やって失敗、やらなきゃ後悔。
伊邪那美に「御札と御守り」を授けられた女性は、深い溜息の中だった――
「はぁ——ぁ。ふぅ――ぅ……何の取り柄も無い私が、日本一だなんて、夢のまた夢だよ……でも、何かを始めなきゃ何も始まらないしなぁ……兎に角、生きて行くためには、まず、仕事を探さなくちゃ……はぁぁ」
—— 三月二日 赤口 己未
「滝沢沙織さんね。これまでの職歴を見ますと、事務職、サービス業……ですよね? 我が社に応募しようと思った理由をお聞かせ下さい」
「はい、何でもチャレンジしようと思いまして……」
「ほう、随分と思い切りましたね? しかし、私共の仕事ですと……」
「やっぱり、ダメですか?」
「いえいえ、ダメじゃ有りません。若い女性に働いて頂ければ、願ったり叶ったりなのです。只、我が社は定年退職後の高齢者が多く、貴方の様な若い女性ですと……心配なんです」
「虐めとか? ですか?」
「いえいえ、虐めなんて、全く有りませんよ。あなた自身が、高齢者ばかりで嫌になってしまうんじゃないかと思いまして」
「それなら、大丈夫です。仕事は仕事です、生活の為、生きる糧ですから」
「うーむ。そうですか、固い決心なのですね。ちなみに、こちらの、サ-ビス業は……メイド・カフェと有りますが? お辞めになった理由を、お聞かせ下さい」
「はい。元々、スカウトをされて、断り切れずに働いたのですが、経営が悪化したと云う理由で、店長が、いきなり風俗店の様なサービスに切り替えると云うので……辞めました」
「あぁ、それは災難でしたね………えぇ、では、このボランティアとは?」
「動物愛護指導センターのミルクボランティアと譲渡ボランティアを三年程、させて頂いております」
「あぁ、里親探しですか? お若いのに、偉いですね。捨てる神あれば拾う神ありとは良く言った物ですね。えぇと、特技は…無し、長所と短所は『分かりません』と記入されていますが?」
「長所も短所も他者が決める事で、私が決める事ではないと思いましたので、そう書きました」
「あなたは正直な人ですね。採用決定です」
「本当ですかっ! 有難う御座いますっ!」
「勤務するとしたら、何時が良いでしょうか?」
「今日からでも働きたいです」
「あはは、いやぁ、有り難いのですが、今日は無理です。それでは、明日からで如何でしょう?」
「はいっ!」
「分かりました。それでは、明日の朝、八時に此処へ来て下さい」
「明日から、宜しくお願いします。頑張りますっ!」
喜多美神社は神聖な空気と静寂に包まれていた―-
「どうよ?」
「良かったですよ」
「あ――ぁ、ガッツリ、喰ったんだねぇ」
「もう、これでもかって言う位、激しく」
「喰いまくったんだぁ……」
「もう、露だくで、啜りましたよぉ」
「そんなに? 舌でレロレロしたんだ」
「もう、下唇がベロベロですよ」
「下だけにな」
「紗耶香ちゃんが、喜んでくれて良かったです。僕も大満足ですよ」
「逝ったのかぁ……」
「はぁ? 行きましたよ。東京大飯店の話ですよね?」
「違うだろっ!」
「あぁっ! 下ネタですかぁ? 下唇は火傷してベロベロだって言っているんですよっ! いやらしいなぁ……スケベ」
「若い男女なんだから、普通じゃないの」
「僕達は、交際を楽しんでいるんですよっ!」
「あららぁ、女なんて、押し倒せば何とかなるのよ?」
「僕は昭和の男じゃ有りませんからっ! 美しい恋愛をしているんです。そんな事より、めぐみ姐さんの方は、どうだったんですか?」
「私? どうって事は無かったよ。占いにお供しただけだからさ」
「え? 占いですかぁ? 伊邪那美様が?」
「そう。意外でしょ?」
「何を占ったんですか?」
「恵方。吉方位を気にしていたみたいね」
「ふーん、面白い事が有る物ですねぇ。伊邪那美様が吉方を知りたいなんて……それに、それだけの事に、めぐみ姐さんを、お供させたのも不思議ですよねぇ」
「そうでしょ? たった、それだけの事に『待てぇ――い』とか言うんだもの。参っちゃうよ。まぁ、私ら、凡神には理解出来ない事が有るんでしょうよ」
めぐみとピースケが話をしていると、参道を伊邪那美が歩いて来た――
「うーっぷす、げっぷ、げっぷ」
「あの、伊邪那美様、昨日は、情報提供して下さり、有難う御座いました。お陰様で堪能出来ました」
「うむ。それは良かったのぅ……うーっぷす」
「あれれ? 伊邪那美様、昨日よりも随分と、お腹が大きくなった様な気がしますけど?」
「めぐみ。やはり、女と云うのは良く見ているのぅ。お腹が張って苦しいのじゃ……うーっぷす、げっぷ、げっぷ」
「あぁ、それでお散歩ですかぁ……出産は、正しく『産みの苦しみ』なんですねぇ。お大事にして下さいね」
「心配など要らぬ。産みに産みまくったこの身体、ビクともせぬぞ、うーっぷす。だが、今回は、ちと、欲張り過ぎたかも知れぬのぅ……」
「はぁ??」
「あ、それから、昨日の娘が、近い内に此処へ来るやも知れぬ。その時は、力になってやるが良い、分かったな。さぁて、戻るとしよう。お前達も仕事に戻って良いぞ」
「お疲れ様です」
「足元お気を付けて、失礼します」
めぐみとピースケは、太鼓腹を突き出しながら歩く、伊邪那美の後ろ姿を見送ると、互いに顔を見合わせた——
「あれは、三つ子かなぁ?」
「いやいや、あの大きさからいったら、七つ子位の勢いですよ……」
「ヤバない?」
「マジで、ヤバいですよ。ところで、めぐみ姐さん。あの娘って、何の事ですか?」
「あぁ、いやぁ、私も良く覚えていないんだけどさぁ、私達の前に占って貰っていた女性に、伊邪那美様が『御札』と『御守り』を授けたのよ」
「伊邪那美様が直々にですか? それは、何か特別な理由が有るんでしょうか?」
「特別と云うか、気まぐれでしょう? まぁ、薄幸の女性に対する同情心から、情けを掛けたって事じゃね? 知らんけど」
めぐみは、次から次へ色んな事が起こる毎日の中で疲弊していた。それ故、頭の中はショーティと遊ぶ事だけが救いだった――
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