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当てが外れて、大当たり。

 朝礼を済ませた沙織は、派遣先に向かう準備をしていた――


「あれ? 私は……」


「沙織ちゃんはねぇ。そのままで良いのよ。お迎えが来るから」


「あぁ、そうなんですね……」


「私は、駅だから、此処で着替えて、そのまま行っちゃうの。ほら、迎えが来たわよ。うふふ」


 

 〝 ブォ―――――ン、キキキィ―――――――――ッ! ″



「はい、おはようさん。今日から新人さんが配属になったと聞いて来ましたよぉ」


「あ、高井さん。紹介するわね、こちらが、滝沢沙織さん。二十三歳よ」


「お早う御座います。滝沢沙織です。宜しくお願いしますっ!」


「あら、まぁ。奇特な方が居たもんだねぇ。有り難いよぉ。じゃあ、遅刻するとアレだから、早速、行きますか? 業務内容は車中で教えるから」


「はいっ」



 車中にて―—


「沙織さんは、こういう仕事は初めてでしょう?」


「はい。ちょっと心配ですけど、体力はある方なので」


「いやいや、仕事は、大した事無いんだよ」


「そうなんですか? あの、大きな機械でフロアを磨くのは、慣れるまで大変かなと、思っていたんですけど……」


「まぁ、ビルの清掃と云えばフロアを機械で磨くけどねぇ。アレだってコツを掴めば遊んでいる様なモンよ。沙織さんは清掃じゃないからさ」


「清掃じゃ無いって云うと、何をしたら良いのでしょうか?」


「何方かと云うと、管理人に近い仕事なのよ。会議室の窓を開けて空気を入れ替えたり、使用者の管理と、テーブルとか椅子、備品の管理ね。だから、身体への負担は無いに等しいよ」


「はぁ……あの、西野京子さんが『緑化のガーデン』の仕事が有ると聞きましたが?」


「おあぁ、それっ! 京ちゃんに聞いたの? それはもう、沙織さんに是非、願いしたいのよぉ。これが、訳ありなんでねぇ……」


「訳ありって、何か……問題でも?」


「ふーん、まぁ、隠したってしょうがないから言うんだけどねぇ、日本光学は、元々、京ちゃんが入っていたんだよ」


「そうなんですか? でも、どうして……」


「真面目にやっていたんだけどさぁ。日本を代表する一流企業だからさぁ、汚い年寄りが居たのでは見場が悪いって、クレームが入ってさぁ……」


「えぇ? それって、酷くないですか?」


「まぁねぇ、うちの会社も、小さな仕事を拾って食い繋いでるだけだからさぁ、強い事は言えないじゃないですか? それに、他の年寄連中は、直射日光の下で働くのは体力的にキツイって嫌がちゃって……」


「一流企業なら、専属の庭師みたいな人が居るんじゃないですか?」


「その通りっ! いやねぇ、当然、設計の段階から専属のガーデン・プランナーが入っているんだけどねぇ……沙織さんにやって貰いたいのは、そこじゃないエリアなんだよねぇ」


「はぁ?」


 車中で、押し問答をしていると、日本光学に到着した――


「あっちの広くて綺麗なのが、社員さんの駐車場。此処が、我々の駐車場ね」


「怒られるかもしれませんけど、何だか、一流企業とは思えませんね」


「まぁね。でも、何処もそんなモンですよぉ。それで、あそこの間接照明が有るのが、役員クラスの駐車場ね」


「格差が、凄いんですね……」


 高井は、にっこり笑うと、沙織を通用口に案内した――


「此処で、警備員さんに、この社員証を提示して、中に入ります」


「はい」


「お早う御座います、高橋ビル・メンテナンスです、今日から新しく社員が入りましたので、宜しく願い致します」


「滝沢沙織です。宜しくお願いします」


 警備員に挨拶を済ませて中へ入ると、ボイラー室の横にグレーの鉄の扉が有り『高橋ビル・メンテナンス』のネーム・プレートが、ガム・テープで貼って有った――


「で、此処ね。分かり易いでしょう?」


「あぁ、はい。何だか……まるで、物置みたいですね」


「おぉっ! やっぱり、若い人は、勘が良いねぇ。みたいじゃなくて、物置その物なのね」


「ですよね……」


「まぁ、この中で、働く訳じゃないからね。道具を持って、一日中、建物内の点検と巡回ですから。んで、その奥がロッカーで、制服がありますから、それに着替えて下さい」


 沙織は、自社の作業着ではなく、用意された制服に着替えた―—


「では、早速行きましょうかねぇ?」


「はい」


 高井は、建物内部の案内図の前で説明をした―― 


「建物は、A棟からE棟まで有るんですが、我々は主にB棟とD棟です。そして、午後になったら第三製造部と、研究棟の点検と管理で、一日は終わりです」


「はい」


 沙織は、お掃除をする会社だと思って入社したのだが、ビルの点検と管理業務だったので、当てが外れていた。そして、午前中の仕事を終えて物置の様な事務所に戻ると、社員食堂へ案内された――


「此処が、社員食堂ね」


「こ、コレが食堂ですかぁ!? 凄いですねぇ……」


 社員食堂の中はフード・コートのような状態で、回転寿司、てんぷら、本格インド・カレー、洋食に和食と、何から何まで、最高の物が揃っていた。そして、驚いた事に、フロアの反対側には、お洒落なCAFEと、BARまで有った――


「社員証のバー・コードで決済ね。このクーポンは一緒に出してね。割引だから」


「わぁ、50%OFFですよ?」


「町場のレストランの半額から更に半額、新人さんだから特別ね。長く勤めれば、食べ放題のクーポンが貰えますよ」


「本当ですかぁ! 一流企業って、福利厚生が凄いんですねぇ……」


 沙織は素直に喜んでいた。何故なら、清掃の現場の状況によっては、コンビニも無いかもしれないし、車中で済ませるかもしれない可能性が有ったからで、こんなに美味しい物を、好きなだけ、素敵な環境で食べられるとは、考えても居なかったからだった――


「美味しいですねぇ。こんなに美味しい物を昼から食べたら、家の夕飯が可愛そうになっちゃうなぁ……」


「あっはっは、面白い感想ですね。まぁ、うちの会社に限らず、食べ放題まで務めた業者の社員は、一人も居ないんですけどねぇ……」


「えぇ? どうしてですか? 最高じゃないですかぁ?」


「まぁ……あまり食事が不味くなる様な話は止めましょう。ゆっくりと食べて下さいね」


 沙織は、高井の顔色が曇ったのを見逃さなかった。周囲をつぶさに観察すると、働いている社員同士の態度から、厳然としたヒエラルキーの様なモノが存在する事を理解した。そして、自分達の様な出入りの業者には、蔑みの視線が送られている事を肌で感じるのに、時間は掛からなかった――






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