顔で笑って、心で泣いて。
—— 二月二十八日 仏滅 丁巳
喜多美神社は神聖な空気と静寂に包まれていた――
「おざっす!」
「めぐみさん、お早う御座います」
「お、おはよう、ございますぅ……」
「めぐみ姐さん、おはようございますぅ……」
「あら? 沙耶さんもピースケちゃんも元気無いわねぇ……あぁ――ぁ、昨日、元気を使い果たしたのか?」
「ちょっと、めぐみ姐さん。止めて下さいよっ!」
「恥ずかしいですよぉ……」
「恥ずかしくなんか無いですよぉ。若い健全な男女なのですから」
「ピースケさん、紗耶香さん。恥ずかしいって、何が?」
「典子さん、昨日の衛星の打ち上げで……」
めぐみは、典子に耳打ちした――
「えっ! 何々? 多摩川で……いきり立つロケットを……ふむふむ。打ち上げたぁ―――っ!」
「典子さん誤解です、打ち上げてなんか、いませんからっ!」
「そうですよぉ、一緒にぃ、衛星の打ち上げをぉ、見物していたぁ、だけなんですよぉ」
「おやおや……」
「本当なんですよぉ、めぐみさんはぁ、揶揄っている、だけんですよぉ!」
典子とめぐみは、紗耶香とピースケを疑惑の目で見ていた――
「無実なんですよぉ、INNOCENT!」
典子の疑惑は確信に変わった。それは、紗耶香が横文字を入れる時は、やましい事がある時だと知っていたからだった――
「まぁ、良いでしょう。紗耶香さん、女は、もっと嘘が上手にならなくては……駄目よ。うふふふふふふふ」
典子の不敵な笑みに紗耶香とピースケは赤面していた。そして、めぐみは何時もの様に掃除を始めていた――
「何だかんだ言っても、埃は積もる。塵取りで取ろうが、掃き出そうが、結局、風に舞い上がり此処へ戻って来る……うーむ、宇宙の神秘って奴かしら?」
めぐみが拝殿の清掃を終えて、本殿の清掃の準備する為、拝殿を出ると、入れ替わりに神職の者達がやって来たー―
〝 ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ ″
「あら? 皆さん、清掃したら正装して、何か有るのですか?」
神職の者達は、めぐみを視野に入れず、無言で拝殿に昇殿した――
「ガン無視かよ……って?」
〝 どん、どん、どん、どんどんどんどん、どんどんどんどん、どどどん、どどどん、どどぉ―――――――――――――――んつ! ″
「おや? 太鼓の音、何の祈祷だろう……」
〝 高天原に神留り坐す ″
〝 皇親神漏岐 ″
〝 神漏美の命以ちて ″
〝 八百萬の神等を神集へに集へ賜ひ ″
〝 神議りに議り賜ひ―― ″
「おいおい、大祓詞? 大祓は六月でしょうに……あぁっ!? 何か、変な踊りが始まったよ……」
〝 なんだ坂、こんな坂 ″
〝 いやさか、いやさかっ! ″
〝 産んで、産んで ″
〝 産れて産んでっ! ″
〝 産んで、産み疲れて眠る迄 ″
〝 産んでっ! ″
〝 安産、スッポンっ! ″
〝 安産、スッポンっ! ″
〝 安産、スッポォ――――――――――――――――――ンっ! ″
「でぇ?! パクリ? あ、安産祈願?? 何で? 誰の? 分からんわぁ……」
〝 どどどん、どんどん、どんどん、どどんどんどん、どどどん、どん、どぉ―――――――――――――――んつ! ″
「皆の者。ご苦労であった」
「ははぁ――っ!」
めぐみは、目を疑った。何時の間にか真っ白な装束の伊邪那美が居たのだった。安産祈願は伊邪那美のためだった――
「ははぁん。神職の皆が目も合わせずに昇殿したのは、そう云う事かぁ……って、まさか妊娠した分けじゃないよね?」
神職の者達が役目を終え、社務所に戻って行くと、めぐみは、真相を確かめるために、本殿に向かった――
「こんにちは。失礼しまぁすっ!」
「おやおや、お嬢さん。どうかしましたか?」
「『どうかしました』って聞かれても、聞きたいのは私の方です。あの、たった今、伊邪那美様が、安産祈願を……」
「あぁ。まぁ、そう云う事です」
「え。そう云う事って?」
「おめでたです」
「えぇ―――――っ! 地上に来たばかりなのに? もう、妊娠ですかっ!」
めぐみが、地上に来た日数を指で数えていると、白装束から平服に着替えた伊邪那美が奥の方から現れた――
「騒々しいのぅ。めぐみ、何を騒いでおるのじゃ?」
「あっ、伊邪那美様こんにちは。あのぉ……伊邪那岐様から御懐妊と聞きましてぇ……」
「それが?」
「いや、えっと、日数的に早過ぎると言いますか……有り得ないなぁと、思いましてぇ……」
「そう。その方の指摘通り……早過ぎですっ!」
「あうっ!」
伊邪那美が、ビシッと見返すものだから、伊邪那岐は恥ずかしそうに下を向いた――
「ちょっと、何を言っているのか、分からないのですが……?」
「言わずもがな。その姿を見ての通り、下を向いていたのじゃ。情けない男……」
「下ネタかっ! 早いの意味が違いますよ。それに、情けないと言っても、出来ちゃったんでしょう?」
伊邪那岐は、増々、下を向いてしまった。めぐみは、嘗て死神として地上に現れ、ジェントル且つスマートで、JOJOに出て来そうな格好良いキャラだった伊邪那岐が、イラスト屋のイラストの様に、ポッと頬を赤らめて、ほっこりしている姿に愕然とした――
「めぐみ。我ら神は、人間とは妊娠のスピードが違うのじゃ」
「それなら、早撃ちでもOKでしょうにっ!」
「そう云う問題では無いっ!」
「えぇ? 納得、いかないなぁ……」
「まぁまぁ。こんな状況でも、仮とはいえ、嘗て契りを結んだ私の事を、フォロー出来るのですから。お嬢さんはエライっ!」
「照れるなぁ。って、褒められても、あまり嬉しく有りませんよ。まぁ、とにかく、おめでとう御座います」
「うむ」
「はぁい」
めぐみは、深々と頭を下げ、お祝いの言葉を伝えると、本殿を後にした――
「えぇ――――――っ! い、伊邪那美様が妊娠っ! だって、地上に来たばかりですよ? 想像妊娠じゃないんですか?」
「神様だからぁ、人間みたいに時間が掛からないらしいのよ」
「早っ! 早っ! そんな簡単に、出来るものですか……」
「あ。心当りが?」
「いやっ! まだですよっ! まだヤッてませんよぉ、そんな事……」
「今、そんな事って言いましたね。そんな事って……どんな事かなぁ?」
「そんな目で見ないで下さいよっ! めぐみ姐さん、意地悪だなぁ……」
ピースケは、ここぞという場面で邪魔をしておいて、疑惑の視線を向けるめぐみに「そりゃぁ無いよ」と心で泣いていた――
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