熱い温泉と冷たい視線。
イッケイは涙を拭いて頷いた。
「めぐみさん、『良き出会いと素晴らしい人生に』乾杯したでしょう? 本当に実感しているのよ」
「これからですよ。イッケイさんはこれからなんです」
「えっ? めぐみさん、この間も『まだ始まったばかり』って言っていたけど……どう云う事かしら。教えて欲しいの」
そこに七海がやって来た――
「めぐみ姉ちゃーん、お待たせ!」
「今日は早いのね。お待たせって……何だっけ?」
「カラオケ行くっつたじゃんよー、忘れたとは言わせないよんっ!」
「ああ、そうだった! すっかり忘れていたよ。あははは……」
「めぐみ姉ちゃん、この人誰? ……あっ、イッケイさんだ! この間の電話の相手はモノホンのイッケイさんだったの!? 知り合いなの? お尻合いなの? どっち? おせーて!」
「お尻合いって、あなた……」
「めぐみさんのお友達ね。元気が有って良いわねぇー、初めまして、イッケイです」
「あっ、中俣七海です……こんちは」
「七海さん、お互いめぐみさんにおせーて貰いたい事が有るから、御一緒しましょう」
「御一緒?! マジでっ! 御一緒するするっ、オールでオッケイ、イッケイさん! フゥーッ!」
「こらっ! 調子に乗り過ぎだよっ」
三人で「カラオケ迎賓館」に行き、思う存分歌った――
「チャッ、チャッ、チャッ、フゥー! ホワ、ホワ、ホワ、イエーイ! それを言ったらお終いヨー!」
「ふんとこどっこい! よっこいしょーいち、戦に負けても負け知らずぅー! フッ、フゥッー!」」
「こっ、これがカラオケ…という物かぁ……恐ろしい、この様な乱痴気騒ぎを二十四時間、年中無休で行っているとは……地上の人間達が羨ましい……」
「めぐみ姉ちゃんの番だお。ノリ悪りーなっ! 時々KYなんだからさぁ、空気読んでっ! 歌ってミソラ! だっつーの!」
「あっそう。んなら、鯉乃めぐみ歌いますっ! K・Yで368日……聴いて下さい……
それでも良いかなぁー、それも良いかなーと思ってたんだっ、 結ばれないと知っててもー 繋がっていたくて――――― 恋がこんなに辛いーなんてー 恋がこんなに悲しいなんてー 知らなかーったの 本気であなたをー愛して知った―――――― 今はただあーなた、あなたの事だけがー、あーなたの事ばっかり……」
「めぐみ姉ちゃん、やるなー、歌えんなっ、げっ! イッケイさんが号泣してるっ!」
「刺さる――っ、刺さった、涙が止まらないわよ。感動しちゃった」
「センキュ――ッ、トキオォ―――ッ! グッ、ナイ!」
カラオケを楽しんでお腹が空いたのでイッケイの馴染みの焼肉屋に車で行くことになった――
「あっシはフランス料理食いてぇっつーの! 焼肉かぁ……」
「贅沢言うんじゃないの。イッケイさんがご馳走してくれるのよ。お礼を言いなさい」
「まあまあ、めぐみさん、良いじゃなの。七海さん、フランス料理はまた別の機会にしましょう。これから連れて行くお店は何処にでも有る焼肉屋じゃないから、特別な焼肉だから……ねっ。」
焼肉屋に着くと大行列していたが、イッケイの予約で直ぐに入れた――
「今晩は。大将、何時もの、例のヤツよろしくねっ!」
「イッケイちゃん、まかせとき!」
店内はモクモクとした煙が充満していて、人の話し声や香水を付け過ぎたホステスも、飲みに集中して居るだけのお客も無く、真剣に焼いて食べている様は殺気すら感じさせた――
「はーい、お待たせしましたー」
大将が持ってきたのは牛タンとハラミとカルビだけだった――
「めぐみ姉ちゃん、この牛タン、ヤバくね? こんな分厚いの食った事ねーし、ハラミとカルビもあっシの知っているヤツじゃない! これは……いや、これが本当のヤツなのねんっ!」
「何時も行く気楽亭の事は忘れろっ! あれはきっと……」
「私が焼いてあげるからね。分厚い牛タンには隠し包丁が入っているから、こんな風にして……」
イッケイがロースターに乗せると「ジュ、シャ――ッ、ジャ――」と快音を響かせ、焼音に聞き惚れていると、メイラード反応で褐色になって行く事に目を奪われた。そして、香ばしく焼ける臭いに胃袋が締まった。
イッケイが「これは私流の食べ方だけど」と言って、色っぽい仕草で小皿に塩をサッと盛ってレモンの果汁を掛けてふたりに渡した。
「あぁ――っ、クッソ旨ぇ―――――っ! 牛タンってこんなに旨いの? 肉の味最強! 味、強えぇ―――――っ!」
「確かにクッソ旨ぇ―――――っ! だねっ。柔らかいのに最後に歯応えが有る感じが堪らんっ!」
「そうでしょ? 良かったー、喜んで貰えて。私嬉しいわ。もっと食べてね。うふふっ」
三人はカラオケと焼き肉を堪能して上機嫌で家路に就いた―――
「タンがこんなに美味しいなんてー 知らなかったなかったの」
「本気であなタンを食してー 知った――――」
「今はただあのタン、あのタンの事だけがー、あのタンの事ばっかり……」
「焼肉サイコー!」
「何か嬉しいし、楽しい。でも、めぐみさんも七海さんも焼肉の臭い付きのままでは返せないから、軽く温泉に寄って行きましょうよ」
「賛成―――――!」
江戸っ子温泉物語に到着すると、タオルを借りて入場し浴場へ向かった――
しかし、三人一緒には入れないので、ふたりは女湯。イッケイは男湯に入る事になった。髪と身体を洗い、焼肉の臭いを落として、湯船に身を投じた。露天風呂では湯に満月が映っていた――
暫くして、イッケイは風呂から上がり身体を拭いて髪を乾かしていた――
「綺麗になぁれ。綺麗になぁれ。綺麗になぁれ」
すると、小さな男の子が走って来て、鏡越しにイッケイをまじまじと眺めて、目が合うと二ヤリと笑い、プッと吹きだし祖父の元へ走って行った。
「おじいちゃん、変な人が居るよ! クスクスッ、男の人なのに女の格好してるよ! 女は男湯に入っちゃダメでしょ、ぷぷっ」
「こらっ、よしなさいっ!」
鏡越しに祖父が頭を下げているのが見えた――
「元気なお孫さんですね。お気になさらないで下さい。お先に失礼します」
そう言い残してその場を去った――
めぐみと七海は大広間でのびていた。
「カラオケ行って、旨い焼肉食って、温泉に入るなんて……最高だなぁ! あっシも毎日こんな事して―なっ!」
「庶民には難しいね……でも、きっと毎日だったら飽きちゃうよ。私は七海ちゃんのパンで丁度良い」
「あんがと……そんなに優しくすんなよー、泣けて来ちゃうよぉ」
「お待たせ――っ! ごめんね、待った?」
「イッケイさん、全然! こんな贅沢三昧に感激して泣きそうだお」
「湯冷めしないうちに帰りましょう。うふふっ」
めぐみはイッケイの瞳の奥に深い悲しみを見た――――
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