さよなら三角、また来て四角。
綾香は、恭一の言葉に嫉妬の炎を燃やしていた――
「君には、分かるまい……つまり、僕と彼女は分っていると云う事。フィアンセの私を差し置いて、あの女は何者なのっ! 絶対に許せないっ!」
綾香は、社屋の案内をしていた恭一の秘書に噛み付いた――
「あの女は、何者なのですか?」
「はぁ?」
「ラウンジから出て来た女です」
「あぁ、高橋ビル・メンテンスの社員で、滝沢沙織と申します」
「そうですか。どうして、ビル・メンテンスの社員なんかに?」
「いやぁ。お嬢様には分らない事かもしれませんが、世の中は不況なものですからねぇ。仕事を選り好みしていられない、何か事情が有るのでしょう」
綾香は「あなたには分からない」前提で話をされる事に、苛立ちを隠せなかった――
「何か事情が無ければ、あんな仕事はしませんよねっ!」
「そ、そうですね。私共も、定年退職した高齢者が来ると思っていたものですから、まさか、ピッチピチの若い女性が来るなんて、誰一人として考えても居ませんでしたからねぇ。そりゃぁ、もう大騒ぎですよ」
「礼儀がなっていないわ。ロクでも無い女ね。」
「いえいえ。やはり、女性は、細かい事に良く気が付きます。テキパキと仕事を熟して、清潔を保っているので感心しております。若者のパワーは素晴らしいと再認識をしております」
「高齢者よりは、少しはマシって事ね」
「作業着が良く似合って、髪を纏めて帽子を被ると、更に可愛いと。もう、若手の社員から大絶賛なのです。一夜にして、我が社のアイドル的存在になりつつ有ります。はっはっは」
綾香の嫉妬が怒りに変わるのに、時間は掛からなかった――
「あの女っ……叩き潰してやるっ!」
「はぁ? 今、何と……」
「何でも有りませんわぁ。うふふふふふふふふふふふふふ」
喜多美神社は神聖な空気と静寂に包まれていた――
「お疲れ様です」
「めぐみさんお疲れ様でした。明日も宜しくね、気を付けて帰ってね」
「はぁ——い」
めぐみは、仕事中もショーティと遊ぶ事ばかり考えていたので、イチャイチャしている紗耶香とピースケには目もくれず、急いで河原に向かっていた――
「リアル・モードで、ポンッ!」
〝 ワンワンワンワン、ワンワンワンワンッ! ″
「ショーティ、可愛いっ!」
「ありがとう。今日は、何をして遊ぶの?」
「今日はぁ、ジャジャーン! フリスビーを買いました」
「わぁ、新しい奴だね?」
「そうなの。夜でも光る奴だから、見失う事が無いでしょ?」
「わぁ――――いっ!」
「よぉ――し、行くわよっ! えぇ――――――――――いっ!」
〝 シュッパ――――――ッ! ″
〝 ワンワンワンワン、ワンワンワンワンッ! ″
「ツッタカタッタ、ツッタカタッタ、ツッタカタッタ、ジャ―――――――ァンプッ!」
〝 パクッ! ″
「やったぁ、ショーティ、ナイス・キャッチ!」
投げて、捕って、転んで、投げて。ひとしきり遊ぶと、めぐみもショーティも心地良い疲労を感じていた――
「はい、休憩。給水、給水と。ショーティ、水を飲もうよ」
「うんっ!」
〝 チャプチャプチャピ、チャプチャピチャプッ! ″
めぐみは、教えて貰った通りに水を与えると、嬉しそうに水を飲むショーティが可愛くて仕方なかった――
「あ―――ぁ、何か分かったっ! 分かっちゃったぁ……参っちゃったなぁ……分かっちゃったよ。女が犬を飼っていると、結婚出来なくなる理由が。そりゃぁ、こんなにも混じり気の無い、真直ぐな愛情を自分だけに向けられたら男要らんわ。恋愛なんてクッソくだらないって、独身上等よぉ。男は助平、女は強欲。恋愛とは修羅場か地獄絵図か? 心の平和が一番大切っ!」
「ねぇ、めぐみちゃん。もう、そろそろ良いんじゃないの?」
「そろそろ帰ろうって? うん、良いよ」
「そうじゃなくて、チャージだよ」
「チャージ?? チャージって何よ?」
「僕のエネルギーだよ。もう、殆どのタスクは完了しているから確認して」
「確認って、どうするの?」
「スマート・ウォッチにゲージが有るんだよ」
「ほほう。あっ、コレか?」
「そう、それ」
「満タンだよ」
「そうでしょ? やったぁー! これで、準備は整ったねっ!」
「やったー! って、何の準備??」
「えぇ? めぐみちゃん、時間旅行の準備だよ」
「時間旅行? えぇ? 嫌だなぁ……もう、疲れるし『時間を移動しても意味無くね?』って、思うの私だけ?」
「そんな事を言ったって、伊邪那美様が時読命に命名したら、時間を支配する神様になるんだから」
「そうなの? 私さぁ、あんまり支配とかしたくないんだけど……」
「じゃぁ、僕は要らないの?」
「え?」
「だって、僕は、時間旅行をした時に、万が一の備えのために天国主大神様が用意した番犬なんだよ?」
「あぅ……何か、嫌な予感しかしないなぁ」
その頃、占いの黒テントに沙織の姿が有った――
「良かったなぁ」
「はい。やっぱり、行動が大切なんだなぁって」
「ほんなら、仕事も決まって、順調やんか?」
「はい。何かぁ、思っていたより楽しくって」
「顔に書いて有るって。もう、嬉しそうやなぁ。良い事有ったん?」
「遂に、私に、ファン・レター的な? うふふふ」
「ファ、ファ、ファン・レター!? 誰に?」
「私にっ!」
「えらいこっちゃ」
「帰りに先輩の社員さんからぁ、渡す物が有るって言われてぇ、そしたら、こんなに沢山。うふふふふふ、あはははは、きゃはははははは」
「何で?」
「可愛くて、素敵だからって」
「嘘やろ?」
「嘘じゃ有りませんっ! ほら、此処に書いて有るでしょう? 私も、そんな事を言われた事が無いからビックリなんですけど。うふふふふ」
「それ、ラブ・レターちゃうんかい?」
「いえ、まだ、全部読んでないから、分からないですけど。うふふふふ」
「あ――ぁ、あかんわぁ」
「えぇ!?」
「あんた、浮足立ってるやん」
「そりゃぁ、突然のモテ期ですから。一生に一度くらい、浮かれたって良いじゃないですかっ!」
「あかん、あかんっ! あんなぁ……モテ期って言うのんは、人生の落とし穴やで?」
「えぇ! だって、モテ期が無かったら、人生、真っ暗じゃないですかっ!」
沙織は、反論をしたが、占い師は目を伏せて首を横に振るだけだった。嬉しさから思わずスキップを踏みながらやって来た黒テントで、頭から冷水を掛けられたような心境になっていた――
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