腹が減っては妊婦は出来ぬ。
—— 三月一日 大安 戊午
めぐみは、何時もより早起きだった――
「行って来まぁ――すっ! 七海ちゃん、レミさんさんの朝食を宜しくね」
「うん、分かった。行ってらっしゃい、気を付けてね」
「はぁ——い」
めぐみは、自転車を車道に引っ張り出した――
「レミさんの事は、七海ちゃんに任せてと……リアル・モード、ONっ!」
〝 ぼわわわわぁ――――――――――――んっ! ″
「ショーティ、おはよっ!」
「めぐみちゃん、お早うだワン」
「今朝はぁ、早起きしたからぁ、河原の公園で遊んでから行こうっ!」
「わぁ——い、嬉しいな、楽しいな。ワンっ!」
めぐみが自転車に跨ると、ショーティに合図をした。すると、ショーティは荷台に飛び乗って立ち上がり、めぐみの肩に前足を置いた―—
「行くよっ! レッツラ・ゴーっ!」
「ワンワン、わぁ——い、自転車自転車ランラランっ!」
「楽しい?」
「うん。楽しいワンっ!」
ショーティは、嬉しさから自転車の速度にシンクロさせて、尻尾をプロペラの様にぐるぐる回していた。そして、キャッチ・ボールや追い駆けっこをして小一時間ほど遊んで満足をすると、給水を済ませて、喜多美神社へと向かった――
喜多美神社は神聖な空気と静寂に包まれていた――
「おっはようございまぁ―――すっ!」
「めぐみさん、お早う御座います。今日は朝から元気一杯で良いわ。その調子で、しっかり仕事をして下さいね」
「はいっ!」
「めぐみさんはぁ、張り切り過ぎなんですよぉ、典子さんにぃ、利用されるだけなんですよぉ」
「何よっ! 利用出来る者は利用するのが当然でしょっ! って、言うより、主体的に働く事は、利用なんかじゃ有りませんよぉ――――だっ!」
「手柄は何時も自分の物のクセにぃ、偽善者にはぁ、罰が当たるんですよぉっ!」
「ムカつくっ!」
「まぁまぁ、典子さんも紗耶香ちゃんも、朝から、そんなに興奮しないで下さいよ」
「あら? ピースケちゃんが仲裁に入るなんて、大人じゃん」
「まぁね。めぐみ姐さん、挨拶が遅くなりましたが、お早う御座います」
「おはよう」
「あの、ちょっとお話が……」
「何よ?」
ピースケは、めぐみと授与所を出ると、竹林の中で話を始めた――
「えぇっ! 和樹さんが剣術をマスターした?!」
「そうなんですよ」
「良かったじゃない。コレで、アチョアチョとかも無くなって、平穏な日常が手に入ったんだからさ。ねっ?」
「違いますよ、そんなんじゃ有りませんよぉ、嫌だなぁ、もう。和樹兄貴の剣術。それはもう、ハンパじゃ無いんですよ」
「そんな事を言ったって、ハンパだったら使い物にならないし、洒落にならないでしょう?」
「そりゃぁ、そうなんですけどぉ、そんなんじゃ、無いんですよぉ」
「何なのよっ!」
「和樹兄貴、戦に備えて、準備万端みたいな口振りで……真人間の皆もそうなんですけど、何か、こう、きな臭いって云うか……」
「ピースケちゃん。争い事が嫌なのは分かるんだけどぉ、武神・軍神としては、そうせざるを得ないのよ。どーせ、なぁ——んも、起こりはしないよ。案ずるより産むが易し・きよしって言うじゃない」
「あはは、そうですよね。ちょっと、心配し過ぎですよね」
めぐみとピースケは、竹林で密談をしていたが、ふと、気配を感じて、参道に目をやれば、何と、伊邪那美が歩いて来た。ふたりは身を屈め、様子を伺う事にした――
〝 のっし、のっし、ふぅ。 のっし、のっし、ふぅ。 のっし、のっし、ふぅ。 のっし、のっし、ふぅ ″
「あらら? どうしたんだろ……?」
「めぐみ姐さん、どうしたも、こうしたも有りませんよ。完璧に妊婦じゃないですかっ!」
〝 う――っぷす、げっぷ、げっぷ ″
「妊婦?? あぁ、そうか、そう云えば、安産祈願していたもんねぇ。アレは、つわりかぁ……」
〝 ゴォ―――――――――オ――――オ――――オォ、ゴゴゴゴォ―――――――――オ――――オ――――オォ、ゴゴゴォゴォ―――――――――オ――――オ――――オ――――ォンッ! ″
「何よコレ? 地響きがするんですけど、ヤバない?」
「めぐみ姐さん、何ビビっているんですか? 大した事は有りませんよ。まぁ、案ずるより産むが易し・きよしですって」
「あんた、それ気に入ってんの? 私は、こっちの方が気になるよっ! もう、あんなにお腹が出ているよ……」
「嫌だなぁ。それだって、萌絵ちゃんに比べれば大した事じゃ無いですよ。なんてったって、速攻出産」
「西野木誠に『それって俺の子じゃねぇんじゃね?』からの発狂だもねんねぇ」
「火を放つなんて常軌を逸してます。きっと、伊邪那美様は確りとした出産をする計画なんですよ」
「あぁっ! 立ち止まって、お腹を擦っているっ!」
「胎教のために本殿を出て、川のせせらぎや小鳥のさえずりなど、自然界に有る音の強弱やリズム『1/fゆらぎ』を全身で浴びているんですよ」
伊邪那美は、めぐみとピースケの存在に気付いた――
「そこにおるのは誰じゃ?」
「あぁっ! 見つかっちゃたよ」
「むむっ、めぐみとピースケではないかぇ? そんな所に隠れてナニをしておるのじゃ? くっくっく」
「変な想像しないで下さいよっ!」
「めぐみ姐さんと話をしていただけです。それより伊邪那美様。そろそろ本殿にお戻りなられては如何ですか? 冷えると胎教に良く無いですよ」
「うむ。ピースケ、その方は中々に優しいのぅ……うっぷす、げっぷ、げっぷ」
「ほらぁ、さぁ、早く……」
「いやいや、心配無用じゃ。コレは食後の運動なのじゃ」
〝 食後の運動―――――――――――ぅっ!? ″
「左様。中華がマイ・ブームなのじゃ」
「中華? ま、マイ・ブームなんて言葉を何処で??」
「だから、インターの側の。中華料理屋で」
「えぇっ! インターって、あんな所まで一人で?」
「うむ。あそこの餃子が旨いと聞いて」
「めぐみ姐さん、インターの中華料理屋って、陳さんのお店で修業した、腕の良い料理人が先月オープンした、東京大飯店の事ですよっ! 紗耶香ちゃんと、一緒に行こうと思っていたんです、伊邪那美様って、アンテナ張ってるなぁ」
「あんたは、テント張ってるクセに」
「めぐみ姐さんは、食い意地が張っているじゃないですかっ!」
めぐみとピースケが、意地の張り合いをしている最中、伊邪那美は、食べ過ぎてパンパンになったお腹を擦って、大きな溜息を吐いていた――
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