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魂の入ったマシン。

 女は、右足を振り上げてバイクを降りると、フロント・タイヤの前に立ち、ディスク・ローターを眺めた――


「フッ、異常では無い様だな」


「…………」


 そして、大きく息を吐くと、ヒップ・ポケットから取り出したハンカチで、ヘッド・ライトのレンズに付着した虫の死骸を拭き取った――


「せっかく、轢き殺してあげようと思ったのに……お前はまだ、死ぬには早い様だな……坊や」


「うっ、轢き殺すだなんて……正気かっ!」


「このマシンが、坊やを前にブレーキを掛けて停止したと云う事が全てを証明している」


「そんな、馬鹿な事が有るか? 勝手にバイクが止まるなんて、有り得ないだろっ!」


「有り得ない? 坊やが今、生きているのは何故? このマシンは、意思を持って走っている。魂が入っているのだ」


 恭一は、頭の中が混乱していた。女の言う通り、あのスピードで突進して来たバイクが眼前で止まれるはずが無いと云う常識と、実際に止まったと云う現実が一致しなかった――


「先を急ぐ」


「…………」


 女は、サイド・スタンドを払った右足をそのまま振り上げてバイクに跨るとイグニションをオンにした――


 〝 Time To Ride……This is Vmax ″


 〝 ヒュヒュヒュヒュン、ズドドドドド、ドドドドドド、ズドドドドドッ! ″


 エンジンを始動してクラッチを握り、ギアを1速に入れようとした瞬間、V-MAXがメッセージを伝えた――


 〝 Have The Man ……Get in The Back Seat ″


「OK。坊や……乗りなっ!」


「あ…えっ!?」


 恭一の身体は宙に浮き、V-MAXの後席に着地した――


「確り捕まっていろ。行くぞっ!」


 女が、手加減無くスロットルをワイド・フル・オープンにすると、時空が歪むほどのトルクが炸裂し、加速した車体は土出をジャンプ台にして、天高く舞い上がった――


「うわぁぁぁ――――――――――――――――――あっ!」


 恭一は、思わず絶叫した。そして、民家の屋根に着地すると、更に加速して、今度はビルに激突しそうになった――


「あぁ――――っ! ぶつかるっ!」


 V-MAXはビルの外壁を垂直に走り、幾つかの建物の上を超えて走って行った――


「まさかっ! こっ、このバイク、一直線に走っているのか??」


「フッ、今更。このマシンには『魂が入っている』と言った事を、ようやく理解出来た様だなっ!」



 〝 ズドドドドド、ドドドドドッ! ブァォ――――――――――――ンッ! ″



 喜多美神社は、真正な空気と静寂に包まれていた――


「ふんふんふん。ルンルンルルルン」


「ピースケちゃん、やけに上機嫌だね?」


「めぐみ姐さん。第二日本列島ですよ? 新しい日本ですよ?」


「だから何よ? 海底が隆起しただけじゃないの?」


「嫌だなぁ。これだから……」


「何が?」


「千キロ以上続く、ビーチですよ? 海の幸の宝庫ですよ? 僕は、紗耶香ちゃんとの新婚旅行は、第二日本列島に決めたんですよねぇ。ぐふっ!」


「気が早いわねぇ……プロポーズも未だの癖にぃ。大体、島嶼部だった所以外は、只の土、道路もインフラも、何も無いから」


「めぐみ姐さん。日本中の起業家が土地の取得に血眼になって居ますよ。これ程のビジネス・チャンスを放っておく分けがないでしょうに? まぁ、東京都に編入するか、それとも、別の県にするかは、国が決める事ですから、定かでは有りませんけどねぇ。世界中が注目しているのが、第二日本列島なのですっ!」


「注目って、言ってもさぁ……」


 その時、めぐみとピースケは、遠くから迫り来る爆音に気付いた――


「ん?」 


「え? あの音は?」


 思わず、拝殿から振り返ると、参道のど真ん中を一台のバイクが駆けて来た――


「うわぁっ!」


「危ないっ!」



 〝 ブァォ――――――――――――ンッ! キィ―――――――――――ッ! ズザザザァ――――――ッ!! ズドドドドド、ドドドドド、ドドドドドドドドドドンッ!  ″



 めぐみは、神聖な神社の参道をバイクで駆けて来た事に激怒した――


「ちょっと、あんた達っ! 此処を何処だと思っているのよっ! マナーが悪いにも程が有るわっ! このっ! 罰当たりがぁ―――っ!」


 バイクの女は、めぐみを意にも介さず、シールドを上げた――



 〝 スチャッ! ″



「此処だな……」


「ちょっと、あんた達っ! 拝殿にバイクを横付けするなんて、十年早いわよっ!」


「何? それを言うなら、百年遅いの間違いだろう」


「はぁ?」


 ムキになって、怒るめぐみとは対照的に、ピースケは何かを感じていた。典子も紗耶香も神職の者達も、バイクが参道を走って来た事に気付いて居ない様子だったし、バトル・スーツの女とは対照的に、後ろの男は綺麗なスーツ姿でノー・ヘルだった――


「あのぉ、めぐみ姐さん。ちょっと……」


「何よっ! このクソ女、私の事を無視してるのよっ! ムカつくっ!」


「めぐみ姐さん……参道のど真ん中を走って来たと云う事は……」


「ルールもマナーも分からない、暴走族だよっ!」 


「そうじゃなくて……つまり……」


「はぁ? 何よ? 何で小声?」


「神様ですよっ!」


「えぇっ!?」


「ほら、典子さんにも紗耶香さんにも、見えていないんですよ……」


「あらら? 本当だ……」


 めぐみは、冷静さを取り戻し、改めてバイクの女を見返した――


「坊や。サッサと降りな」


 恭一は、V-MAX の圧倒的なトルクに気を失っていたが、女の声に覚醒してバイクから飛び降りた――


「ん? 此処は? 神社??」


「坊や。この世の中を否定して好い気になるな」


「え?」


「お前は、社会を批判しているのではない。自分自身を批判しているのだ。否定しているのは世の中ではなく、自分自身なのだ」


「どうして、そんな事を……」


「常人なら既に死んでいる。だが、坊や。お前の魂は生きようとしている」


「魂が……」


「愛と憎しみは表裏一体。変えてみろ。この腐敗した世の中を」


「それが、生きると云う事……」


 女は、恭一に背を向けるっと、拝殿に向かって歩き出した――


「邪魔だ、どけ」


 立ち竦むピースケの顔面を左手で掴んで押すと、参道脇の竹藪まで飛んで行った。そして、拝殿に昇殿する為、ヘルメットを脱いだ――


「あっ!」


 めぐみは、思わず声を出した。そして、ヘルメットの中から溢れ出した長い黒髪に息を飲み、女の横顔に見入っていた――





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