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恋愛成就と榊の葉。


――翌日 先勝 己巳


 玲子は何時もの様に社員食堂で朝食を摂った。そしてケータイで達也に連絡した。

「おはようございます。先輩、昨日はありがとうございました。久しぶりにダンスをして、本当に楽しかったです。それで、教室に通いたいのですが、よろしいでしょうか?」


「おはよう玲子さん。ああ、もちろん大歓迎だよ。ソシアルダンスの方で良いのかな?」


「いいえ、あの……リンディホップを習いたのです」


「本当かい! リンディホップなら、僕もまだ駆け出しだから、一緒に組もうよ!  玲子さんなら基本が出来ているから直ぐに上達する事を保証するよ! 良いだろ?」


「はい。喜んで! よろしくお願いします」


 恋する乙女に怖い物は無かった――

 


 玲子は研究室で顕微鏡を覗きながらも、足は軽快にステップを踏みスイングをしていた。


 研究室の研究員達は自然と楽しい気分になっていた。

「室長、今日はお身体の調子が良さそうで何よりです!」


 玲子は心までスイングしていた。

「皆さん、昨日はすみませんでした。ご心配をおかけましたが、もう、すっかり良くなりましたから。うふふっ。それから、毎週木曜日は定時で帰りますのでよろしくねっ!」


 仕事を終えると、めぐみに会いに喜多美神社に向った――



 一礼して鳥居をくぐると、神聖な空気を胸いっぱいに吸い込み参道を静かに歩いた。すると、拝殿の掃除をしている典子と紗耶香が見えた。手水舎で手と口を清めると真っ直ぐに拝殿に向った――


「カララーン、カララーン」


 鈴を鳴らし、お賽銭を入れ二拝二拍手をすると心を込めて祈った――


「神様。御報告致します。素晴らしい人と巡り会えました。良き縁を結んで頂き、誠に感謝致します。ありがとうございました」


 深くお辞儀をして神恩感謝を済ませて、振り返ると竹箒(たけぼうき)を持ち、清掃をしているめぐみが居た――


「めぐみさん、あなたの神通力で長年の苦しみから解放されて、私、目が覚めたわ! やっと前に進める。ありがとう」


「玲子さん、神通力? 長年の苦しみ? さぁ……何の事やら、私には……心当たりがありません」


「とぼけないで。良いじゃない、凄い能力だと思うの。きっと、苦しんでいる人達を救えるわ」


「苦しんでいる人達を救うだなんて……そんな、そんな、とても私には……」


「分ったわ。あくまでもとぼけるのね。 良いわ、それで。あなたは必ずやり遂げる! 私は信じているから、本当にありがとう。鯉乃めぐみさんっ!」


 めぐみは少し照れてしまった。そして帰り際に、懐から御守りをふたつ出して玲子に渡した――


「これをふたりでひとつずつお持ち下さい」


 玲子は微笑んだ――


「ほーら、やっぱり神通力! うふふっ。それでは、これは私から。お返しするわ、めぐみさんっ!」


 そう言って、出会った日に買った「恋愛成就」の御守りと(さかき)の葉っぱをめぐみの手のひらにそっと乗せた――


 めぐみは知らないふりをして、玲子は気にしていないふりをして微笑んで別れた。



 達也との恋は、まだ始まったばかり――


 玲子は閉ざされた心の扉を開け放ち、新たなステップを踏み出した。


 そして、軽々と『ホップ』した。 


 大西洋を飛び越えたリンディの様に――




 夜の(とばり)(とばり)が降りる頃。


 喜多美神社は神聖な空気と静寂に包まれていた――


 その静寂を打ち破るのは、何時も何時でも七海の元気な声だった。

「めぐみ姉ちゃーん! めぐみ姉ちゃーん!」


「はい、はい。何で二回呼んだ? 七海ちゃん、参道は静かに、走ったらダメ、ゼッタイ!」

 

「分かってるよぉーっ、走って無いじゃん、もう、帰っちゃたかと思ってさぁ」


「そうか、それは済まなかったね。でも、こんな遅い時間に珍しいわね、どうしたの?」


 七海は俯いて孤独な表情を浮かべた――


「あっシ、クビになったんよ。もうお終いだよぉ……」


「パン屋をクビになったの! 明日からどうするのよっ? お母さんが悲しむよ、きっと」


「ちげーよっ! 栞ちゃん達の世話係だよぉ! めぐみ姉ちゃん、そそっかしいなぁ、もうっ」


「なんだぁ、脅かさないでよ! クビなんて言うからてっきり……でも、どうしてそんな事に?」


「いやぁ、総長がさぁー、押し掛け女房っつーの? なーんか、イチャイチャしてるしさっ、あっシが邪魔者みたくなってさっ、せかっく兄弟が増えて喜んでたのにさっ、つかさちゃんも詩音ちゃんも崇介ちゃんもみんな私になついて居るから……三角関係になったらヤバいじゃん?」


「えっ? 三角関係? 何が?」


「だからぁー、クビっつーか、身を引いたって感じって感じかなぁ」 


「あははは、三角関係になんてなる訳ないでしょう! お馬鹿さんねぇ。でも総長が母親代わりなら安心だね。そっかー、それで、お役御免云う訳なんだね……」


「うん……あっシは、お馬鹿さんなんだぁ……」


「七海っ! 来いっ!」。


「めぐみ姉ちゃーんっ!」


 めぐみが両手を広げると七海は胸に飛び込んだ。そして、互いに「ガッシッ」とハグをすると、めぐみが頭を撫でた――


「よし、よし。まぁ、人生色々有るって事、そのうち良い事も有るよ。そうだ! 典子さんに『江戸っ子温泉物語』のクーポン券を貰ったから、これから行ってみるかい?」


「うん、行ってみるみるっ!」



 ふたりは駅前から出ている送迎バスに乗り、江戸っ子温泉物語に到着すると、開業したばかりで何処も彼処もピカピカで気分が高揚した。フレッシュなスタッフの元気な対応も良く、七海が少し元気を取り戻しているのが分かった。


 シャワーで一日の汗を流すと、内風呂に浸かり、温まると外に出て壺湯に身体を沈めた。「ふうぅぅーっ」と息を吐いて、月が輝き星達がキラキラと瞬く夜空を眺めた。暫くすると互いに顔を見合わせ「行くか!」と言って、風呂を上がり食事をしに行った。


「七海ちゃん、何食べる? 今日は私の奢りだから何でも好きな物を、食べたいだけ食べて良いよ! しかし、何でも有るのね、迷ってしまうなぁ」


「めぐみ姉ちゃん、食いしん坊だからなぁ、まーだお風呂に入るんだから、消化不良になるからあんまり食べちゃダメ! ざる蕎麦がベストなんよっ、こーゆー時は!」


 ざる蕎麦を軽く手繰って小腹を満たすと、ふたりは岩盤浴に向った――


いつも元気で明るく振舞う七海だが、実は周りに気を遣わせない様に気を遣っている事をめぐみは知っていた。そして傷付き易いのに傷付かないフリをしている姿がいじらしかった――








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