お役御免で、御免なさい。
ピースケが、紗耶香と一緒に行きたがっていると知った伊邪那美は、それならばと入手した情報を披露した――
「ピースケ。行くなら、水曜日の午後九時過ぎが良いぞ」
「え、そうなんですか? 次の日曜日に行こうと思っていたんですけど……」
「週末は、混雑が甚だしく食事は楽しめぬ。水曜日の九時過ぎならば、丁度、家族連れのピークが過ぎて、カップルでもゆったりと会話をしながら食事が出来る。十時を過ぎると、仕事帰りの独身サラリーマンが、大挙して押し寄せるからのぅ」
「流石ですっ! メモメモ」
「ぐぬぅっ……」
「伊邪那美様。何か、お勧めのメニューは有りますか?」
「うむ。先ずはジャンボ餃子。カリッと焼き上げておるが、肉厚でもちっとした食感が特徴じゃ。スープが溢れ出るから、火傷に注意せねばならぬのぅ」
「メモメモ……」
「あ、ふたりで行くなら、一枚で良いぞ」
「えっ、そんな美味しい餃子なのに?」
「名前の通りジャンボ故、ふたりでシェアするのが良かろう」
「なるほどです。それから?」
「その、ジャンボ餃子を迎え撃つのは……」
「迎え撃つのは?」
「そうよのぅ……豚バラレタスチャーハンじゃ」
「えぇっ! 白飯が最適では??」
「早計じゃのぅ。残念ながら、白飯を注文する者が居ないせいか、お米がチャーハン向きの硬めの炊き方がしてあるのじゃ。そして、ここの豚バラは、チャーシューではなく、角煮を使っておる」
「はぁ……」
「シャリ感のあるレタスとは対照的に、とろける様な食感で、八角の香りが、ほのかに香るのが良い心持じゃぁ」
「ゴクリッ……オイスター・ソースと角煮の煮汁が、混然一体となる感じですねっ! そっ、それから?」
「もちろん、メインは四川麻婆豆腐じゃ。舌と唇が痺れること請け合いじゃ」
「うぐっ! 初めてのチューみたいな感じですね……」
「そして、〆は担々麺じゃ。真っ赤なラー油が、胡麻たっぷりのクリーミーなスープに踊っている様は圧巻じゃぁ。濃厚な胡麻の深いコクは、筆舌に尽くしがたい……」
「でも、濃い味で、辛い物ばかりですけど……?」
「案ずるでない。四川麻婆豆腐の山椒で痺れた舌は、担々麺の濃厚な旨味を味わう序章に過ぎぬと気付くであろう。しかと、堪能するが良いぞ」
「はいっ!」
「お腹の具合と相談して、取り皿を貰って、仲良く分け合うのが最良であろう」
「ははぁ――っ! 有難う御座いまぁ——すっ!」
めぐみは、伊邪那美の情報量の多さに舌を巻いた。同時に「これで案内役は、お役御免になったぞ」と確信して、ほくそ笑んでいた――
「さぁてと、伊邪那美様。私達は仕事が有りますので、これにて失礼致します」
「伊邪那美様。有益な情を提供して下さり、誠に有難う御座いました」
めぐみとピースケは、深々と頭を下げた――
「うむ」
「さぁ、ピースケちゃん、行くよ。では……お大事にして下さいね」
ピースケが立ち去り、めぐみも後に続いたが、伊邪那美に呼び止められた――
「待てぇ――いっ!」
「ドキッ! あのぉ……まだ、何か?」
「お供せよ」
「お供? いやぁ、伊邪那美様の情報収集能力は私の遥か斜め上を行くモノで、今更、私が案内するなんて、ちゃんちゃら可笑しいですよぉ。えぇ、そりゃぁもう」
「案内は不要じゃ。お供をしろと申しておる。良いな」
「いやぁ、お供と言われましても……ねぇ」
「付き添いじゃ」
「付き添い? もしかして、産婦人科ですか?」
「産む事は、得意中の得意。神の出産に、人の手など不要じゃ」
「はぁ……」
「気になっている事が有るのじゃ。黙ってお供せい」
「はい。分かりましたぁ……」
めぐみは、返事はしたものの、何やら嫌な予感がして、憂鬱になっていた――
「はぁ。何だよ、お供って……せっかく、ショーティと公園で遊んで帰ろうと思っていたのにさぁ……まぁ、伊邪那美様には、逆らえぬ我が身を呪うしかないかぁ」
参道の清掃を終えて授与所に戻ると、ピースケが浮かれていた――
「きゃっほ、ふふふん、ららりらぁ――ん。おや? めぐみ姐さん、どうしたんですか浮かない顔で?」
「嬉しそうに、人を心配すなっ!」
「あれ。分かっちゃいましたぁ? 伊邪那美様が、行くなら水曜日が良いって、言っていたじゃないですかぁ?」
「だから?」
「今日は?」
「水曜日」
「そ——なんですよねっ! 今日が、水曜日だったりなんかしちゃったりしてぇ――っ!」
「おぁ?」
「紗耶香ちゃんに、OK貰っちゃ、ちゃったんですよねぇ」
「はいはい。行ってらっしゃい」
「何なんですか、その言い方。投げやりで、感じ悪いですよ? ははぁん、嫉妬ですね。ぷぷぅっ!」
「アホかぁ、嫉妬なんかしませんよ。あんたは紗耶香さんとデート、私は伊邪那美様のお供なのよっ!」
「え、お供ですか?」
「そうよ。何処へ行くのかは言わないし、こっちも聞けないしさぁ……鬱よ」
喜多美神社の日も傾き、仕事を終える頃、参道に伊邪那美が現れた――
「あぁ。もう居るのかよ……仕方が無い、行くかぁ。皆様、お疲れ様でしたぁ。帰りまぁ――すっ!」
「めぐみさん、お疲れ様。ピースケさんも紗耶香さんも、もう、上がって良いわよ。後は私がやっておくから」
「はぁ—――――いっ!」
「お疲れぇ、様でしたぁ。ピースケ君、帰ろ」
「うんっ!」
「あ――ぁ、若い二人はデートかぁ……食欲満たした後は、性欲もか?」
「止めて下さいよっ! 嫉妬しないで下さいっ!」
「ピースケ君、早くぅ」
「うん、紗耶香ちゃんゴメンね。行こう」
「チッ、イチャイチャしやがってっ!」
「参るぞ」
「ひぃっ! 何時の間に後ろに?」
「付いて来い」
「は、はぁい……」
伊邪那美は、狛江駅に向かって歩いていた――
「あれ? 伊邪那美様、何方へ?」
「占いじゃ」
「占い? まさか、あの、エセ関西弁のインチキ占い師ですかぁ?」
「インチキではない」
「いや、仮にインチキではないとしても、先を見通すなら、天海徹でしょう??」
「ふん、天海徹は見通すだけで、何も出来ぬのだ」
「役立たずって事ですか?」
「インポでも早漏でもない」
「そんな事、聞いてませんよ」
「先を見通したとしても……その先の未来を変える事が出来るのは、お主じゃ」
「えぇっ! 私ですか? いやぁ、私は……そんな、大それた事は……」
めぐみは、伊邪那美が何を言っているのか、サッパリ分からなかった――
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