早起きは三文の得。
―—三月三日 先勝 庚申
初出勤の沙織は、目覚ましよりも早起きだった――
「朝だ? 今、何時……五時四十分かぁ……ちょっと、早いけど、二度寝は禁物」
ベッドから飛び起き、階下へ降りると、顔を洗って、前日に用意したサラダと卵のフィリングを冷蔵庫から取り出し、ホット・サンドの準備をしつつ、お味噌汁を作り、頃合いを見てオーブンに入れた―—
「ふぅ……美味しい。母さん、出汁だけは取っておいてくれるから、助かるよぉ」
〝 チンッ! ″
「出来ましたと。うーん、サクサクで美味しい。もうちょっと、黒コショウ入れた方が良かったかなぁ。ベーコンとチーズは完璧だ」
朝食を簡単に済ませて、浴室に向かい、シャワーを浴びて、気合十分。髪を整え、 メイクもバッチリ、昨日とは違うシャツとスーツに袖を通し、リュックの中身を確認した――
「ちょっと、沙織っ!」
「母さん、お早う」
「良太がカンカンだよ」
「何で?」
「お前、目覚まし掛けっ放しで、忘れたでしょう?」
「あぁっ! 忘れてた……」
「いったい、幾つ目覚ましを掛けたんだい?」
「三つ」
「皆、目を覚ましちまったじゃないか」
「ゴメンね。なんたって、今日が、初出勤だからさ。絶対に遅刻とか出来ないし、後はヨロシクね。母さんっ!」
「まったく、しょうがない子だねぇ。気を付けてね。早く、帰っておいでよ」
「うん」
「シッカリね。行ってらっしゃい」
「行って来ますっ!」
沙織里は、新たなスタートを、元気いっぱいに駆け出した。そして、会社に一番乗りで到着をすると、玄関の掃除を始めた―—
「お早う御座いますっ!」
「お早う御座います……あの、あなたは?」
「今日からお世話になります。滝沢沙織です」
「まぁ、早いのねぇ。私は西野京子。宜しくね」
「こちらこそ、未熟者ですが、宜しくお願いしますっ!」
「未熟だなんて、羨ましいわねぇ。私なんて、成熟を通り越して枯れちゃっているわよ。あなた、お歳は?」
「二十三歳ですっ!」
「まぁ、二千年生まれ? つい、この間じゃない。私は、七十二歳。歳を取ると朝が早くてねぇ」
沙織里が就職したのは、高橋ビル・メンテナンスと云う、建物の管理と清掃を行う会社で、社員の殆どが、定年退職後の高齢者だった――
「えぇ―—っ、皆さん。今日から一緒に働く事になった、フレッシュな新人を紹介します。では、滝沢さん、自己紹介を」
「やっちゃん、滝沢沙織さんよ」
「えぇ? 何で、知っているの?」
「沙織ちゃんは、一時間も前に出社して、玄関にトイレに給湯室の整理までしてくれたのよ」
「そう云う事。もう、自己紹介なら済んでいますよ」
「何だよ、皆、知ってたんだぁ……」
「知らないのは康夫さんだけって事」
〝 あはははははは ″
「笑わなくたって良いでしょう? さて、じゃあ、皆のアイドル、沙織ちゃんの配属はどうしようかねぇ……?」
「公園のトイレは私がやるから」
「雑居ビルは俺がやるから、大丈夫」
「たっちゃん。オレがやるから大丈夫って、本当にぃ? ついでに、女の子ちゃんの着替えなんか覗いたら、クビだよ?」
「ばかやろう。心配しなくても、もう、立たないよっ!」
「レディの前で、朝から下ネタは止めてくれよぉ、品の無い会社だと思われちゃうでしょう」
「何だい、自分で振っといてっ!」
「まぁ、繁華街の雑居ビルは、表向きは良さそうだけど、風俗や、如何わしい店ばっかりだもんなぁ……沙織ちゃんを、あんな所へ行かせたくない親心は分かって居るって」
「やっちゃん、大企業のあそこが良いよ」
「『あそこが良い』って、京ちゃんまで下ネタかい?」
「もう、ふざけないで。あそこなら、会社の中だから、変な人は居ないし、清潔だし。フロアと、ほら、何より緑化のガーデンを出来る人が居ないって言っていたでしょう?」
「あぁっ!? そうか、その手が有ったかぁ…それ名案だなぁ。そうだ、そうしようっ!」
沙織の担当先は、光学機器メーカーの日本光学に決定したその頃、喜多美神社は神聖な空気と静寂に包まれていた――
「はぁ……」
「えぇ?」
「何だかなぁ……」
「めぐみ姐さん、どうかしましたか?」
「別に……」
「何ですか?」
「ピースケちゃんに言っても、仕方が無い事よ……」
「気になるじゃ無いですかぁ。言って下さいよぉ」
「実はねぇ……昨日、ショーティの正体を知ったのよ」
「ショーティって、スマート・ウォッチの中のペットでしょう?」
「それがさぁ、Real・modeで、実在する分けよ」
「えぇ? 実体が有るって事ですか? でも、正体って? 何ですか、ソレ?」
昨日の出来事をピースケに話した――
「凄いですね」
「短気な暴れん坊なのよ」
「でも、番犬だと思えば、これ程頼りになる者は有りませんよ。きっと、めぐみ姐さんの、ガード・ドッグなんですよ」
「まぁね、まぁね。そう思えば、それで良いんだけど……」
「まだ、何が気に入らないんですか? 心強い、味方じゃ無いですか?」
「だってさぁ……もう、素直に『可愛い』って思えなくなっちゃうじゃない?」
「えぇ? 自分を守ってくれるなんて、最高じゃ無いですか? 僕だったら最高な相棒ですけどねぇ」
「あんなに可愛いショーティがさぁ、オラつくんだよ? やかるんだよ? 何だかなぁ……」
「あ――――ぁ、そう云う事ですか。それもこれも、めぐみ姐さんを、守るためじゃ無いですか? う――んと、褒めてあげなければ、罰が当たりますよっ!」
「え、罰が……そう言えば、褒めても居ないし、御褒美のおやつもあげてないよ……」
めぐみは、慌てて、Real・modeでショーティを呼び出した――
〝 ワン、ワン、ワン。僕は、ジャック・ラッセル・テリアのショーティだよっ! ハッハッハ、クゥン、クゥン、クゥン、プルプルプルプルッ! ″
めぐみは、暫く無言でショーティを見つめていたが、目が合って、ジーッと、見つめ合うと心が動いた――
「可愛いっ! やっぱ、ショーティは可愛いよぉ……昨日は、褒めてあげなくてゴメンね。守ってくれて、有難うっ!」
〝 ワン、ワン、ワンッ! ハッハッハ、クゥン、クゥン、クゥン、プルプルプルプルッ、キュゥ―――――――ンッ! ″
めぐみは、ショーティの「飼い主に一途な愛情」に感動して、思わず抱き締めた。愛情溢れる、その姿を見たピースケは、目頭が熱くなっていた――
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