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おみくじと約束。

 喜多美神社は今日も神聖な空気と静寂に包まれていた――


 夕暮れ時には何時もの様に、七海が焼き立てのパンを持って来て「今日、泊りに行くからねっ」と言って元気良く学校に向った――


 七海を見送り暫くすると、ひとりの男性が鳥居をくぐった――


「ちょっと、見て! あの時の、イケメン・エリートよ! 嫌な予感」


「揉め事は嫌ですよぉ」


 典子と紗耶香は授与所の片付けを急いだ――


「よーしっ! 掛かって来いや――――っ!」


 めぐみはと竹箒を握り締め、腰を落とし構えた――


「こんばんは」


「こんばんは。何か御用ですか?」


「先日は『お前』などと失礼な事を言ってすみませんでした。母と居ると何故か感情的になってしまって。反省しております」


 三人は拍子抜けすると共に、まるで別人の様に穏やかな態度に驚いた――


「これは、あの日に母が授かった恋愛成就の御守りです。私の方では処分が出来ませんので、お納め下さい」


 めぐみの眼光が鋭くなった――


「よかろう。だが、それは返事次第だ。お主は何故、恋愛を忌み嫌うのだ?」


「あははっ、忌み嫌ってなどいませんよ。条件の合う女性と巡り合わないだけです。それだけです」


「条件だと?」


「そうですね、あなたや、あなたや、あなたみたいな若くて綺麗なお嬢さんとは出逢いが無いのです」


 典子も紗耶香もテンション爆上げ、好感度マックスになっていた――


「やぁだぁー、もうっ、お上手なんだからっ! うふふふっ」


 めぐみの表情は更に険しくなった――


「ならば、何故、条件の合う女性と巡り合うまで持っていようと思わぬのだ?」


「はい。実はこの御守りを授かってから、生活のリズムが狂い始めて……仕事に支障を来たしております。交際している人も居なければ、結婚も考えておりませんので、どうぞ、お納め下さい」


 藤田が深々と頭を下げた――


「相分かった。最後にこのおみくじを引くが良い」


 藤田は言われるがままにおみくじを引いた。そして、やおら開こうとした時だった――


「開ける必要はない! 御守りの代わりと思って、持っているが良い。必ず助けになるであろう」


 藤田は参道を静かに歩いて帰って行った――



「聞きましたぁ? 若くて綺麗なお嬢さんだって! ナンパされたのかと思っちゃいましたよぉー、お世辞とか言うんですねぇ、嘘でも嬉しかったりなんかしてぇ。うふふっ」


「イケメン・エリートにあんな事を言われたら……下着買っちゃうよねぇー、勝負系のヤツ」


「やぁだぁ、典子さん、セクスィー! フゥ―ッ!」


「きちんと収まりますよ。収まる所にねっ」


「ん? 何が?」



 藤田は帰りの車中でソワソワしていた。内ポケットに有るおみくじが気になって仕方が無かったのだ。『開ける必要はない!』と言われれば開けたくなるのが人情だった――


 信号が赤になり停車すると懐から取り出して、開けようとするがジッと眺めては開けてはいけないと自分に言い聞かせていた。すると「ブゥワアァァーッ!!」とクラクションを鳴らされ、前を見ると信号が赤から青に変わっていた――


 それは、神のゴー・サインの様だった――



――約束の土曜日


 藤田は颯太との約束を果たすために朝から張り切っていた。


 一緒に遊んでっ! と言われても、子供と何をして遊んだら良いのかも分からず、自分の趣味のキャンプに連れて行く事で麻実と颯太の了解を得た――


 何時もひとりでキャンプをして、焚火の炎を眺めながらシングルモルトを飲んでいた。しかし、颯太が一緒だと思うと、食事にアクティビティにキャンプ場までのアクセスさえ気になって、不思議なほどワクワクしていた――


「おはようございます」


「おはようございます。今日と明日、颯太の事をよろしくお願いします。颯太、きちんと云う事を聞いて、勝手な真似はしないって、お母さんと約束して」


「うん、おじちゃんの云う事を聞いて良い子にするよ、約束しますっ!」


「あっははは、元気が有って良いなぁー、では、麻実さん。気を付けて行って参ります」


 麻実に見送られ、ふたりは山中湖へ向かった。

「颯太君、二時間位、車で移動だけど大丈夫かな? もし気持ちが悪くなったり、お腹が空いたりトイレに行きたくなったら直ぐに言ってね」


「うんっ!」


 途中コンビニに寄ったり、道の駅に寄り道したが無事キャンプ場に着いた。


 湖畔のキャンプ場は見晴らしが良く、大きな富士山が見えるというだけで颯太は大はしゃぎで駆け回っていた。


 藤田は大型のスプリング・バー・テントを張り終えると、ふたつのコットを組み立てながら思い出していた。この大型テントも家族でキャンプをしようと思って購入した物だが、厳格な父と母を誘っても拒絶され、自分の趣味を否定され理解を得られなかった事。殆どお蔵入りのテントがこうして張れた事に不思議な気分になった――


 颯太はテントに入ると大喜びで、寝転んでは右へ左へ転がっていた――


「颯太君、テントの方はもう準備が出来たから、遊びに行こうよ」


「うんっ! ねえ、おじちゃん何するの?」


「湖に出ようよ。カヌーに乗った事有るかい?」


「うぅん、無いょ、初めて。乗りたい! 乗りたい! でもぉ…怖い?」


「颯太君は泳げるみたいだけど、プールじゃ無いからね。ライフ・ジャケットを付けるから溺れたりしないよ。おじちゃんが付いているから大丈夫だよ」


 インフレータブルカヌーを借りて湖上の散歩をすると、颯太は経験した事の無い水上の景色と太陽をいっぱいに浴びて、言葉に出来ないストレスから解放され、子供らしさを取り戻していた。そんな颯太を見ていると藤田はとても開放的な気分になり充実感を感じていた――


「十一時三十分か、颯太君、そろそろ戻ろう」


「えぇっ、もっと、乗りたい! 戻りたくない」


「良い子にしないとダメって言われたでしょ? お母さんに言い付けちゃうぞー!」


「…………戻りたくないなぁ、あっち側まで行きたいのっ」


「あっち側は明日、水上バスに乗るから大丈夫! お昼ご飯を食べに戻ろうよ。おじちゃん、お腹ペコペコだよーっ! 死んじゃうかも」


「きゃはっ、うんっ! 分かった、戻る」


 カヌーの返却をしてテントサイトに戻り、お昼にした――


 昼食は麻実の作ってくれたサンドイッチと藤田が作ったミネストローネ・スープだった。颯太に食べさてあげながら「お母さんのサンドイッチ美味しいね」と言うと颯太も「うんっ、美味しい!」と言って頷いた――





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