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縁日の縁は血の臭い。

 それは、縁日の夜だった――


「めぐみ姉ちゃん、見た感じどうよ? 似合ってる?」


「うん、似合ってる! 超カワイイよっ! で、仕上げにこの髪留めを……ほらっ、見て見て」


 七海は姿見の前で耳掛けボブの右側の髪を上げた自分の姿を見てうっとりした――


「イッケイ・マジックが効いてるぅ―――――っ!」


「うふふっ。可愛い七海ちゃん。よしよししてあげるっ! そろそろ行こっか?」


「うんっ」


 ふたりは連れ立って縁日に出掛けた――


 七海は父を失い、母が病弱だった事もあり、子供の頃に家族で行った縁日が最後だったので、めぐみと一緒に浴衣を着て縁日にお出掛けするのがとても嬉しかった。


「めぐみ姉ちゃん、金魚すくい上手?」


「ごめーん、やった事無いの。実は今日が縁日デビューなのよ。うふふっ」


「えぇ――――っ! マジで? 食いしん坊のめぐみ姉ちゃんが、綿菓子もラムネも知らないなんて驚きだお」


 ふたりが暫く歩いて行くと、浴衣姿の家族連れやカップルが目に付く様になり、模擬店の明かりと賑やかな声が聞こえて来て、縁日の香りがした――


「七海ちゃん、おせーてっ! どこから行くの? 目移りして眼が回りそう……たこ焼き、お好み焼き、ベビーカステラ……あぁ、何て素敵な世界、めくるめくイリュージョンのようね、素敵!」


「『素敵』って言ってけど、食い物ばっかじゃんよー、腹いっぱいにしたら楽しめないんよっ!」


「腹が減っては縁日が楽しめないよー、七海ちゅあーん、お願い!」


「しょうがねぇーなぁ、食いしん坊なんだからっ! そーさなぁ……腹に溜まらない綿菓子食いーの、やきそばとラムネを買って金魚すくって、からのー、お好み焼きって感じでどーよ?」


「それ、いいねっ!」


 綿菓子の甘い香りにうっとりしながら、ふたりで仲良くかぶりついた――


「溶ける―っ、たまらないねぇ、あぁ、お空の雲が綿菓子だったらなぁ……お腹一杯食べたいなぁ」


「子供かっ! めぐみ姉ちゃん、夢を壊すようで悪るいけどザラメだから。十円の物を何百円で売るのがテキヤだっつーのっ! エグイ商売なの分かってね――しっ!」



 ふたりは綿菓子を食べ終わると、やきそばとラムネを買って金魚すくいに挑戦した――


「しっかし、旨いなぁ、七海ちゃん、イケるよコレ! ソースの甘味が強くなってきたら紅しょうがを口に放り込み奥歯でシャクッと噛み締める。すると、どうだい、もう一回新鮮な気持ちで食べられるって寸法だぁ」


「誰? つーか話、なげぇーし。ラムネを行ってみ。ほれ」


「ぷっは――――っ! これは香りが良いわねー、弾ける炭酸が爽やかで最高!」


「めぐみ姉ちゃん、何時まで口付けてんのー。その瓶を持つ手つきと、口の付け方がエロいから気を付けて。童貞が見てるよっ!」


 めぐみが横を見ると童貞達は目を逸らし、慌ててしまいポイに穴を開けた――


「おまーら、そんな物しか破れないから童貞なんだお」 


 七海のキラーワードに辺りは爆笑に包まれた。そして、金魚をすくいを終え、お目当てのお好み焼きを求めて歩いて行くと、そこには人が並び行列が出来ていた――


「まぁ、大人気ねっ! 期待しちゃう。うふふっ」


「めぐみ姉ちゃん、トーシロがやってると、手が遅くて客が捌けない事も有るんよ。油断は禁物だお」


「もう、七海ちゃんの意地悪っ!」


 だが、お好み焼きの模擬店の前には七海以上に意地の悪い連中が居た――


「おう、兄ちゃん。東京で広島風と云うからにゃぁ、それなりの物を出すんかっちゅぅて思やぁ、こがぁな物を出しやがって! どがぁな意味じゃ、答えろやっ!」


「あっ、すみません……あの、こうやって作れって言われているんですけど、何か間違っていたなら、すみません」


「客から金取って不味いモノ食わせよってっ! すまんで済むゆぅて思うとるんかっ!」


「ワレ!ぶちまわしたろうかっ!」


「広島を馬鹿にするんも、たいがいにせーよっ!」


「あの……お金を返しますから、勘弁して下さい……」


「ほお、ほうか、ワレ、金を返せば済むゆぅて思うとるなら、わしらの胃袋に入ったこのクソ不味ゆお好み焼きをどうしてくれるんじゃ?」


「…………」


「ワレ、答えんかいっ!」


 ガクガク震えるお兄ちゃんの横で手伝っていた妹が泣きべそをかきながら必死で吠えた――


「あんたら、良い大人の癖に因縁付けてんじゃねよ――っ! あやまってんだろっ!」


「ワレ、客に向って因縁たぁ何じゃぁ―――――――――!」


 意地悪な連中は激昂して、ひとりが模擬店の垂れ幕を引きちぎり、ひとりは脇に回るとお好み焼きの生地の入ったバケツを蹴り倒し、もう一人が鉄板の周りの物をひっくり返した――


「キャ――――――――――ッ!!」


 悲鳴が上がると、行列に並んでいた人々は次々と逃げ出した――


 めぐみと七海は行列が進んで、やっとお好み焼きが食べられると思って喜んだが、直ぐにその惨状を理解した――


「茜!?」


「七海っ!」


「あらっ、知り合いなの? 知り合いなら尚更、素通りは出来ませんねー、チョッとあんた達っ! ずっと並んでいたのよっ! 私のお好み焼きっ、どうしてくれるのよっ!」


 少年の胸ぐらを掴んでいた男が睨んだ――


「ワレ、すっ込んどけやっ!」


「めぐみ姉ちゃん、こいつらは……ヤバい奴だお」


「そうは行かないでしょ? 七海ちゃんの知り合いなんだし、ねぇ、おじさん達、怖がっているじゃないの、かわいそうだから、その手を離してあげなさいよっ!」


 意地悪な連中はめぐみと七海を無視していたが、鉄板の上に広がった天カスとバラ肉が焦げて煙を上げて始めると、めぐみの眼光が鋭くなり、キンキンに熱くなったコテを掴むと男の顔に押し付けた――


「ギャァア―――――――――――――――――ッ!!!」


 男は手を離すと、蹴り倒したバケツに躓いて倒れ、自ら撒き散らしたお好み焼きの生地にダイブした――


「うふふっ。これが本当の広島風かしら? そのままこの鉄板でお好み焼きにしても良いのよ」


「このアマ! ぶちまわしたるっ!」


「めぐみ姉ちゃん、危ない!」


 めぐみの真横に居た男が髪を掴み、引き摺り回そうとすると、その手を押さえて半回転して懐に入り、脇の下をくぐると腕を捻り上げた――


「漢が一度でも口にした言葉は、戻せないのよ」


 めぐみは腕を捻られて前屈みになった男の腹に膝蹴りを入れた――


「ドッスン!」


「うぐっ、うおぇー、ほげぇ――――――――――っ!」


「ジュ、ジャワァァ―――――――――ッ!」


 男は正面の鉄板に胃の中の物を全て吐き出した――


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