朝寝坊で、こんにちは。
—— 三月四日 友引 辛酉
めぐみは、七海とレミの朝食作り、お茶を用意していると、天海徹が迎えに来た事に気付いた――
「おっと! レミさん、お迎えが来ちゃったよ」
「チッ、待たせておけば良いわよ」
「ん? ねぇ、レミさん。彼奴と喧嘩してるん?」
「別に」
「何か、機嫌悪いお?」
「ったくさぁ……彼奴、Playerでも無いのに、一々、口を突っ込んで来て、煩いのよねぇ」
「そうなん? メンバーは?」
「聞いてよ。もうさ、メンバーも文句を言うどころか、彼奴の言う事に頷いて受け入れちゃって。『だよねぇ』とか『俺もそう思う』とか言っているの。私が外様って許せないでしょう?」
「あらら? そんな状態なんですかぁ……」
「お迎えもさぁ、最初はCOOLだし、有り難いと思っていたけど、今じゃ、強制連行される感じよ。ウンザリする。朝食位、ゆっくり食べさせてもらうわっ!」
めぐみと七海は、レミの状況を知って、掛ける言葉が無かった。そして、滝沢家では、沙織が寝坊をしていた――
「ねえ、沙織。随分とゆっくりだけど、今日は休みかい?」
「休みな分けないじゃん……ん? うわぁ―――あっ! 寝坊したっ!」
「何をやっているんだよっ!」
「昨日、目覚ましで顰蹙を買ったから、今朝は一つにしたんだけど……」
「何だい?」
「掛けるの忘れてた」
「もうっ! そそっかしい子だねぇ。早く、顔を洗って着替えなっ!」
沙織は、用意しておいた服と、荷物を持って階段を駆け下り、洗面所に飛び込んだ――
「母さん、ご飯食べてる暇ないから」
「朝食くらい、食べて行きなさいよ」
「無理っ! それ、おにぎりにして。お昼に食べるから」
「え? あぁ、分ったよ」
大急ぎで支度をすると、おにぎりをリュックに放り込んだ――
「沙織。そんな恰好で行くのかい?」
「え? 変? 今日から、只の作業員だから。格好なんて、どーでも良いの。おにぎりサンキュ! 行ってきまぁ——すっ!」
「行ってらっしゃい」
日本の朝は慌ただしい。恭一も朝食を終えていた――
「若。お車の用意が御座いますが?」
「今日は会議が無いから、電車で行くよ」
「はぁ、しかし……それでは、旦那様に叱られてしまいます」
「爺。一人になりたいんだよ」
「若。若の身に何か有ると困ります」
「何も、ないさ……」
「どうかしましたか?」
「唯一の居場所が奪われたんだ。深刻だよ」
「唯一の場所とは……あの、空き地の事ですか?」
「そう。昨日、会議で昼過ぎに行ったら、メンテナンス会社の社員が居て、トイレで昼食を取る羽目になったんだ」
「あっはっは、それは、災難で御座いましたなぁ」
「笑い事じゃないよ。死活問題だよ」
「若。若とも有ろうお方が、トイレで昼食などと。嘆かわしい事でございますなぁ。立派な社員食堂が有るではないですか?」
「社員に見られながら昼食なんて。食べた気がしないよ」
「それなら、社長室で召し上がればよろしい」
「同じ事だよ。結局、お茶汲みをする契約社員に気を使わせるだけさ。彼女達の、貴重な休憩時間を奪うのは忍びないでしょう?」
「若は、お優しいですなぁ」
「違います。相手はいちいち気を使ってノックをして、恐る恐る入って来るでしょう? お互いに気を遣うのが無意味なんです。『有難う、ご馳走様』と、言葉を交わすのが嫌なんですよ」
「しかし、高校生じゃあるまいし、トイレで昼食など、今後は、絶対に、お止め下さいっ!」
「爺。僕は、ひとり芝居を演じている役者……いいや、哀れなピエロか。毎日、周囲の期待に応えるだけの人生なんですからね。一人だけの時間が大切なんですよ」
「若……」
「親父は飽きもせず、何十年も毎朝のセレモニーを、やっていたみたいだけど……僕はお断りです。まったく、反吐が出るよ」
「若、そのような言い方をしてはなりませぬぞ。旦那様は、威厳を保ち続けるために……」
「だから、威厳が有る様に見せかけるだけのセレモニーだと云っているんですよ。毎朝、社員を両脇に並ばせて、レッド・カーペットを歩くなんて、僕が社員だったら、屈辱的だと感じますけどねぇ」
「若っ! 言い過ぎですぞ」
「はぁ、兎に角、僕は、インチキが嫌なんです。こんなイカサマだらけの世の中で、社長を演じている僕の身にもなって下さい。自分を取り戻す、唯一の時間を奪われては困ります」
「御心配は無用。昨日は、会議が長引き、イレギュラーな時間だっただけです。メンテナンス会社の社員は、お昼休みには、社員食堂に行くに決まっていますからね」
「そうですね。今日はゆっくりと昼食を取って、読書でもします。それでは、行って来ます」
「行ってらしゃいませ」
爺は、深々と頭を下げ、恭一の姿が見えなくなるまで見送っていた。そして、お昼になった――
「はぁ、やっと、お昼か……」
恭一は、持参したお弁当を持って、ガーデンに向かった――
「毎日ウンザリする。社員と来たら、世間体ばかり気にしている。嘘の映画を観させられているだけだと云うのに……こんなインチキな世界で、騙されている事を認める事が、そんなに怖いか? 全てが、嘘っぱちの出来レースじゃないか……あっ!?」
「こんにちは」
「こんにちは……」
恭一は、沙織が居る事に驚き、思わず声を上げてしまった。人生の中で、自分でいられる唯一の時間を奪われる事に、暗澹たる気持ちになっていた――
「昨日はどうも。お弁当ですか? 私もなんですよ」
「あぁ……」
「せっかくのガーデンが、台無しですよね。アレ」
「あぁ……」
「社長さんに言って貰えました? 匂いも嫌だけど、美観が最悪ですよね?」
「まぁ……」
恭一は、屈託なく話し掛けて来る沙織に、辟易していた――
「あら? 可愛いお弁当箱っ! でも、それで足りるんですか?」
「えぇ……」
「私は、おにぎりなんですよ。朝、寝坊しちゃって。朝食がコレなんです」
「朝は、ちゃんと食べた方が良いですよ」
「あ、朝食がコレって云うのは、時間が無くて食べられなくなった朝食をおにぎりにしたって意味です」
「あぁ……」
「凄い、豪華なお弁当ですね」
「別に……」
「では、お先に」
沙織は、サッサと食べ終わると、作業を始めた――
「あの、ちょっと、君」
「はい?」
「まだ、昼休みなんだ。社食のカフェにでも行って、寛いだら?」
恭一は、心の底から一人になりたかったので、沙織が邪魔で仕方が無かった――
お読み頂き有難う御座います。
気に入って頂けたなら
下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援と
ブックマークも頂けると嬉しいです。
次回もお楽しみに。