ここ掘れ、ワンワン。
男の子達が、立ち去ろうとした時、ショーティが吠えた――
〝 ワン、ワン、ワン、ワンッ。ワン、ワン、ワン、ワン、ワンッ! ″
「何よ?」
「めぐみちゃん、ふたり共、怪我をしているみたい、血が出ているよ」
「えぇ? あぁっ! 本当だ」
めぐみは、男の子達の手を取ると、踵を返して喜多美神社の社務所に連れて行き、救急箱から消毒薬と絆創膏を取り出した――
「ほい」
「痛ぇ―――――――っ!」
「痛たたたたぁ―――――――――――っ!」
「何よ、こんなの掠り傷じゃない。男のなんだから、我慢しなさい。でも、これ位で済んで良かったねぇ」
「有難う御座います……痛ぇ、沁みるぅ」
「ところで、あの子達とは、どんな関係? 知り合いなんでしょう?」
「うん。あいつは、僕の同級生で、平井って言うんだ」
「同級生? どうして、後輩を虐めているの」
「うん……あのね、昔はサッカーやったり、キャッチ・ボールもしたんだけど、一年位前かなぁ……不良と遊びだして、そしたら、なんか、人が変わっちゃたんだよ」
「ふーん。何か有ったのかなぁ?」
「多分、両親が離婚して、お父さんが居なくなったからだと思うんだけど、昔はさぁ、勉強もスポーツも誰も敵わない位、出来る奴だったんだよ。なのに、今は、学校さぼって、カツアゲみたいな事ばかりやっているんだ」
「君は優しいんだね」
「どうして?」
「そんな友達の事が、心配なんでしょう?」
「心配なんかしてないよ、あんな奴っ!」
「嘘を吐いてもダメよ」
「…………」
「お姉ちゃん、僕はね、会う度に、あいつ等に、お金を盗られているんだよ」
「あら? それは、困ったモノねぇ」
「でもね、前は優しい先輩だったんだ」
「そう……」
「どうして、あんなに、なっちゃったんだろう……やっぱり、お父さんが居ないからかな?」
「さぁ、他人の家庭の事まで、分からないよ」
「はぁ、そうだよね。家だって、母さんは鬼婆だし、父さんはダメおやじだしさ、姉ちゃんは、何時も、人に騙されてばっかりだもん。グレたくなる気持ちは、ちょっと、分かるんだぁ」
「悲しいよねぇ……」
「お姉さん、どうにか出来ないかな? あいつを元通りに出来る方法を教えてよ」
「元通りったってねぇ……まぁ、ショーティが、あれだけ脅したから、もう、二人には絡んでは来ないと思うけど……」
男の子達は、溜息を吐くと、俯いて悲しそうな表情をしていた。心中複雑な思いは、生傷よりも痛々しい程だった――
滝沢家——
「ただいま……」
「遅かったじゃないの、ランニングに行ったきり帰って来ないからぁ。あんまり、お姉ちゃんを、心配させるんじゃない……って、どうしたの、その怪我は? 母さんっ! 大変だよ、良太が怪我しているよっ!」
「何だってぇ? 良太、お前どうしたんだい?」
「あ――ぁ、転んだだけだから、大丈夫だよ。それに、もう、手当もして貰ったし」
「手当って、誰にして貰ったんだい? 怪我させられたんなら、確りと治療代、慰謝料を請求しなきゃダメだよ?」
「母さん、話聞いてる? 転んだだけだってっ! 姉ちゃんも、いちいち騒ぐなよっ!」
「本当に転んだだけなら、手当てしてくれた人に、お礼を言わなくちゃねぇ? 何処で転んで、誰に手当てして貰ったか、お姉ちゃんに言いなさい」
女の感は鋭い、と言うよりも、良太の服の汚れ具合と、顔に出来た痣は、誰の目にも、転んだ様には見えなかった――
「場所は多摩川の土手。バク宙の練習していたら、顔から落ちたんだよ。通りがかった、喜多美神社の巫女さんに、手当てして貰ったんだよ。あ、名前は聞いて無いよ」
母の雅美は納得したが、姉の沙織は出来過ぎた話に不信感を覚え、良太に疑惑の視線を向けていた――
めぐみのアパート——
「七海ちゃん。ちょっと、お聞きしたい事が、有るんですけど?」
「おぁ? 畏まって、何よ?」
「あのさぁ、ヤンキーを、更生させる方法を、お伺いしたいんですけどぉ?」
「めぐみお姉ちゃん。更生って簡単に言うけど、言うほど簡単じゃねぇから。結構、ムズいんよねぇ……」
「あら? やっぱ、難しいの? でも、七海ちゃんは、立派に更生しいるじゃない?」
「そりゃぁそうよ。だって、本人の意思だもん。んだから、首に縄付ける様な真似は逆効果なんよねぇ」
「そうなん?」
「そりゃ、そうよ。そう云う事をするとさぁ、却って仲間同士の結束が強くなって、絆っつーの? 仲間との関係が強くなって、取り返しが付かなくなっちゃうんよねぇ」
「はぁ。なるほどぉ……」
「あんで?」
めぐみは、河原での出来事を七海に話した――
「めぐみお姉ちゃん。そもそも、不良とヤンキーの違いが分かってねぇんじゃね?」
「えぇっ! 同じでしょう?」
「ちげーよ。不良っつーのは、金持ちのボンボン。ヤンキーっつーのは、家庭や周囲の環境、及び、人間関係からなんよ」
「ほぇ??」
「だから、その、更生させたい男の子っつーのは、家庭の事情で不良の仲間入りしたって分けでしょ?」
「うん」
「ひと言で言って、意気地なしな」
「うわぁ……言うねぇ……」
「めぐみお姉ちゃん、不良っつーのは沼なんよ」
「沼??」
「一度、足を踏み外して、沼に落ちると、藻掻けば藻掻く程、ズブズブと嵌って行って、抜けられなくなるんよね。一緒に悪い事をしている内は楽しいから良いんよ。でも、引き返そうと思った時には、お互いに、弱みを握られた関係になっているんよねぇ」
「経験者は、語るねぇ……」
「自分の目標を見失って、ぽっかり空いた、心の穴埋めっつーの? まぁ、普通に無理なんよ。あっシの場合は、総長が止めてくれたし、世間が如何に冷たいかを思い知っていたからさぁ。中卒なんて、実質、小卒だから、適当にあしらわれてお終いよ。高校くらい出ないと、理屈で負けるし、いちいち、無駄な説明をしなきゃなんないんよ。だから、不貞腐れて、貴重な時間を失っている事に、本人が、気が付かないと、どーにもなんないんよ」
「自分が気付かなければ、駄目かぁ……ふーん、無理ゲーかぁ……」
「それに、何より、あっシには、めぐみお姉ちゃんが、居るからさぁ」
七海は、めぐみに抱き着いた――
「あら? 私?」
「良き理解者であり、友達であり、時には母親代わりだったしさ……あっシには、強い見方が有ったから、超ラッキーなんよ。感謝しているんよ」
めぐみは、七海の成長した姿と、普段は窺い知る事の出来無い、横顔を見た気がしていた――
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