尋ね人、来たる。
めぐみとピースケが、社務所でお茶を飲んで休憩している頃、駐車場に複数の車が停まった――
「此処で間違い無いな?」
「へっ、間違いありません」
ランクルにハイ・エース、コンパクト・カーにワン・ボックス、軽トラまでと、様々な車から降りてきたのは、さして特徴も無く、中肉中背の男達だったが、腹の出ている者は一人も無かった。不思議なのは、何故か真ん中にスペースを開けている事だった――
「御免下さい」
「はい」
授与所に居た典子が対応に出ると、男は直角にお辞儀をしたまま話し始めた――
「すみません。神様を祀る神聖な神社、本来ならば、私共が足を踏み入れてはいけない場所と、承知の上で参りました事を、お許し願いたく存じます」
「あぁ、はい……あのぉ、何か御用でも?」
「へっ、参拝客でも無い私共が、こうして恥を忍んで参ったのは、分けが御座います」
「はぁ……そのぉ、御用件を承りますが……」
「有難う御座います。此方に、ピースケと言う名の漢が居ると聞いて、是非、一目会って、話がしたいと、やって参った次第です」
「あぁ、はい。ピースケさんは此処におりますが、何か御用でも……」
「本当ですかいっ! 此方にピースケさんが、いらっしゃるんですね?」
「はぁ……」
典子は、居ないと言った方が良かったのかもしれないと、複雑な心境になり、傍で話を聞いていた紗耶香は、ピースケに会いたいと言う男達の姿に、只ならぬ物を感じていた――
「若頭、間違いございません」
「おうっ」
「へっ」
男は、ケータイでピースケが居る事を連絡をすると、駐車場に黒塗りの車が現れた。その車は西ドイツの初代連邦首相コンラート・アデナウアーに愛用された事から「アデナウアー」の異名で知られ、ローマ教皇ヨハネ23世の専用車でもあり世界のVIPに愛された名車、MercedesBenz W189 300dだった――
〝 ガチャ、ガチャ、ガチャッ! ザッ、ザッ、ザザッ! ″
「組長、着きました。此方で」
「おう」
ドアの間から、真っ白い足袋が見えると、着物姿の組長が降りて来た。襟元から覗く首の皺から、痩せ細った身体が透けて見えた――
〝 バムッ。バムッ、バンッ! ″
「ご案内いたします」
「うん」
鳥居の前で一礼すると、それを潜らずに参道の敷石の端の土の上を歩いて来た――
「ピースケちゃんたら、何時まで拗ねてんのよぉ」
「だって、めぐみ姐さんが、意地悪するからでしょうっ!」
「もう、後で、ピースケちゃんの大好物の、蓬餅と塩豆大福を買って来るからさぁ、機嫌直してよ。ねっ!」
「えっ、本当ですかぁ? 嬉しいな………えへへ」
「後片付けも、私がやっておくから」
「そうですかぁ? じゃあ、お言葉に甘えて、先に行ってますっ!」
「はぁい」
すっかり機嫌を直して、スキップで授与所に向かうピースケ。直ぐに異様な光景に気付いた――
「あれ……? 何か有ったのかなぁ……」
授与所を囲む十数人の男達。恐る恐る近付いて行くと、授与所のガラス越しに典子が自分を指さすのが見えた。すると、男達の視線が一斉にピースケに向かった――
「うわぁっ!」
「ごめんなすって、貴方様が、ピースケさんですかい?」
「あ、はい。そうですけどぉ……」
「初めまして、私は田中組、若頭の会田と申します」
「た、た、たっ、田中組……?」
男達は、一斉に直角にお辞儀をした。すると、組長だけが直立不動で立っているのが見えた。そして、ゆっくりとピースケの前に歩いて来た――
「あんたが、ピースケさんだね?」
「あっ、はい……」
「ビビらなくて良いんだぁ。組と言っても暴力団じゃぁねぇからよ。おい」
「へっ! 私共、田中組は元々は火消し、鳶職人で御座います。地域の面倒事や世話をしている内に、道を外れ堅気の世界と袂を分かつようになった次第で」
「えぇっ、結局、堅気じゃないって、事ですよね……」
「ピースケさんよ」
「はいっ!」
「あんたを……漢と見込んで頼みが有るんだよぉ」
ピースケは、何を見込まれたのか、理解すら出来なかった――
「えっと、頼みと言われましてもぉ……僕なんかじゃ、何のお力にもなれない……」
組長は皺に埋もれた瞳をカッと見開いて、ピースケを見据えた——
「んじゃないかなぁ……って、思うんですけどぉ……」
「ピースケさんよぉ、頼まれてくれるね? くれるんだろう? おぁ?」
「あぁ、ぁ、僕に出来る事、限定ですけど? いや、かなり限定されると、思いますが……」
「頼まれてくれるんだなぁ」
組長の一言で、男達は色めき立った――
「おう、皆、聞いたかっ! ピースケさんが引き受けてくれるそうだっ!」
「流石、組長が見込んだだけの事は、有りますねぇ」
「あぁ、度胸が違うぜ、器がデカいっ!」
「やっぱり、漢の中の漢だぁ」
〝 バンザ——イ、バンザ——イ、バンザ———イ! ″
「あ、いやぁ、あのぉ、未だ、何の事か、全く分からないわけで……」
ピスケは狼狽えた――
「あんた『真人間』を知ってるよな?」
「真人間?! って、あぁ、皆が何かご迷惑でも? 謝ります、謝ります、どうか御容赦下さいませっ!」
「謝る? 誤っちゃぁ、いけねねぇよ。世直しをする『真人間』の方々の噂を聞いて、あんたがその元締めだと知り、足を運んだってぇ訳よ」
「いや、僕は、元締めなんかじゃ有りませんよぉ……友達って云うか、知り合い程度で……」
「御謙遜を。今の世の中、腐り切っているっ! 世直しが必要だぁ……そうだね?」
「あ、いやぁ……」
「そうだろぉぅっ!?」
「は、はいっ!」
「この国の行く末を憂う者が集い、力を合わせて世直しをしようって、事だぁ。戦うからには兵隊が必要だ。なぁ?」
「あ、あの、あのですねっ、『真人間』の皆は、本物の人間になったんです。あぁ、もう『普通の人間』になった、って云うかぁ、もう一般人な訳で……ちょっと、無理筋だと……」
組長以下、全員が、ピースケが何を言っているのか、理解が出来なかった――
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