんのかぁ―――――――っ!」
その殺気に全ての者がビビっていた――
「東京はなぁ! もんじゃ焼きなんだよっ! フッフッフフ。食べさてあげるから、お口をアーンしてっ!」
めぐみはグツグツ煮えたゲロで『任侠』と書くと、コテですくって男の口に押し込み、焦げて変質した天かす、バラ肉、卵、鉄板の上の全てを食わせた――
「ワレ、この娘がどうなっても知らんどっ!」
最後の一人が茜の髪を掴み喉元に包丁を突き付けた――
「シュンッ!」
「ギャ―――――ッ」
めぐみの投げたコテが手の甲に突き刺さり、男は包丁を落とした――
「七海っ!」
「うんっ」
七海が茜の腕を掴んで救出すると、そこに自治会長と高倉の姿が有った――
「何の騒ぎですか? 警察を呼びましたから、確りと事情を説明して貰いますよ」
「雄太っ! お前ぇが付いていて何だぁ、このザマはっ!」
平手打ちをしようとした高倉の腕をめぐみが掴んだ――
「勘違いをしないでっ! ふたりは因縁を付けられてもジッと我慢をして耐えたの、褒めてあげ下さい」
「えぇっ…………」
パトカーの赤橙がチラ突くと、男達は隙を見計らって逃げて行った――
「高倉さん、騒ぎは困りますねぇ。世間は暴力沙汰は許しませんよ? 来年は模擬店を取り止める方向で検討しますからっ! 分かりましたねっ!」
「へいっ、御迷惑をお掛けして本当に申し訳ありません。私の監督不行届です。へいっ」
「あんだお、頭下げんなよぉーっ! 優太も茜も悪くねぇっつーのっ! めぐみ姉ちゃん、言ってやってくれよー!」
そこへ警察官が到着して事情聴取を始めたので、めぐみは名刺を差し出した――
「コレはっ! ふーん、とうとう都下まで進出して来たか……マル暴に連絡しろ。ご協力、有り難う御座います! でも、お嬢さん、市民を守るのは私達の義務ですので、手荒な真似はお止め下さい。ではっ」
警察官は敬礼をすると引き揚げて行った――
自治会長は警察から関西の暴力団が東京に進出して来て、手始めにこの縁日が狙われただけで、誰も悪くないと説明を受け高倉に詫びた――
「めぐみさん、七海ちゃん、ガキ共を助けて頂き有難う御座いました。この通りです」
「父さん、僕が喧嘩強かったら……あんな奴等やっつけたのに……ごめんなさい」
「良いって事よ。しかし、酷え……大損害だ。参ったぜ」
「あーっ、そうそう、さっき警官に名刺を渡したでしょう? これに入っていたの。どうぞ。うふふっ」
めぐみの差し出したクロコダイルの長財布には帯封の札束とバラで三十万円入っていた――
「これはっ、こんなに……」
「お店の修理代と慰謝料、それに、我慢して耐えたふたりにご褒美ですよ。うふふっ」
「こんな事までして頂いて……おい、お前らもお礼を言わないかっ!」
「ありがとうございましたー」
「茜ちゃん。私のこと覚えているでしょ? もう七海ちゃんに意地悪しないでねっ!」
「はいっ! あのぉ…………『この悪行、償わない限り、恨みとなって消える事は無い!』と言ってましたけどっ……どう、償えば良いんですか?」
「きゃはっ、茜っ! 償いなんて要らねぇーよっ! あっシはもう怒ってなんかいねぇーよっ! シケた面すんなって」
「うふふっ。だってさ。茜ちゃん、全部水に流しましょう。じゃあねっ!」
めぐみと七海は部屋に戻り金魚鉢に金魚を入て泳がせると、お風呂に入って身を清め、正しい作法でコーヒー牛乳を飲んだ。そして、何時もの様に日報を書いて神官に送ったが、ひとつだけ何時もと違う事が有った。それは銃火器の使用許可の申請をした事だった――
「七海ちゃん、私、チョコバナナ五本も食べたからかなぁ……鼻血が出ていない? 」
「ったく、お好み焼きが食べられなかったからって、食べ過ぎなんだよぉー、大丈夫。出てないよっ」
「そう。出てないのかぁ……やっぱりね……なんだか血の臭いがするの」
喜多美神社は神聖な空気と静寂に包まれていた――
ゆらゆらと陽炎の向こう側から一人の男が参道を歩いて来た。それは、菓子折りを持った高倉だった――
「めぐみさん、昨日の晩は、御迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。この通りです。どうぞコレをお納め下さい」
「これは、御丁寧に。神恩感謝と云う事ですから、有難く頂戴致します」
「いいえ、礼を言うのはこちらの方で。お陰様で、来年も縁日を仕切らせて貰える事になりました。有難う御座いました」
深々と頭を下げ、立ち去ろうとする高倉を呼び止めた――
「高倉さん、ちょっとお話がしたいのですが……」
「話ですかい?」
「私の面を貸したんだから、今度は高倉さんの番ですよ」
「あははは、面白い人だなぁ、分かりやした。お供致しやす」
ふたりは多摩川の土手で話をする事にした――
「昨晩の連中ですかい? めぐみさん、警察官にも言われたでしょう。堅気がそんな事に首を突っ込む物じゃぁ……有りませんよ」
「高倉さん、きっと、このままでは終わりませんよ。血の臭いがするんです」
「えっ! そうですか……血の臭いが……めぐみさん、恩人に嘘を吐く訳には参りません。ですが、めったな事はしない約束ですよ」
「はい」
「あいつ等は指定暴力団、ニ代目誠真会です。戦後、呉の軍港を仕切っていた大親分が亡くなると、それまでの恩も忘れて縄張りを拡大している、所謂、武闘派ってヤツですよ」
「ふーん、縄張りねぇ……でも、高倉さんの縄張りが何故、狙われたのですか?」
「あははは、俺のじゃありませんよ。六代目岡田組のシマです。何故、狙われたかって? めぐみさん、それは、あんたが火柱で半グレの連中をやっつけたからだよ」
「えぇっ! 私が原因なんですか――――っ!?」
めぐみは状況が理解出来ずに居た――