おカマとシェフと正直者と。
めぐみは仕事を終えると、待ち合わせた駅前に行きイッケイの案内で相手の居るレストランに向った――
大通りの喧騒から離れた小径にビストロ・フルール・エ・レーヴは在った。
「いらっしゃいませ。ようこそ…… 何だ、イッケイか」
「『何だ』じゃないでしょう? ちゃんとお客様を連れて来たのよ。めぐみさん、入って! 紹介するわね、こちらは喜多美神社の巫女さんの鯉乃めぐみさん」
「こんばんは、鯉乃めぐみです。よろしくお願いします」
「こちらはオーナー・シェフの小林義男さん、銀座の三つ星レストランに居たのよ」
「めぐみさん、ようこそいらっしゃいました。どうぞ寛いで私の料理を楽しんで下さい」
「ありがとうございます!」
テーブルについて周りを見渡すと店内には二組の客しか居なかった――
「御札のお陰で、売り上げが上がった……と聞いていましたが」
「めぐみさん、不景気でしょう。客単価三万以上のお店だから、夜は中々お客さんが来ないのよ」
手吹きガラスの美しいフルートグラスにシャンパンが注がれた。
「あの御札を祀ってからランチ客とデリバリーが突然増えたんですよ。感謝しております」
小林がテーブルを後にすると、ふたりで乾杯をした。
「綺麗な泡ね……何に乾杯しようかしら? そうだ、良き出会いと素晴らしい人生に。乾杯!」
「乾杯!」
すると、イッケイが饒舌になった。
「めぐみさんは巫女さんだからー、神社でナンパなんてされないだろうし、私服の時もなんだか結界が有る様な、近寄りがたい雰囲気があるわよね。それに美人だから彼氏が居るだろうと思って誰も手を出さないでしょう? 違う? 当然、処女だと思うけどー、どんな男が好みなの? おせーて」
「男と言われましても……そのぉ、爽やかで天真爛漫で無邪気な人ですかねぇ……あはは」
「分っかるぅ―、でもハッキリ言っとく! 今、居ないわよそういう男。あーん、そうか、それで納得出来た! めぐみさんてレズっぽく見えるけど違うし、なんだか不思議な雰囲気なのよねぇ」
「ええっ! レズっぽく見えるのですか……私」
「初めて会った日の事、覚えてる? 『人を愛する事に性別なんて関係無い』って言ったでしょう? 私それを聞いて心が救われたの。だから、めぐみさんもそっちの人かなって思ったのよ」
「なるほど……そうでしたか」
「ゲイとかホモとか色んな言い方が有るけど、おカマなんて何処に行っても下に見られるでしょう? だから、とても嬉しかったのよ。私、真剣に生きているんです」
小林が料理の説明とワインのサーブをした。
「めぐみさん、イッケイはどんなに馬鹿にされても、怒ったりしないで笑いに変える事が出来る凄い奴なんですよ。全く、敵わないですよ。あはは……ごゆっくりどうぞ」
食事も進んだ頃――
先客は帰って行き、店内は誰も居なくなった。暫くすると調理場で働く者も皆、帰って行き三人だけになった。
小林が最後に季節のデザートを目の前で作った――
マルスグリとブルーベリーのケーキにホワイトチョコレートのソースを掛けて、ブリュレ風のタルトにはグラニュー糖を掛けてバーナーで仕上げて提供した。
「口福! 口福! コースの途中で出て来たヤマモモのグラニテも素晴らしかったけど、このマルスグリはフレッシュですね」
「ほぉ……流石、イッケイの連れて来るお客んさんだ。数少ない生産者さんの手で僅かな量、限られた期間しか食する事が出来ませんので」
「連れて来た甲斐が有ったわ―――っ、嬉しい!」
食事を堪能して、帰り際に小林が今日の料理の感想を求めた――
「本日のお料理は如何でしたか? お口に会いましたか?」
「義男さん、何時来ても素晴らしい料理を提供してくれて有難う。本当に美味しかったわ」
「私は今日が初めてでしたが……イッケイさんが言う通り、素晴らしいお料理でした! 感動しました。只……」
「只? 何か……問題でも?」
「いえ、何でも……」
「いいえ、ハッキリと仰って下さい!」
めぐみの瞳の奥がキラリと光り、ここぞとばかりに本題に入った――
「見た目、香り、絶妙な味と舌触りに食感、お料理は完璧です、しかし、何かが足りませんね……」
「何かって……五感も胃袋も満たしていて完璧なのに、これ以上、何が足りないと? 後は心だけですよ……お客様の気分や心の問題はシェフにはどうする事も出来ませんよ」
「答えが分かっていらっしゃるのですね。でも、お客様では有りません。あなたの心の問題です」
「…………」
「めぐみさん止めて! あなたは正直だけど、その正直さが時に他人を傷付ける事も有るのよ」
「良いんだよ、イッケイ。めぐみさんの言う通りなんだ……」
「イッケイさん、今日、此処に招かれたのは御札の事でしたね。この店に『闇』を感じた理由は小林シェフの心の沼です。心の中に居る奥さんの亡霊です」
「どっ、どうしてそれを……ご存じなのですか?」
「私、これでもプロの巫女ですから。イタコの口寄せですよ」
「めぐみさん…… あなたって、そんな事も出来るの?」
「めぐみさん。料理って不思議ですよね。私が仕入れて下処理をして……妻に指示をして作らせていたのに妻が亡くなってから、あの味が出せないんですよ……もし、それが本当なら妻の敦子を、敦子を呼んで下さい! 教えて貰いたい事が有るのです! お願いします」
めぐみは「分りました」と言うと、呪文を唱えた――
「ヨッちゃん、久しぶり。元気無いなぁ……しっかりして!」
「アッコ! アッコなんだね。どうしても聞きたい、教えて貰いたい事が有るんだ」
「ごめんね、ヨッちゃん。まさか入院してそのまま死別するとは思って居なかったから言えなかったの。フォン・ド・ボーの仔牛の骨付き肉ならならオーブンのドアにフォークを挟んで。鶏のもみじや海老の頭なら縦に挟んで温度調節をして。それで大丈夫。後、フュメなんだけど……セロリは気持ち多めなの。ごめんね」
「そうだったのか……古いオーブンだからなぁ、分かったよ。有難う」
「ヨッちゃん、まだ聞きたい事があるでしょう?」
「あぁ……うん」
「めぐみさんやイッケイさんが居るからって気にしないで。私の事でしょう? 心配しないで」
「乳ガンだと知らなかったから……いや、違うんだ、そんな事は関係無い。幸せにしたかったから……店を有名にしたかった。あと少しで楽がさせられると思っていたんだ、辛い思いを知らずにキツく当たって申し訳なかったね。アッコごめんよ、許してくれ……」
小林の瞳から涙が溢れて零れ落ちた――
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