害虫だって生きています。
沙織は、恭一の言葉を聞き流して、作業に精を出していた――
「ねぇ、君。昼休みくらい、手を止めて休んだ方が良いよ」
「大丈夫です」
「休養は大切だよ」
「そうですね。でも、此処は私が任されていますし、庭の手入れって、時間割り通りには行かないんですよ。自然が相手ですから」
「あぁ……だけど……」
「あ、逆に迷惑ですか?」
「いやぁ……」
「あのぉ。社員さんの前で、言い辛いですけどぉ、社員食堂って、雰囲気が最悪なんですよ」
社交辞令に慣れ切っていた恭一は、沙織の率直な意見に驚き、心が晴れてスカッとした気分になった。すると、急に沙織に興味が湧いていた――
「ねぇ、君。 雰囲気が悪いって、どう云う事? 日本屈指の建築デザイナーによる空間演出と、街場では味わえないグルメを超低価格で提供しているのに、どうして?」
「確かに、空間もメニューも最高ですよね。けど、まぁ、私達の様な業者には、居心地が悪いんですよぉ。何だか、見下されているみたいな感じで。お邪魔虫みたいですから」
「お邪魔虫とは?」
「あ、変な言い方ですよね? 何時も、母さんが、変な言葉を使うので、つい出ちゃいましたけど。ゴキブリみたいな感じですよ」
「えっ! ゴキブリって……」
「ほら、ゴキブリって、何も悪い事をしていないのに、嫌われて、殺虫剤を掛けられて、殺される運命でしょう? ゴキブリって、可哀想ですよね?」
恭一は、ゴキブリが可哀想だという女性が、この世の中に居る事に驚いた――
「いくら何でも、害虫扱いはしていないと思うけど?」
「良いんです、私達は、外注ですから。うふっ!」
恭一は、沙織のおやじギャグの意味が全く分からず、深刻に受け止めてしまった。そして、読書を諦めて社長室に戻った――
〝 コン、コンッ! ″
「総務の村田です」
「どうぞ」
「社長、私をお呼びでしょうか?」
「えぇ。村田さん、害虫扱いは酷いですよ」
「酷い? 他社と比較しても外注の扱いは良い方だと思いますが?」
「何度も言いますが、僕には、労働環境を整える事くらいしか出来ないのです。社員食堂の見直しをして下さい」
「はぁ?? 見直しと申されましても……社員と業者の格差が酷過ぎると云う事で、全ての労働者が利用出来る、開かれた社員食堂が完成したばかりではありませんか?」
「どうも、イケませんね……」
「いえ、お言葉ですが、社員も業者からも好評で、最高にイケてると大絶賛なのですが、何か……クレームでも有るのでしょうか??」
「いえ、兎に角、裏庭の産廃のコンテナとパレットは片付けて下さいっ! 第三製造部の搬入口に戻して下さいっ!」
「はぁ? はい……」
恭一には、コミュ障の気が有り、反論するのが面倒臭くて仕方なかった、村田の方は、普段は何も言わない社長がムキになるものだから、とても困惑していた。そして、村田に背を向け窓の外を眺める恭一の瞳には、スコップ片手に作業をする沙織が映っていた――
「何をしているんだ? 彼女は一体、何をする気なんだろう……」
日も傾いた頃、喜多美神社は神聖な空気と静寂に包まれていた――
「めぐみさん、お疲れ様でしたぁ。お先ですぅ」
「めぐみ姐さん、お先です」
「紗耶香さん、ピースケちゃん、お疲れ。おやおや? ふたりでデートかな?」
「まぁ。そう云う事で……えへへっ!」
「今日はぁ、映画をぉ、観に行くんですよぉ。うふふっ!」
「聞いてませんよ。イチャイチャイチャイチャ、君達のイチャイチャは他者を傷付けているぞ!」
「めぐみ姐さんも、傷付いた心を癒してくれる人が、早く見つかると良いですね」
〝 ねぇ――――っ! ″
「そのユニゾンは、傷口に擦り込む行為だっ! 断固粉砕っ! さっさと帰れっ!」
〝 キャ――――っ! きゃははは、あははは ″
「気を付けてね。行ってらっしゃい」
「はぁ――――――――いっ!」
入れ替わりに、典子がやって来た――
「めぐみさん、お疲れ様」
「お疲れ様でした」
「授与所に面会の人が来ているわよ」
「私にですか?」
「そう。お礼を言いに来たって、若い女の子が」
「はぁ? 若い女の子?」
「さてと……」
「典子さん、随分とお洒落ですね。もしかして……?}
「今日は吾郎さんとデートなの。後はヨロシクね。ほらっ! 待たせると悪いから早く行って」
「はぁい」
めぐみは、全く心当たりがなかったので、恐る恐る授与所へ向かった――
「あの、鯉乃めぐみですが……?」
「今晩は。滝沢沙織と申します。先日は……あ――ぁっ!」
「えぇっ!」
「昨日、多摩川で」
「はぁ?」
沙織と黒テントで出会った時は、普段着で女子らしい格好で、河原で会った時はリクルート・スーツで髪型もカチッと決めていた。そして、今日はラフな格好だったので、同一人物だと気付かなかった――
「昨日、父さんがワンちゃんと」
「あぁ? あっ! お嬢さん?」
「そうです」
「誰だか分かりませんでしたよ」
「こんな格好で、すみません。昨日は、もう帰ったみたいだったので」
「昨日もいらしたんですか?」
「はい。それで、その帰りに土手に父さんがいたので」
「そうだったんですか……でも、お礼を言われる程の事は、何もしていませんが?」
「その前の日に、弟を助けてもらった上に、怪我の手当までして貰って、本当に感謝してます。有難う御座いました」
「弟!? あら、あの虐められていた男の子のお姉さんですか? ビックリです」
「私の方がビックリです。やっぱり虐められていたんだなって……」
「あ、不味い事、言っちゃったかなぁ……」
「いいえ、分かってますから。白状しないんですよねぇ。男のプライドなんですかね?」
「あぁ……」
ふたりの会話を聞いていた伊邪那美が声を掛けた――
「おぉ、良く来たのぅ。元気そうで何よりじゃ。う——っぷす……」
「あぁっ! お久し振りです。先日は、どうも有難う御座いました」
「伊邪那美様? 元気そうって、お会いになった事が??」
めぐみは、あたふたして、沙織と伊邪那美を何度も見返していた――
「ほれ、あの、あれで、う——っぷす……」
「御守りと、御札を授けて頂いたんですよ」
「あの時の? はぁ―――――ん、そう云う事かぁ」
めぐみの点と線が繋がり、沙織も、直ぐにめぐみに気が付かなかったので、お相子と云う事で、笑顔の花が咲いていた――
お読み頂き有難う御座います。
気に入って頂けたなら
下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援と
ブックマークも頂けると嬉しいです。
次回もお楽しみに。