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冒険とかくれんぼ。

 正面玄関に着くと警察官では無く、私服の刑事がふたり居る事に戸惑いを覚えた。軽い会釈と本人確認を済ませると本題に入った――


「警察の方が私に何の御用でしょうか?」


「佐藤颯太君をご存知ですね?」


「はい」


「実は昨日から行方不明で、ご家族の方から捜索願出ておりまして、家出と誘拐の両面から捜査をしておりますので、どうか御協力をお願いします」


「分かりました」


「颯太君とはどう云う御関係で」


「刑事さん、此処へ来たのですから、どう云う経緯で彼と知り合ったかは調べが付いてますよね?」


「流石、弁護士さんですね。話が早い。先日、彼の母親から此処へ連絡が有りましたね? 受付の方からは連絡先を聞いたそうですね?」


「はい『約束が有る、話がしたい』と言われましたが、約束をした覚えがありませんし、その後、連絡もしていません」


「……どうして連絡をしなかったのですか?」


「関わり合いになりたく無かったからです」


 刑事は顔色一つ変えず声のトーンも一定のまま、眼光が鋭くなっていた――


「関わり合いになりたく無い……それは何故ですか? いえ、あなたを疑っている訳ではありませんよ。参考までに教えて頂けますか?」


 刑事が疑っていないと言う時ほど、疑っている事を藤田は知っていた――


「…………シングル・マザーだからです。私は独身ですから母子家庭と関わり合いになれば世間はどう思いますか? 粘着質のストーカー、もしくは母親と関係を持って子どもの虐待・殺人まで? 刑事さんの方が余程、御詳しいのではありませんか?」


「いやいや、貴方の様な社会的地位の高い方がその様な事はしませんよ。あくまで型式的なものです。気分を悪くなさらないで下さい。ご協力感謝致します。もし何か気が付いた事が在りましたら署の方に御一報下さい」


 ふたりの刑事は去って行ったが、藤田は仕事が手に着かなくなっていた。そして、帰り際に所長に呼び出され、事の経緯の説明を求められた――


「本当に送って行っただけで、何も関係は有りません。」


「はははっ、いやいや、笑って済まないね。しかし、君がそんな風に親切に他人の御子さんを送って行っただなんて、信じられないねぇ。はははっ、人生、面白い事もあるものだ。はははっ」


「所長、笑わないで下さい。子供をきちんと育てられない親のせいで、良い迷惑ですよ。只、皆さんには私が余計な事をしたばかりにこんな事になって、お騒がせした上、御迷惑、御心配をお掛けして本当に申し訳ありませんでした」

 

 藤田は起立して深々と頭を下げた――


「良い迷惑か……まぁ、良いだろう」


 藤田が心とは裏腹な事を言っている事に所長は気付いていたが、言葉にはしなかった――



 藤田は颯太が心配で胸が苦しくなっていた。帰りの車中では颯太の笑顔が浮かんで、隣に座って居る様な錯覚を覚えた。そして、自然とあの日と同じ様に大型アウトドア・ショップに赴き、店員に颯太を見なかったか尋ね、店内を探した――


「馬鹿だな、もうこんな時間に居る分けが無いのに、何をやっているんだろう」


 諦めて車を走らせていると、あのゲームセンターが見えて来て「もしや?」と思って中に入るとフォー・ユーキャッチャーの前で颯太が遊んでいた――


「颯太君!」


「あっ、おじちゃん!」


「ひとりかい? 誰かと一緒なの?」


「ひとりだよ」


「ひとりで何をしていたの? お母さんが心配をしているよ。さぁ、お家に帰ろう」


「やだっ! お母さんなんて嫌いだもんっ! 本当におじちゃんと約束したの? って。でも約束したから来てくれたんでしょ?」


「ごめんね、颯太君、約束をした覚えが無いんだよ。お母さんは悪くないんだよ」


「だって、お願いしたでしょ?」


「お願い? 約束ってお願いの事かい? ごめんね、おじちゃんはすっかり約束は何時何処で何かをするって事だと思っていたよ」


「大きいぬいぐるみ獲ったら、ボクのお願いを聞いてくれるって言ったよ」


「ああ、分かった! 颯太君、お願いを聞くから、とにかくお家に帰ろう。お願いはそれからでも良いだろ?」


「うんっ!」


 ふたりがゲームセンターを出る時、前に立ちはだかるふたつの陰が有った――


「刑事さん……」


「藤田さん、保護して頂いて有り難うございます」


「尾行していたんですね」


「いやぁ、お見通しですなぁ。因果な商売でして……」


「身柄確保、子供に異常無し、非常線の解除要請」


 もうひとりの刑事が本部に連絡をしているのが微かに聞こえた――


 藤田の車は颯太の自宅まで二台の白バイと覆面パトカーに挟まれて、ゆっくりと走っていた――


 自宅に着くとパトカーに乗って嬉しそうに笑っている颯太と、今にも泣きだしそうな母親が対照的に映った。


 (ひざまず)いて抱きしめて泣く麻実とあっけらかんとした颯太。麻実は警察からの報告を受けて泣きながら藤田に詫びた――


「本当に何度も御迷惑をお掛けして……言葉が有りません……すみませんでした」


「いや、お母さん、どうか叱らないで下さい、悪いのは私です。連絡を頂いたのに折り返さず、颯太君のお願いと約束を混同して、すっかり忘れてしまっていた私に責任が有ります。申し訳ありませんでした」


「僕、悪くないよっ!」


「颯太!」


「まぁまぁ、無事に戻って何よりです。佐藤さん、藤田さん、今回は大事に至ら無く良かったですね。颯太君、冒険は楽しかったかい? 男の子だから無理もないが、お母さんに心配をかける様じゃぁ、駄目だ! 次からはきちんとお母さんに断ってから出かけるんだぞ。良いね、分ったかい? 約束だぞ」


「うんっ、分った。男と男の約束だよっ!」


「あはははっ、良い子だ、それでは私達はこれで引き上げますので、ではっ」



 刑事達が去った後、藤田も帰ろうと思ったが、麻実がどうしてもと、引き留めるので、家に上がり少しだけ話をする事にした――



 ふたりが自己紹介をして世間話をしているとまるでお見合いの様になった――


 世間話もそこそこに、警察の質問に「覚えてない」「分かんない」で通した颯太が何処で何をして過ごしたのかを尋ねた――


「かくれんぼ」


 ふたりは驚いた。だがもっと驚いたのはバスにも無賃乗車だったと云う事だった――


「誰かが替わりに払ってくれたの? 運転手さんが見逃してくれたのかしら?」


「いや、きっと大人の陰に隠れていたのでしょう。良く見つからなかったね、颯太君はかくれんぼの天才だな」


「うん!」


「あっはっはっはっは―――――――っ!」


 三人で笑うと、もう家族も同然だった――



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