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お馬鹿さんと馬鹿息子。

 タオルを敷いて寝そべると「ほぉえぇー」と大きく息を吐いて、魂が抜けて行くような気分になった――


「七海ちゃん、悩み事が有るでしょ。お姉ちゃんに言ってごらんよっ! ほれっ、言ってみ」


「参ったなー、なんかぁ……お見通しって感じ?」


「妹と弟を失っても、まだ、お姉ちゃんが居るぞよっ! ほれっ、正直に言ってみ」


「うん、あんがと。あっシはさぁ、皆のお勉強を教えたりしてたでしょ? もうさぁー、栞ちゃん、出来が良いっつーか、賢いんだよぉ、教えるどころか、教えられる事も有って、あっシも勉強……しようかなぁ」


「えっ! あんだって? 最後が聞こえなかったんですけど? もういっぺん、言ってみ、ほれっ」


「だから、自分の学力が……足りない事に気付いたっつーの? 勉強がしたいんだよぅ!」 


「良いじゃない! 勉強しなさいよっ! でも学校に行ったら仕事が出来ないのか?」


「仕事は続けるよぉー、母ちゃんの事もあるしさ……定時制高校に通うつもりなんだけど……」


「良いじゃない。通いなさいよ。そんな事で悩んでいたの? それこそ、お馬鹿さんだよ」


「あっ、そう? んじゃぁ、社っ長サーン! マニー、マニー! 宜しく、ごっつあんです!」


「えっ! お金が無いの? そっか、働いた給料が学費で消えてしてしまうと生活が出来ないと云う事か。貧乏に追い着く程の稼ぎ無しって事ね……分かった! お姉ちゃんに任せなさい!」


「やったー!! 本当? めぐみ姉ちゃん大好き! あっシは幸せ者だよぉぉーっ!」



 めぐみは七海を送り届けると由紀恵に学校に通うことを報告して帰路に就いた――



 部屋に戻ると何時もの様に神官に「日報」を送り、地上の人間に金銭的援助をする事について一応、確認をした。すると、神官から「徳を積む事は天国主大神アメクニヌシノオオカミ様も御喜びですぞ。夏のボーナスを期待して下さい! 頑張って下さい、鯉乃めぐみ様」とメールでエールが有った。


「へっく、しょぉんっ! うーん、湯冷めしたか……?」



――翌日


 めぐみはパン屋の店主の了解を得て、入学の手続きを済ませ、七海は晴れて定時制高校に通う事になった――


「きっと、良い出会いが待っているだろう。そして、いつの日か『ついでになった私』も必要が無くなるのだろうなぁ……」


 そう思うと、少し寂しくなる自分に気付いた。地上の人間との生活に慣れ人間の様に振舞っているからなのか、いつしか人間達を愛する様になっていた――



  今日も喜多美神社は神聖な空気と静寂に包まれていた――



 ある日の午後――


 見慣れぬ親子が鳥居をくぐった。足が不自由な母親に息子が付き添って、ゆっくりと参道を歩いて行き、参拝を済ませると授与所に来た。


 母親は悲しげな表情で御札や御守りを見つめている。その横で息子が面倒臭そうにしていて、不穏な空気が漂った――


「母さん、要るの? そんなの。早くしてよ」


「ちょッと待ってよ……せっかく、お参りに来たんだから、お前にもこれを頂こうかしら……」


「恋愛成就? 要らないよ、必要無いから。無駄だよそんなの」


 息子の言葉を無視して母親が御札と御守りを典子に差し出し、紗耶香が会計を済ませて授けると、息子が不機嫌になった――


「だから要らないって! 余計な事しなくて良いですよ。あの、これ返品出来ますか? 要らないんで」


「止めてよ、良いから、ねっ、私が買ったの。これを持っていて、お願いだから」


「こんなの要らないって言ってるでしょう、無駄遣いだよ、馬鹿馬鹿しい」


 典子も紗耶香も黙っていたが、竹箒を持っためぐみが口を開いた――


「馬鹿はお前だ! 馬鹿息子!」


「何だと?」


「神聖な神社で授かった御守りを『返品』だの『こんなの』だのと言いたい放題! 子を思う親の心が分からぬのかっ! 戯け者が!」


「はぁ? 何ですかこの人。結婚する気の無い者が恋愛成就の御守りを持つ事の方が冒涜でしょう? 違いますか?」


 典子が気を遣って割って入り、他の御守りを勧めたが却って怒りを買ってしまった。


「あの、馬鹿にしてます? 言っておきますけどマザコンじゃないですよ。付き添いですから。世間ではエリートで通っているんです。神頼みをしなくても自分の事は全て自分で出来ますから!」


「止めて、巫女さんにそんな口を聞いてはいけませんよ。すみません、皆さんどうか許して下さい」


「エリート? 聞いて呆れるとはこの事だ! 母上に頭を下げさせるなど言語道断、この罰当たりの親不孝者がっ!」


「はぁ? お前なんかに言われる筋合いではない!」


 めぐみは電光石火で急所を蹴った――


「女性に向って『お前』と言うな! 馴れ馴れしい」


「暴力は止めろっ、訴えてやるぞ! まったく、女なんてヒステリックで我儘で、反論すれば暴力に訴えたり泣き喚くしウンザリだ! その上、男をATMか何かと思っている。生涯賃金の半分を渡すなんて冗談じゃない! まるで奴隷じゃないか! そんな価値がどこにあるんだ! 結婚なんて真っ平御免だ!」


 ふたりの睨み合いは続いていた。業を煮やした母親が言った。

「和彦さん、お止めなさい! 私が悪いの、これで良いでしょう? ねっ、もうお終い、帰りましょう」


「ああ、そうしましょう。もう、好きにして下さい。僕は関係ありませんからね」


「今日の所は母上の顔に免じて許してやる、次は只では済まないぞ!」


 見慣れぬ親子が去った後――


「あーあっ、ムカつくわぁー、イケメンでエリートが私の希望だったんですけどぉ、あんなのならぁ、イラネって思いましたよぉ」


「確かに、あれじゃあね……結婚しない方が良いよあの人、あのままで良いと思う。だって親にもあれでしょ? 一緒に生活なんて無理、無理。イケメンなのに残念」


 何も知らない神職がやって来た――


「めぐみさんにお届け物ですよ。んっ? どうかしましたか?」


 三人は顔を見合わせて罵った――


「今頃何よっ! 役立たず!」


 すると、めぐみのケータイのアラートが鳴った――


 嫌な予感がしつつ、画面を見ると「532Error」と表示されていた。


「クゥ―ッツ! マジかっ! きっついなーぁ、最大の試練の予感!」


 めぐみは健全な男女は普通に恋愛をしていて、ひと癖もふた癖もある人間の縁を結ぶ事の難しさに、頭を悩ませていた――

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