忍び寄る魔の手。
—— 三月八日 赤口 乙丑
喜多美神社は神聖な空気と静寂に包まれていた――
「紗耶香さんは、補充をお願いします」
「はぁい、了解ですぅ」
「ピースケさんは、陳列をお願いします」
「はいっ!」
「めぐみさんは、本殿の清掃をお願いしますね」
「はい」
めぐみは、典子の指示に従い、拝殿に昇殿して本殿に向かった――
「やぁ、お嬢さん。おはよう」
「伊邪那岐様、お早う御座います……」
めぐみは、一瞬息を飲んだ。すっかりキャラ変していた伊邪那岐が、突然、元に戻っていたからだった。そして、上半身を露わにし、汗を飛び散らせる程、木剣を振っていた――
‶ ブンッ! ビュンッ! シュンッ! ブォンッ! シュ——ンッ! ″
「あのぉ、伊邪那岐様、どうかしたんですか?」
「おやおや。何も変わりは有りませんよ? 女性を守るのは男の役目です。伊邪那美に何か有ってからでは、遅いですからねぇ」
「何かって……?」
「いえ、今、竹見和樹が素戔嗚尊の応援に行っていますからねぇ。留守中の万が一に備えているのです」
「はぁ……」
「こう見えて、私にも力が有るんですよ」
「はい。それは分かっていますけど……だけど、アマテラスは人騒がせですよねぇ。一体、何をやっているのでしょうか?」
「ふむ。彼女は、地上の問題を一身に受けてしまい、鬱になって、引き籠っているのです」
「まぁ、鬱になるのは分からないでも無いですけど引き籠りと言っても、推し活の現場で、派手な恰好をしているのを見かけましたよ?」
「そうなんです。彼女は、自分がプロデュースしたBANDの推し活に夢中なのです。本当に、困ったモノですねぇ。唯一の救いは、そこでは、誰も彼女に手を出せない事なのです」
「まぁ、会場のオーディエンスは全員仲間ですからねぇ。下手な真似をしたら大変な事になりますよ」
「しかし、その仲間の陰に隠れて、会場から消えてしまうので、居場所が全く分からないのです」
「はぁ……」
「彼女が行方不明だと知っているのは私達だけです。八百万の神々は何も知らされていないのです」
「天国主大神様の、極秘ミッションなんですね?」
「その通り。素戔嗚尊が、上手くやってくれると良いのですがねぇ……」
その頃、スーさん御一行は、道の駅・伊勢志摩に立ち寄っていた――
「おい、ミコト。腹減ったよな?」
「そうねぇ。あんた、ちょいと早いけど、お昼にしようか?」
「おいおい、お前さん達。今さっき、朝飯食ったばかりじゃねぇかよ?」
「スーさん。『レストラン道』には、7種類の新鮮な刺身が乗った『海鮮彩り丼』が有るんだぜ? 折角だから、食って行こうよ」
「うちの人は、旅慣れているんだよ。さぁ、皆で食べようじゃないか」
「まったく、お前さん達はイチャイチャし過ぎだよ。当てられっ放しだぜ」
たらふく食べると、次は「三重美食」へ案内をした――
「此処の『真珠の塩ソフトクリーム』は濃厚なソフトクリームに塩味がアクセントなんだ。旨いぜっ!」
「やっぱり、道の駅と云えば、ソフトクリームは欠かせないねぇ」
「別腹だと言いてぇんだろ? 分かったよ、付き合うよ」
青い海を眺めながら、青い空を流れる白い雲と、ソフトクリームのコラボレーションは最高だった――
「ふぅ。食った食った」
「あたしゃ、大満足だよ」
「さてと、行くか?」
「おい、猿田彦。お前さん、これから何処に行く気なんだよ?」
「さぁ。まぁ、とりあえず……那智方面に行こうと思ってんだよね」
「あら、お前さん。夕飯は、これまた美味しい物が食べられそうだねぇ」
「おうともよ。任せておけって」
「おいおい、食べ歩きをやっているんじゃないんだぜ?」
「スーさん。まぁ、付き合いなよ。何となく……那智が臭うんだよねぇ」
「臭うって……そりゃぁ、美味しい匂いだろ?」
猿田彦の車に乗り込み、南下する御一行——
「この一件が片付いたら、俺、自動車ブログでも始めようかと思っているんだ」
「良いじゃないか。そりゃぁ、名案だよ。あんたは知らない道は無いし、何処に何が有るのか全部知っているんだからさぁ」
「そうなんだよな? やっぱ、名案だろ? 日本全国、旅から旅のブロガーよ。まぁ、ユーチューバーっての? 日本一の再生回数になると思うんだよなぁ……」
「お前さんなら、世界一も夢じゃ無いよっ!」
「参ったなぁ、照れるなぁ。おい」
スーさんは、夫婦和合も行き過ぎると危険だと思った。そして、もう一つ危険が有る事を察知した――
「なぁ、猿田彦。随分、日が暮れるのが早くねぇかい?」
「そうかな?」
「海岸沿いを、走っているって云うのに、暗くなって来やがったぜ」
「そう云えば、こんな所に松並木が有ったけ? 道に迷ったかな?」
「おいおい、言っている傍から迷子かい? とんだユーチューバーだなぁ……」
しかし、スーさんは、車窓から眺める松並木に目を凝らすと、どうやら松に見せかけている影の軍団だと気付いた――
「こりゃぁ、マズイ、松に化けた影の軍団に、取り囲まれているぜっ!」
「あんた、確りハンドルを握っておくれっ!」
「ハンドルが、云う事を聞かないんだよっ!」
‶ ザザザザザザザ、ゴォオォ―――――――――――――ォッ! ザザザザザザザ、バサバサバサバサバサバサァ――――――――――ッ! ″
慌てる間もなく、急ブレーキを踏んで静止する、猿田彦御一行——
「猿田彦、ミコト、そして、遊び人のスーさんとか言ったなぁ……随分と仲間をコケにしてくれたもんだぁ」
「けっ! 苔にもならない塵じゃねぇか」
「何をっ! 今日まで泳がせてやった事を感謝しろいっ! ここ迄だっ!」
松並木はギッシリと寄り合い、太陽を遮り真っ暗になると、今度は地中から根が生えて来て、車に乗った三人を食べ尽くす勢いで絡みついた――
〝 ギシギシギシギシ、ベコンッ、バコンッ! ギシギシギシ、バコンッ! ″
「こりゃぁ、マズイ、逃げられ無いぜっ!」
〝 ギシギシギシギシ、ベコンッ、バコンッ! ガッシャァ―――――ンッ! ″
フロントガラスも、ウインドウも、全てが砕けると、根は一気に車内に入り込んで来た――
「あんた、助けて……苦しい……」
「ミコト……身動きが取れない……」
「コレじゃぁ、何も出来ない、とうとう、おいら達も、一巻の終わりだぜ……」
真っ暗な車内は、ジメジメした土の臭いが充満し、絡み付く根に全身を締め上げられて、息も出来なくなっていた――
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