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美味しい三角関係。

 蝶よ花よと育てられ、話題の中心は何時も自分。自分が世界を回していると確信していた綾香は、自分の存在感が全くない現実を、生まれて初めて経験した――


「何よコレ……この私を、何だと思っているのよっ!」


 思うが先に駆け出す綾香。階段を上って行く、恭一の背中を追い掛けるその瞳は、悔し涙で濡れていた――


「待って!」


 恭一は、綾香の声を意に介さず、スタスタと先へ行って仕舞うので、とうとう社長室まで来てしまった――


「待って、と言っているのに……」


「え? 綾香さん、まだ居たの? 何か御用?」


「何って……ふたりで私を無視して、何よっ!」


「無視なんかしていないじゃないか? 彼女は、君に謝罪したし、僕は、何か御用ですかと聞いているだろう?」


「あの女に、気が有るのは分っているわ。でも、恭一さん、あなたに近づいて来る女なんて、財産目当てに決まっているじゃない」


「は――ぁ。つまり、僕には、何一つ魅力が無く、財産だけが目的だと? それなら君も一緒だろ? それに、相手が何に魅力を感じていようが、それで良いじゃないか? 他人がジャッジする事じゃ無い」


「そんな……」


「邪推は止めなよ。財産目当てだなんてさ。彼女は、僕が社長だと知らないんだよ?」


「そんなの、嘘よ」


「嘘じゃないさ。それなら聞くけど、大企業の社長が立派な社員食堂が有るのに、あんな所でランチすると思うかい? 思わないだろ? 彼女は、僕の事を……変わり者の契約社員くらいに思っているんじゃないかなぁ……あははは」


 綾香は、嬉しそうに笑う恭一に、沙織に惚れている事だけは、間違いのない真実だと確信した。そして、どうすれば、ふたりの関係を引き裂くことが出来るか、悪巧みをし始めていた――


「恭一さん。私、帰ります」


「あぁ。それなら玄関まで、送るよ」


「いいえ、結構です。恭一さん…」


「何か?」


「あなたの笑顔は、素敵だわ……」


「えっ……?」


「さようなら」


 恭一は、女の感が嫉妬に代わり、そして、敵意に変わった事を悟った――

 

「絶対に許さないわっ! あんな女に、あんな女に負ける分けには行かないわっ!」


 綾香は、帰宅をすると、家政婦に、お弁当を用意するように命令した――


「ふたり分のお弁当を用意して下さい」


「お弁当をふたり分ですね。畏まりました。お花見には、まだ早い様に思いますが……どの様な?」


「恭一さんと食べますから、普通のお弁当で良いです。ふたり分ですよ。ふたり分ですからね」


「は、はい」


 綾香は、お弁当をふたつ持って、日本光学に向かっていた――


「これで、あの女に、分からせてやるわっ! フッフッフッフッフ」


 その頃、ガーデンでは、恭一と沙織が、お弁当を開いていた。恭一はサンドイッチで、沙織は茶色いおかずのおべんとうだった――


「あの、先程は、有難う御座いましたぁ」


「いやぁ、気にしないで……」


 恭一は、沙織に微笑みを返しながらも、胸の鼓動が高まるのを感じていた。それは、今まで感じた事無い感覚で、思わず手に持ったサンドイッチを落としてしまった――



 〝 ぽろんっ! ″



「あぁっ!」


「あっ!」


「あ――ぁ、やっちゃたなぁ……」


「あぁ、もったいない……」


 二人が顔を見合わせると、自然に笑顔の花が咲いた――



 〝 あははははははは、あははははは ″



「あの、良かったらコレ。食べませんか?」


「え、いやぁ、でも……」


「今朝は、何時もより早かったので、朝食も持参したんです。でも、結局、食べる暇が無かったので。良かったらどうぞ」


 沙織の差し出した朝食は、ラップで包んだコロッケ・サンドだった――


「あぁ、それなら、遠慮なく頂くよ」


「はい、どうぞどうぞ。母さんの手作りなんで、ソースは掛かっていませんけど、味が濃いのでOKなんです」


「ほう」


「ソースは健康によく無いって言いながら、塩分高めっていう、謎のコロッケなんですよ」


「あははは」


「それに、ポテサラときゅうりでしょう? もう、粉とジャガイモばかりなんですけどぉ」


 恭一は、人の握ったおにぎりが食べられないタイプだったが、不思議と沙織のコロッケ・サンドを口に運んだ――


「あぁっ! 旨いよっ!」


「でしょう?」


「なんでだろ? コッペパンのパサパサが、ジャガイモの水分で、美味しく感じるよ」


「私、弟が居るんですけどぉ、弟も同じ事を言いますよ。育ち盛りだから食べてばかりいるんですけど、うちは貧乏だから、母さんも、かさ増しのテクが凄くて。その中で、一番評判が良いのがコロッケ・サンドなんですよ」


「あぁ、美味しい」


「良かったら、この肉じゃがもどうぞ」


「本当に、ジャガイモばかりなんだね……」


 沙織が、お弁当の蓋に肉じゃがを取り分け、箸で摘まんで恭一の口元へ運ぶと、何の抵抗も無くアーンしていた――



 〝 ぱくっ、もぐもぐもぐもぐ ″



「う――ん、う――ん、うん、うんっ! 美味しいなぁ……君のお母さん、料理が上手なんだね」


「伝えておきます。きっと喜びます。でも、安い、安い、おかず限定ですけどね」



 〝 あはははははは。あははははははは ″


 

 

 ふたりは、伊邪那美の神力により、自然に溶け合っていた。そして、綾香が現れた――



「楽しそうで良いわね?」


「え? 綾香さん? どうして君が?」


「どうしてって、私は『フィアンセ』ですからっ!」


 綾香は、殊更、大きな声でフィアンセを強調し、沙織をキリっと睨むと、ふたりの間に割り込んだ――


「恭一さん。サンドイッチなんかじゃ足りないでしょう? お弁当を用意して来ましたので」


 美しい模様の 正絹ちりめん友禅の風呂敷を解くと、漆塗りの三段のお重を広げた――


「うわぁ、綺麗っ! 豪華絢爛ですねぇ……」


「フッフッフ。貴女の分は有りませんけどね」


「はんっ、綾香さん、僕の昼食は軽めなんだよ。手軽に、簡単に済ませたいんだ。読書の時間が無くなるからね。もう、充分だから下げてくれないか」


「そんな……」


「あの、せっかく、こんな豪華なお弁当なんですから、箸ぐらい付けたら如何ですか?」


「そう? それなら、ひとりじゃ食べきれないから、沙織さんもどうぞ」


「そうですか? 有難う御座います」


「ちょっと……あなた、図々しいわねぇ」


「美味しいっ! 料亭の味! 本物のお料理とは、この事ですよ。薄味で、煮含めた淡い味わい……最高ですよ」


 感動で目を丸くする沙織と、呆れる綾香。恭一は、今頃になって、アーンした箸で沙織が食べている事に気が付いて「間接キス」に顔が赤くなっていた――







お読み頂き有難う御座います。


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