傷だらけのシンデレラ。
移動の車中で間欠ワイパーの指揮で三人の会話は弾んでいた――
出向いた先のレストランの駐車場には忍者の姿になっためぐみが待機していて、藤田の車が入って来たのを確認すると、厨房裏手の物陰から弓を構えた。
「この一本の矢で三人の心臓を射抜かねばならぬ……胴造りをして静かに呼吸を整えている余裕は無い……物見を定め一撃で仕留めなければ……」
ところが雨が強くなって来たせいで、藤田は車寄せで二人を降ろして駐車スペースに車を停めた。傘を開きふたりの待つ正面玄に歩いて行く―― 玄関まで五十秒!
めぐみは予測が外れて焦った、ずぶ濡れになりながらも冷や汗が伝うのを感じた。
「この距離から三人の心臓を射抜くのは不可能だっ! 作戦変更! 忍法、蹴鞠の術!」
めぐみが念じると鞠が現れ、小刻みに足踏みして助走のタイミングを計った――
ゆっくりと藤田が傘を畳むその時、めぐみが走り込んで体を軸足側に傾けインフロントキックで鞠を蹴った――
傘を畳み終えて前を向いて歩きだす藤田と視線を合わせ微笑む麻実。藤田の背後からカーブした鞠が飛んで行き、颯太の前を横切る様に落ちて弾んだ。
鞠を追いかけて雨の中に飛び出す颯太――
慌てて傘を投げて追いかける藤田――
立ち竦む真美――
「危ない!」颯太を後ろから抱きかかえた瞬間だった。
遠くから「ビシュゥ――――――――――ッ」と水煙を上げて黄色く光る鏃が光線になって麻実の背中から心臓を貫通し藤田と颯太を射抜いた――
決戦は無事終了した――
残り時間七秒だった。
麻実は颯太を怒る事も無く、颯太も鞠が消えた事を気にも留めず、藤田は父親の役割を果たした様な気分で嬉しかった。
めぐみは三人がレストランに入るのを見届けると「ほっ」と一息ついた。
「試合終了、決戦は勝利に終わった」ケータイで確認をすると何故か「継続・進行中」と表示されて驚いた。「うん―――――――んっ? どゆこと?」めぐみには何が起こっているのか分からなかった。
レストランの中の三人は食事を済ませると、デザートを注文して出て来るまでの間にサプライズで油壷マリン・パラダイスでアシカのメイちゃんとイルカのジョイ君と撮った記念写真と記念品を颯太に渡した。
「うわーい、これどうなるの? 光るの?」
「そうだよ。ジョイ君の背ビレを押すとライトが点いて、一緒に眼が光るんだよ。メイちゃんのキーホルダーは裏にお名前を書くところが有るから、お母さんに書いて貰ってね」
「うんっ!」
麻実は「良かったね、颯太。おじちゃんにお礼を言ってね」と言うと、幸せをいっぱいに感じて目を細めた。しかし、微笑みは長く続かなかった――
ウェイトレスに案内されて元旦那とその嫁が姑と一緒に入って来た。麻実は目を伏せて無視をしたが通り過ぎる時に元旦那が気が付いて声を掛けて来た。
「麻実じゃないか。こんな所で会うとはな。こちらの方はお前の新しい旦那か? 紹介しろよ」
「失礼な事言わないで、この方は弁護士の……」
「弁護士? ふーん、お前まだ懲りずにシンデレラ倶楽部の医師、弁護士、年収一千万以上の方限定のお見合いパーティーに行っているのか?」
「麻実さん、身の程知らずもいい加減にしなさいな。被害者はうちの子だけで沢山ですよ」
藤田が立ち上がり名刺を差し出した。
「東京弁護士会所属の藤田と申します。麻実さんの弁護をしております、失礼とは存じますが、お子さんの前で母親を侮辱するような真似はお控えください」
「侮辱? こいつのせいで人生の貴重な時間を失ったのは私の方ですよ!」
「ですから、公衆の面前でも有りますから、口を慎めと申し上げております。慰謝料はもとより婚姻費用も子供の養育費も払わず、財産分与も未だですね」
「はぁ? 勝手に出て行った身勝手な女なんですよ。こいつは!」
「『勝手に』と云うのはあなたの言い分です。親としての義務を果たしていない以上、親権を放棄しているとみなされますし…… そちらの方は奥様ですか? 例の看護師の? お名前は失念しましたが……」
「ちょっと! どう云う事。看護師って! あの女とまだ切れていなかったのっ!」
「違うって、とっくに別れているよ、弁護士さん、いい加減な事を言わないで下さい!」
すると藤田がそっと耳打ちをした。
「DVの被害と愛人の件が理事長の耳に入ると出世に響くのでは在りませんか?」
「あ、あぅっ……」
そこにウエイトレスが注文したデザートを運んで来た。
「あのぉ……お取り込み中、申し訳ありませんが提供させて頂いてよろしいでしょうか?」
テーブルに並んだ季節のフルーツのパルフェに感激して、大人たちの会話を心配そうに見ていた颯太に笑顔が戻った――
「藤田さんと一緒に居る時は颯太はとても落ち着いていて驚きますよ。私の云う事は全然聞かなくなって……」
「中間反抗期ですからね。父親が居ればストレス発散が出来て自分の感情のコントロールが上手く出来るのかもしれませんが……颯太君、お母さんの云う事を良く聞いて良い子にしているんだよ」
「ぼく、いつも良い子にしているよ。だってレストランに連れて来てもらった事が無いもん!」
「そうね……こんな素敵なレストランに連れて来た事が一度も無いもんね……ごめんね」
「さあ、もう帰りましょう」
席を立ちキャッシャーへ向かった――
「藤田様。何時も有難う御座います。本日のお会計は一万八千円で御座います」
藤田が会計をしていると、一瞬の隙を突いて颯太が父親のテーブルに駆けて行った――
「おじちゃん。バイバイ」と言って父親に別れの引導を渡した。そして振り向くと「おとうさーんっ!」と言って藤田の元へ駆けて来て右手をつなぎ、左手で麻実の手をつないだ。その瞬間「どうっ」と風が吹き三人は雷打たれたような衝撃を受けた。
めぐみの鏃の薬が効いて三人は家族になった――
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