他人の二人。
めぐみとショーティが、多摩川で遊んでいる頃、遊び人のスーさんとミコトは、五十鈴川の草叢でモゾモゾしていた――
「良いじゃないか……」
「ダメだよ、こんな所で」
「誰も居やしないよ……」
「何を言ってんだ。お前さんには、猿田彦と云う、れっきとした旦那が居るじゃないか」
「固い事を、お言いだねぇ。えぇ……そっちの方は、堅くならないのかい?」
「馬鹿野郎! 触るんじゃねぇやいっ!」
「何だい、男のくせに。意気地が無いねぇ」
「おい、不義密通なんだぞ」
「そんな、古臭い言い方をするんじゃないよ……不倫は文化だよ?」
「てやんでい、人の事を年寄り扱いしやがって、その言い方だって充分、古臭いってんだ」
「さぁ、早くおしよ」
「ダメだって、猿田彦に申し訳が立たないだろ?」
「申し訳なんか立ったてしょうがないんだよ。そっち起たなくちゃ、始まらないよぉ?」
「猿田彦と合体すりゃ良いだろ? 大体、猿田彦の家は何処なんだい?」
「さぁ、別居してからは……口も聞いて無いからねぇ」
「何を? 別居だと?」
「夫婦ってのはさぁ……他人にゃ、分からない事が有るんだよ」
「分からないって、言ったって、話して貰わなきゃぁ、先には進めないぜ?」
「野暮だねぇ。粋な遊び人を気取っておいて……女の口から言わせるのかい? 女の口は二つあるって言うだろ?」
「おあぁ? 何の事でぇ?」
「耳をお貸よ」
〝 ヒソヒソ、コソコソ、ヒソヒソ、コソコソ、ヒソヒソ、コソコソ ″
「何ぃ? 猿田彦のチンコが中学生並? 夜の生活が満足出来ない? 鼻は立派で馬並だから、それで、あぁ……うん、で? やっぱり、鼻じゃ嫌? デカけりゃ良いってモンじゃない? おいおいおい、贅沢な、悩みだなぁ……」
「贅沢なもんかいっ! あの男、適当なんだよぉ。分かるだろぅ?」
「いや……」
「何でも適当。間に合わせに鼻だよ? 女を馬鹿にしているんだよ。あたしゃ、悔しくてさぁ。だから、アマテラスの話をきっかけに、家を出たんだよ」
「ほう。そう云う、経緯って分けかい?」
「まぁ、いいさね。人間同士は不倫でも、私ら神様同士は、何でもアリなんだからさぁ……」
スーさんが、ミコトに押し倒されている頃、めぐみとショーティは土手に座り、ひと休みしていた――
「はぁ、やっぱり運動をすると、喉が渇くね。ショーティも飲みなよ」
「うん、有難う」
〝 ゴッフ、ゴッフ、ゴッフ、ゴッフ、ゴッフ、ゴッフ、ゴッフ、ゴッフ ″
めぐみがペット・ボトルの水をショーティの喉に流し込んでいると、中年のおじさんに声を掛けられた―—
「今晩は」
「はい?」
「あの、お嬢さん。そんなに、ガブ飲みさせてはいけませんよ。貸して下さい」
おじさんはペット・ボトルの水を左手で受け止め、注ぎなら与えた――
〝 チャプ、チャピ、チャプ、チャプ、チャピ、チャピ、チャプ、チャプ、チャピ、チャピ ″
「あぁ、そうすれば良いんだ」
「えぇ。可愛いですねぇ、この犬は……」
「ジャック・ラッセル・テリアって云う犬種です」
「あぁ、そう云う犬種なんですね。昔、飼っていたチビによく似ているなぁ……うちのは雑種だけどね、本当に可愛かったなぁ……」
おじさんは目を潤ませていた――
「あの? どうかしましたか?」
「いや、ちょっと、昔を思い出してしまって……ずっと、後悔しているんですよ。もっと、可愛がってあげれば良かった……あんまり懐くから、時々だけど、邪険に扱ってしまった事が有りましてねぇ……この子を見ていたら、思い出してしまいましたよ」
「そうだったんですね……」
ショーティは、尻尾をプロペラ様に回して、大喜びでおじさんに擦り付けて、感謝を伝えていた。そこへ、通り掛かった娘が声を掛けた――
「あれ? お父さん、こんな所で何をしているの? 夕飯に間に合わないと、お母さんが大暴れだよ」
「あぁ、分かって居るよ。うちの娘です」
「あ、今晩は」
「今晩は」
「おい、お前こそ、どうしてこんな所に?」
「今日は初出勤っ! 仕事帰りにちょっとね。ねぇ、早く帰らないと。先に行っているよ。それでは、さよなら」
「あぁ、さようなら……」
「娘が、すみません」
「いいえ、元気なお嬢さんですね」
「いやぁ、誰に似たのかねぇ……でも、今日は、何だか嬉しいなぁ。天国のチビに再会したような気がしますよ。では、私もこれで。さようなら」
「さようなら、有難う御座いました」
〝 ワンワンワンワン、クゥン、クゥン、ワンワンワンワンッ! ″
「あはは。ショーティも、有難うって、言ってます」
「ショーティって言うんだねぇ。じゃあね、ショーティ。又、何処かで会おうね」
〝 ワンワンワンワン、クゥン、クゥン、ワンワンワンワンワ——ンッ! ″
めぐみは、愛犬家のおじさんとの、小さな出逢いを嬉しく思っていた――
「ただいまぁ」
「めぐみお姉ちゃん、お帰り」
「お帰りなさい」
「あら? レミさん。今日は早いんですね」
「もう、疲れちゃって……今日は、早めに切り上げたのよ」
「そうなんですね。七海ちゃん、夕飯は?」
「それなんだけどさぁ、今からお米砥いでも、しゃーないから、外食でどうよ?」
「あぁ、私それ乗った。出前も詰まんないし、しっかり食べて鋭気を養いたい気分なのよね」
「そうね。三人で外食って無いもんね。そうしよう」
「決まりだおっ!」
三人は夜の街に出た――
「何食べるん?」
「おぁ? 決まりだおっ! っつったじゃんよぉ。ノープランなの?」
「じゃあ、和食対洋食じゃんけん、じゃんけんっ!」
「和」
「洋」
「洋」
「はい、洋食に決定だお」
「洋食かぁ……イタリアン?」
「オリーブ・オイルは気分じゃないわ」
「ハンバーグかステーキ?」
「ちょっと重過ぎな感じだけど、それでも良いわよ」
「七海ちゃん、今日は定休日」
「あ? そっかぁ……」
「だけど、夜の街に出てみれば、どこの街も同じねぇ。安いチェーン店ばかり……」
「レミさんの言う通り。まぁ、価格の問題よね」
「あぁっ!」
「七海ちゃん、どうしたの?」
「財布を忘れたとか、無しよ」
「有った、有った。グリル・勝俣が復活したんよ」
「グリル・勝俣って、元、帝国ホテルのシェフの?」
「元祖、日本の洋食屋だお」
「あら? それ良いわねぇ」
「退院して、息子さんと一緒にやっているって言ってたお」
「大海老フライに、ポーク・ジンジャー、オムライスにタン・シチューが掛かっているヤツ?」
「それだお。ハンバーグはチャンクで、レッド・チェダーにデミとベシャメルのダブル・ソース。カニ・クリーム・コロッケは肉たっぷりで酸味の強めのトマトソースとの相性がハンパ無いんよねぇ」
「聞いているだけで、お腹が空いて来たぁ……もう、ダメ」
レミは、ふたりの話だけで胃袋が悲鳴を上げた。そして、ミックス・フライを注文すると、大海老フライとカニ・クリーム・コロッケに舌鼓を打って、大満足だった――
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