あんた、あの子の何なのさ。
ショーティに確認をして、画面をタッチすると、景色は一気に流れて、佐藤大輝のアパート前に到着した――
「はい、着いたっ!」
「何の変哲もない場所だね。東京と言っても、空気が綺麗だね」
「うーん、そして、何処にでも有る、有り触れたアパートだねぇ……」
「いや、このアパートは二階が有るメゾネット・タイプだよ」
「あぁ。本当だ」
「うーむ。きっと、夫婦二人、子供一人で入居したんだと思うよ。そして、何らかの理由で、妻が出て行ってしまい、現在は、父と子の二人暮らしと云う事だよ」
「ショーティ、深読みするねぇ。そんな事まで、考えもしないよ……」
「めぐみちゃん、隠れてっ!」
ショーティが、袖口を咥えて引っ張るので、身を任せた――
‶ ブォオオオオ――――――――――――ンッ、キキィ! ″
「ショーティ、あれは?」
「まだ、分からないけど、恐らく関係者だよ」
「関係者?!」
隣家の壁際から、アパートの駐車場を注視すると、ファミリー・サポート・クラブと書いて有るドアが開いて、降りて来たのは中年の女性だった――
「あれは?」
「おそらく、託児所の車だよ。ミクちゃんを一時預かりに来たんだと思うよ」
ショーティの指摘通り、女性は佐藤の部屋のインターホンを押した――
‶ ピンポーン! ピンポーン! ″
「佐藤様、お早う御座います。ミクちゃんを、お迎えに参りました」
‶ ガチャッ! ″
「お早う御座います。無理を言って、スンマセン」
「いえ、大丈夫ですよ」
「何せ、稼ぎが少ないもんで、長距離の仕事が有ったら、どうしても外せないんっすよねぇ」
「子育ては大変ですからねぇ。何時でも、頼って頂いて大丈夫ですから。はい」
大樹とベビーシッターが話していると、奥からミクが走って来た――
「こらっ! 走っちゃダメでしょう。転んだら、痛い痛いだよ」
「お早う、ございまつ!」
「はぁ——い、ミクちゃん、お早う。お迎えに来たよぉ。髪のリボンが似合っているわねぇ。可愛い」
「おとうたんが、付けてくれたのっ!」
「そうなの。良かったねぇ」
「あの、一応、内容は連絡した通りなんですけどぉ、一泊二日で、広島、北九州だからぁ……まぁ、予定通りの時間に、戻れるとは思いますけど……ミクの事、宜しく頼んます」
「はい。もし、予定が変わりましたら、担当の川村まで連絡を下さい。きちんと対応しますから」
「有難う御座います。助かります……じゃあ、ミク。父ちゃん行って来るからな。良い子にして待ってろよ。お土産、いっぱい買って来るからさぁ」
「うんっ!」
大樹は、ミクのお泊りセットや、ぬいぐるみを持たせると、託児所の車を手を振って見送った――
「意外と、子煩悩なのかねぇ……」
「愛情のある父親だね」
大樹は部屋に戻ると、直ぐに作業着を着て出て来た。そして、駐車場のオンボロの軽自動車に乗り込むと、職場へと向かった――
「ショーティ、行っちゃったよ」
「うーむ……」
「何か分かった?」
「あの軽自動車は、スズキの二代目アルト・ワークス」
「気の毒なくらい、貧乏なんだね」
「伝説の軽自動車なんだよ」
「え? ボロボロでクリア剥がれていたし、マフラーが破けているみたいな音だったよ?」
「恐らく、元、走り屋だよ。離婚する前は、マツダのFC、もしくはFDを乗って居たに違いないよ」
「えぇ? どうして、そんな事が分かるの?」
「助手席に掛けてあったジャケットには、ロータリーのオムスビ・マークが有ったでしょう。あれは、マツダ・スピードが、お役様にだけ販売した特別製だよ」
「はぁ?」
「それに、あの軽の足は、かなり弄って有ったと思う。ほら、駐車場から側道に出る時のクイックなターンを見たでしょう? あれは、素人じゃ無いよ。走り屋の証明なんだ」
「そうなん? ショーティは、何でも知っているねぇ……で?」
「もしかしたら、表札にパートナーの名前が有るかもしれないから、確認しようっ!」
「おうっ! って、ちょっと待って。何で、確認するのよ?」
「だって……別れたパートナーだよ?」
「ダメダメ、何処まで深堀りすんのよっ! 興味本位で、時間移動はダメよっ! 終いにゃ、二人の馴れ初めまで行きそうで怖いわ」
「…………」
「図星かよっ! ショーティ、あのリュックに目覚まし時計を入れたのは、ミクちゃんだと確認が出来たのだから、帰るよ」
「え? めぐみちゃん、確認出来たの?」
「しましたよぉっ! 目覚まし時計を持って、両手が塞がって走って来たから『転んだら痛い痛いだよ』って言ったの。託児所の人と話し込んでいる間に、玄関前に置いてあったリュックに入れたのよ。肝心な事を見落とすなんて、名探偵失格よ」
「クゥ―――ンッ」
「こんな時だけ、犬に戻るなんて、ズルいわねぇ。でも、可愛いから許す」
「ワンワンッ!」
めぐみが、ショーティをなでなでしていると、背後に人の気配を感じた――
「ちょっと、人の家の敷地で、何やってんだよ」
「あぁ、すみません、犬の散歩中でして……」
「あぁ? 嘘を吐くんじゃねぇよ。そこで、隠れて見てただろ?」
「あら、見てたのねぇ……」
「あんた、あの子の何なのさ?」
「港のヨーコ、ヨコハマ、ハコスカです」
「あぁ?? ハコスカ乗ってんの? もしかして、ハマのハコスカ乗りのレディースと云えば……大樹の」
「え? あぁ。まぁ……」
めぐみは、意味も分からず、頷いた。そして、話を合わせて、やり過ごすつもりだった――
「そうか……やっぱ、大樹の事が心配だったんだね。親友として……彼奴の事、気に掛けてくれた事に感謝するよ」
「え? あぁ、まぁ……」
「エリーが突然、ぶっちぎって、出て行ってしまっただろ? 俺も親の経営するアパートを紹介した手前、ミクちゃんの事が心配でさぁ、育児放棄や、事件にでもなりゃぁしないかと……流石の俺も、柄にも無く焦っちまって」
「あぁ、大変よねぇ……」
「だけどさぁ、子供ってさぁ、凄ぇよ。マジで。ハンパ無いよ。彼奴、すっかり、人間が変わっちまってさぁ……手塩に掛けたFDを売り払って、ミクちゃんのために、運ちゃんやってさぁ」
「あぁ、ねぇ……」
「今日は、長距離だよ。金になる仕事が入った時は、ああやって、託児所に預けるんだ」
「そうなんだ……」
「折角、長距離を走って稼いだってよ、託児所だって無料じゃねぇから、キツイと思うよ」
めぐみとショーティは、ミクちゃんが救世主だと確信していた――
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