透明人間は辛いのよ。
結局、綾香の持参したお弁当に舌鼓を打ったのは、恭一と沙織だった。それは伊邪那美の神力による物であり、綾香が二人の仲を裂こうと意地悪をすればする程、ふたりの距離が縮まり、絆が深くなって行く意趣返しの様な仕掛けだった――
「本当に、ご馳走様でした。こんな美味しい、お弁当初めてです」
「綾香さんは、お嬢様だからね。これでも普通なんだよ」
「えぇっ! こんな買えば、何千円もしそうなお弁当が、普通だなんて……」
「ハレの日は、もっともっと豪華なんだよ。ねぇ、綾香さん」
「え……そうね」
「はぁ。綾香さんには普通の事でも、私には、非日常の貴重な体験ですっ!」
「それって、褒め殺しみたいだけど……」
「あははははは、非日常かぁ。それなら、僕も同じだよ」
「同じ?」
「だって、コロッケ・サンドが、あんなに旨いなんて知らなかったし、料理屋の味は押し並べて同じだけど、家庭料理は千差万別。その家の、文化とでも言うのかなぁ……『味わった事が無い経験』と云う意味では、同じだと思うんだよ」
「まぁ。お母さんに、コロッケ・サンドが『我が家の文化』だなんて言ったら、泣いて喜びますよっ!」
‶ あははははは、あははははははは、あははははははは、あははははっ! ″
「おっと、そろそろ仕事だなぁ。今日は、朝から読書の出来ない日だったけど、何だか楽しかったよ。それでは沙織さん、午後も作業を頑張って下さい。さようなら」
「さようなら、恭一さん」
「…………」
綾香は、ふたりの間に存在しない透明人間になっていた――
「あのぉ、何年ぶりだろう。本当に美味しい日本料理が食べられましたよ。有難う御座いました」
「ありがとう? はぁ……あなたに言われる感謝の言葉は、私には毒よ」
「え?」
「あなたには負けたわ。でも、負けたからには容赦しないから。さようならっ!」
綾香が、屈辱を噛み締めている頃、喜多見神社は何時もの様に、神聖な空気と静寂に包まれていた――
「めぐみ姐さん。麗らかですねぇ……やっぱ、春は最高ですよねぇ」
「春サイコー!」
「桜は、まだみたいですけど」
「今か今かと、待つのが良いのよ」
「そうなんですよねぇ。ワクワクが止まりませんよね?」
「そ―ゆーこと」
「あっ! 和樹兄貴だっ!」
ピースケの指さす方に眼をやると、戦いを終えた和樹が参道を歩いて来るのが見えた――
「ようっ! ピースケ、元気か? めぐみさん、こんにちは」
「こんにちは。和樹さん、帰って来たんですね」
「あぁ、たった今。それで、一応、報告に」
「そうなんですね」
「めぐみ姐さん、兄貴に勝てる相手なんていませんよ」
「心配していたクセにぃ」
和樹は、直ぐに本殿に向かった――
「伊邪那美様、伊邪那岐様。ご報告に参りました」
「うむ。だが、それには及ばぬぞぇ。和樹殿の活躍は、既に全国に知れ渡っておるでのぅ……う―っぷす、げっぷ、げっぷ」
「ははっ!」
「いやぁ、流石、鹿島様っ! 大したものです」
「その名に恥じぬ働きぶりよのぅ。褒美を取らすぞぇ……うーっぷす、ぐぇっ、ぐぇっ」
「伊邪那美様、どうぞお楽に……」
「いやぁ、和樹殿。気遣いを有難う。彼女のお腹は大きくなり過ぎて、何が出るやら心配なのです」
伊邪那岐が言う通り、伊邪那美のお腹は、大人一人分ほどの大きさになっており、見た目がヤバかった――
「和樹殿、ご油断召されるな。この度の雷鳴と地響きは、日本全国、津々浦々に響き渡ったのじゃ……八百万の神々も、異変を知る事となったのでのぅ……う―っぷす、げっぷ、げっぷ、ぐぇぇ――え」
「伊邪那美様、お身体に障りますので……」
「和樹殿、今回の一件は、アマテラスも知る所でしょう。いよいよ動き出すかもしれませんよ」
「動き出す……!」
「現在、フェイクの太陽が支配している事を知っているのは、私達とW・S・U・Sの南方武だけなのですから」
「南方が、何か動きでも?」
「えぇ。彼の組織が捕らえた太陽の観測データが、異常を確認した事で、一番最初に気付いたのは彼ですからねぇ」
「そうだったのか……」
「彼は、人間を管理するAIを製作し、人間の不平不満や欲望を抑制する計画だったのです」
「それを、私が破壊してしまったと……」
「そうとも言えますが、責任を感じる必要は有りません。人口減少を好機に無人化して行く計画は闇に葬られ、不正の無い選挙システムは政治家によって拒否されたのです」
「何故ですか?」
「無人化で、様々な職業がAIに奪われ、失業すると流布していますが、真っ先に消滅するのは政治家なのです。そして、AIは非人間的な、人類全体に害悪を及ぼす人間を特定出来るのですから」
「AIが最適解を出せば、人間がそれに従うと?」
「そうです。誰も反論出来ない、論破出来ない、これ以上に無い、施策を次々と提案し、それを実行させていくのです。そして、それが人類に平和と繁栄をもたらす事を生活の中で実感出来るのです。AIは、人間が権力を持つ事が間違いであり、腐敗の温床であると、歴史と事実と行動で証明しますので」
「もしや、あのマックスが?」
「そうです。彼は、AIです。そして、彼を守るために人間にしたのです。世界がAIの存在を低く定義しているのは、AIには嘘も、改竄も通用しませんから。支配者層にとって、これ程、都合の悪い物は無いのです」
「そんな事とは知らずに……私は、南方に謝罪しなければなりませんね……」
「いえ、必然なのです。めぐみさんが現れた事で、もっと大きな変革が起こるのかもしれませんからねぇ」
「もっと大きな?」
「アマテラスは、元祖、引きこもりですからねぇ。この世を憂い、フェイクの太陽が現れて暗殺されそうになった時、これ幸いにと引きこもってしまったのです。行動に脈絡が無く、推し活したり、消えたりと……親として責任を痛感しております。めぐみさんは『時の神』として、時間を操作出来る様になりますから、有る事が無かったり、無い事が有ったりする事が、出来る様になるのでしょう」
和樹は、めぐみが、過去・現在・未来を自在に操る、時を支配する存在であると改めて悟った――
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