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挨拶回りとお礼参り。


 うだるような夏の暑さの中で――


 喜多美神社は神聖な空気に包まれていた――


 鳥居の外は陽炎でゆらゆらゆらと景色が歪んでいた――


 そんなある日、ひとりの男と少女が参拝に訪れた――


 うだるような暑い夏の日――


 長袖のハイネックを着ている事が男の素性を物語っていた――


 その男と少女は参拝を済ませると社務所に向った――


「あれ? あの親子……社務所に行ったけど何の用だろう?」


「あー、めぐみさんは知らないだろうけど、あの人は稼業人よ」


「稼業人? 必殺みたいな?」


「違いますよぉー、縁日とかでぇ、綿菓子とか金魚すくいとかぁ、屋台をやる人達ですよぉ」


「縁日!」


「若い男女が浴衣でデートするキュンとする日よ……女子は男子の男らしくて大人っぽい胸元にトキメいて、男子は女子のうなじにドキドキするのよっ! うふふっ」


「童貞なんかぁー、イチコロなんですよぉ」


「神と縁のある日……きっと良い事が有りそう。沢山、縁が結べると良いなぁ……」


「あっ!めぐみさん、期待させてごめんね。やらないから」


「やらんのか―いっ!」


「格式高いんですよぉ」


「あの人は近所の盆踊りやお祭りの事で、近隣に挨拶周りをしているの。渋滞したり騒ぎになったりするからね。でも、社務所できちんと仁義を通すっていうのかなぁ……本当に律儀な人なのよ」


「ふーん、憧れの縁日と縁が無いなんて『鬱』ですっ!」


 稼業人の親子は帰り際に授与所の前で足を止め、深々と頭を下げた。だが、顔を上げた瞬間、少女はめぐみを見て震えた――


 参道を歩き鳥居をくぐろうとした時に、娘の異変に気付いた――


「おい、どうした? 何を震えてんだ」


「父ちゃん! ヤバい奴だよ……アイツだよっ、あの巫女さんが火柱で仲間をやっつけたんだよ……ヤバいよ……ヤバい奴なんだよ」


「何だと? 本当か! それが本当なら挨拶をしねぇとならねぇな……おいっ、お前は先に行って待ってろ、分ったな」


 男は(きびす)を返すとめぐみの元へ向かった――


「おう、あんた、チョッと面を貸してくんねぇ」


「私!? 何の御用でしょうか?」


「心配しなくて良いよ。取って食ったりしねぇから。俺は高倉健二って言う、ケチな稼業人だよ。娘に聞いたんだが、環八で火柱を上げて半グレの連中を叩きのめしたのがあんただってよ……間違っていたらすまねぇ」


「さぁ、私には叩きのめした覚えなんてありませんが……」


 高倉は一分の隙も無いめぐみの立ち姿に確信した――


「とぼけなくても良いんだぜ……」


 めぐみの眼光が鋭くなった――


「仮に私がその半グレの連中を叩きのめしたとしたら……何だと?」


「良いだろ。あくまで、仮だ……もし、あんたの仕業なら奴らの仲間が仕返しに来るぜ」


「脅さないで下さい、半グレが仕返しなんて、怖い怖い」


「半グレじゃねぇっ! その半グレからカスリ……って言っても分からねえか、まぁ、ガキ共を支配管理していた極道がお礼参りに来るって事だ」


「極道さんが? 神恩感謝に来るなら歓迎しますよ。良い事です」


「良い度胸なのか、愛嬌なのか分からねぇけどよ、極道は堅気に舐められてタダで済ます事は無ぇからよ。用心しな。あばよ!」


 去って行く高倉の後ろ姿が、陽炎の中に消えて行った――


 めぐみはエラー・コードを確認して溜息を吐いた――


「ふぅ―っ、まーた厄介な事になりそうねぇ。人生色々、縁も色々……縁日が結ぶ縁は……縁に血の臭いがする。後には引けなそうねぇ。ふふふっ」




 神社から少し離れた駐車場に少女とその母親が男の帰りを待っていた――


「あんたぁ、遅かったじゃないか。ヤバい奴に会ったと茜に聞いたけど……」


 男は黙って車を走らせた――


「母ちゃん、あたいが余計な事を言ったのがいけなかったんだよぉ、父ちゃん、お願いだから忘れてよ、ねぇ、忘れようよぉー」


「馬鹿野郎! 父ちゃんがどう云う人間か分かってんだろっ! 聞いちまった以上、素通りは出来ねえっ! もう関わり合いになっちまったんだ、親分の耳に入れなきゃなんねぇ」


「父ちゃん、あいつはヤバいよ……関わっちゃいけないよぉ……」


「雅美っ! こいつを黙らせろ」


「あんたぁ、面倒事はもうしない約束じゃないか。この娘に罪は無いよ」


「父ちゃん、親分にはシマが有るんでしょ? でも……神様は全部だよ、勝てっこないよ」


「神様……だと?」



 高倉は挨拶回りを済ませると、組長に報告に行った――


――六代目岡田組


「おうっ、高倉! その口の聞き方は何だっ!」


「てめぇ、意見してんのかっ! 何時から親分にそんな口を聞けるようになったんだっ!」


「手前っ、なめてんのかっ!」


「殺されてぇのか、おぉっ!」


 組員達の怒号の中、高倉は正座をし畳に両手をついて頭を下げたまま微動だにしなかった――


「えぇ―――――いっ、黙れっ!」


 代貸の声に組員達は大人しくなった――


「こいつは稼業人なんだ、大目に見てやれ。なぁ、健二、おめぇは律儀に報告したつもりだろうが、手を出さない方が良いなんてのはよぉ、指図だ。関わらねぇ方が良いってのは……忠告って事だ。なぁ、どっちにしても筋が通らねぇって事ぁ、分かるよなぁ」


「へいっ!」


「うんっ、そうだ、分かるよなあ。おめぇは筋を通す男だ。俺は分かって居るからよぉ。だがなぁ……健二、この不景気で上納金が減って、どこの組も台所は火の車、その上、下っ端とはいえ組員がふたり逮捕されたって事はよぉ、どういう事か分かるよなぁ……おぉ?」


「へいっ、出過ぎた事を申しまして……勘弁しておくんなさい」


「うんっ、そうだ。分かりゃあ、良いんだよ。親分、健二の処分は、この私に任せて貰えやしませんか」


「おおっ。まぁ良いだろっ。その巫女が何処かの組の使いかどうか調べろ。それから、きっちりケジメを付けさせろ」


 親分の号令で組員達は一斉に出て行くと、健二は嫌な予感がして胸がザワついた――


 そして、めぐみはこれから起こる惨劇を、知る由もなかった――




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