あの日、あの時、あの場所で。
—— 三月十日 友引 丁卯
喜多美神社は、神聖な空気と静寂に包まれていた――
‶ ピピッ、ピピッ、ピピッ、ピピッ、ピピッ、ピピッ、ピピッ、ピピッ! ″
「おや? スマート・ウォッチが鳴っているよ?」
小さなモニターを見ると、ショーティのストレスがMAXになっていた――
「あぁっ! いけない、昨日は散歩をするのを忘れていたよ……」
‶ めぐみちゃん、早く此処から出してよっ! ″
「出してと言われてもなぁ……今は、仕事中だし……ドッグ・ランじゃ駄目なの?」
‶ ダメだよ、Real・modeの設定なんだからっ! ″
「あぁ、そうなのね? mode変更しておけば良かったのかぁ……仕方が無い、ショーティ、静かにしてね。えいっ!」
‶ ぼわわわぁ――――――――――んっ! ″
「ワンワンッ!」
「しっ! お静かに」
「グルルルぅ」
「良い子良い子、なでなで」
「ペロペロッ!」
「きゃはっ!」
「めぐみちゃん、そろそろ、出掛けた方が良いんじゃないの?」
「出掛けるって、何処へ??」
「あの日だよ」
「あの日って……?」
「めぐみちゃんが、地上に来たあの日だよ」
「あぁ……でもさぁ、あの日に戻った所で、どーも、なんないでしょう?」
「いやぁ、あの日の出来事を検証する必要があると思うよ」
「検証して新事実が出て来たとしても、もう、今更じゃないの?」
「そうかもしれないけど、行ってみる価値は有ると思うんだけどなぁ……」
「まぁ、ショーティったら、そんな、含みを持たせた言い方をするなんて……」
「どう云う事か分かるだけでも、良いと思うんだ。行ってみるだけだよ」
「行ってみるだけ? 本当にぃ?」
「ワンワンッ!」
「しょうがないなぁ……」
めぐみは、スマート・ウォッチの画面をTime・tripに切り替えた。そして、デイトを去年の四月十八日、ベゼルを午前八時四〇分に合わせ、GPSを第二東名高速道路、下り線の浜松SA付近に設定した――
「これで、良いのかなぁ? えっと、『クルクルバビンチョ、パペッピポ、ヒヤヒヤドキッチョ……』何だっけ?」
「めぐみちゃん、呪文は要らないよ。後は、STARTボタンを押すだけ」
「そうなの? じゃあ、ポチっとな」
‶ ドゥルルルルルルルルゥ――――――――――――――――――ンッ! ″
「はい、着いたっ! 一瞬だねぇ。えっと、事故が起きたのは、午前八時五〇分頃だから、少し時間は有るけど」
「この事故は、予測不能だったんだよね」
「うん、そう云う事みたい」
「事故の状況は?」
「高齢者の逆走による事故なのよ。データを出すか……えっと、車を運転していたのは静岡県浜松市、浜北区に住む無職の吉田喜三郎・八十六歳で、正面衝突をされたオートバイの男性は東京都世田谷区在住の会社経営者、津村武史・三十二歳と」
「めぐみちゃん、高齢者の逆走は、仕方が無かったのかなぁ……」
「さぁ? 本当はね、トラックが事故を起こすはずだったの。大型トラックの運転手が居眠り運転をして、中央分離帯に接触し、急ハンドルを切って、路側帯へ前輪が乗り上げて横転して進路を塞いでしまい、そこへ、観光バスと後続車が、次々と追突して、死傷者三十七名の大事故が起きる予定だったの」
「うわぁ……大事故だね?」
「そう。そのバスには。冥府に行くはずだった人間達が多く含まれていたらしいけどね」
「そのトラックを特定する事が、最優先だね」
高速道路は朝の渋滞と重なって、交通量が多かった。そして、その中からトラックを特定する事は困難だった――
「ショーティ、無理じゃね? 交通量もハンパ無いけど、車間距離短め、速度高めだよ。無理ゲーだよ」
「そんな事無いよ、諦めないで。事故の発生する時間の少し前になったら、時間の速度をSLOWにしてね」
「おぁ? そんな事、出来るんだ?」
めぐみは、スマート・ウォッチの時間表示の下に、早送りと巻き戻しのマークを発見し、その横にSLOWとHIGHのボタンが有る事を確認した――
「コレね。じゃぁ、五分前だから、時間のスピードを、十分の一位にしよっかな」
めぐみが、ボタンに軽くタッチすると、時間がゆっくりと流れ始めた。そして、ショーティの差し出すビノキュラーを手にすると、トラックを探し始めた――
「ふーむ。ドライバーの顔が分かる程度には遅くなったけど、どのトラックなのか、分からないよ……」
何十台も見送ったが、それらしいトラックは、とうとう見当たらなかった――
「めぐみちゃん。確かに、トラックなんて、数え切れないほど走っているし、この中から特定するのは、無理かもね……」
「そうよねぇ。起きなかった事故の犯人捜しは、無理かもね……」
「めぐみちゃん。もう、戻ろうよ」
「そうね……」
アッサリと諦めて帰ろうとした、その瞬間だった――
「おや?」
「どうしたの?」
「あのトラックの運転手、目は虚ろ、口は半開きで寝落ちしそう……」
「居眠り運転だよっ!」
「あぁっ! 良く見ると、蛇行しているよっ!」
トラックは、時折、修正舵を加えながら、めぐみとショーティの眼前に迫って来た――
「危ないっ! ショーティ、逃げてっ!」
めぐみは、ショーティの胴体を抱えて、ラグビーボールの様に路肩の端に投げると、けたたましい音がした――
「何、この音?」
‶ ジリリリリリリ――――――ンッ、ジリリリリリリ――――――ンッ、ジリリリリリリ――――――ンッ !
その音は、トラックの中から聞こえる目覚まし時計の音だった――
‶ キュウ―――――――――ッ、キキイ―――――ッ、グォ――――ンッ、ゴゴゴォ―――――――――ッ! ″
運転手は、ビックリして眼を見開き、華麗なハンドル捌きで車線に戻り、事なきを得た――
「ふぅ。助かったぁ……あれ? ショーティ、大丈夫?」
ショーティは、めぐみに投げ飛ばされて、気絶していた――
「めぐみちゃんが、あんなに激しく投げ飛ばすから……痛いよう」
「ゴメンゴメン。轢かれると思ったから、つい、力が入っちゃったの」
「それで? 分かったの?」
「うん。間違い無いよっ! あのトラック以外に、蛇行運転してるトラックなんて居ないからね」
めぐみは、トラックが(株)三多摩運輸で、八王子ナンバーである事を、ショーティに伝えた――
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