知らぬ顔の半兵衛。
素戔嗚尊は、黙り込むふたりに、痺れを切らせた――
「黙っていたんじゃぁ、分からねぇよ。ようっ、ミカちゃん。おいらは、敵じゃぁないんだぜ。さぁ、話してごらんよ」
「はい。アマテラス様は、身支度を整える為、丁度、人払いをしていました。その隙に……見知らぬ男達が侵入して来て、不思議な盾の様な物で囲んだのです」
「不思議な、盾の様な物たぁ……どんな物だい?」
「身の丈程の、黒い石板の様な物です……」
「うーん、その盾に身を隠せば、誰にも見えねぇってぇ、寸法だな」
「はい。そして、その盾でアマテラス様を囲み、追い詰めた時に、突然、鏡になったのですっ!」
「ははぁん、そうかい……ふーん、なるほどねぇ。それで?」
「アマテラス様は、逃げようとしましたが四方八方、囲まれて逃げられず……光り輝く自分自身の姿に目が眩み……」
「自ら放つ輝きに眩惑されて、目が眩んだってぇ事かい?」
「はい。その不思議な盾が合体して八角柱になると、アマテラス様は閉じ込められてしまったのです」
「そうかい。それで担ぎ出されたんだな?」
「はい……」
「だけど、ミカちゃん。近衛兵も、それを黙って見てたのかい?」
「お祭りだった事も有り、振舞われた清めの酒に……毒が」
「盛られたって分けかぁ……」
「私達が、気付いた時には既に、身動きひとつ出来ず、ただ見ている事しか出来ませんでした。うぅっ……」
「おっと、ミカちゃん。泣かないでおくれよ。そりゃぁ、辛かったねぇ……分かるぜ」
「スー殿。アマテラス様を誘拐した影の軍団は、人里離れた山奥の地下に、巨大な要塞を作り、更に、地底数千メートルの穴を掘り、その中にアマテラス様を閉じ込めたのです」
「おいおい、長老さんよ。そこまで、分かって居るなら、サッサと、助け出しゃぁ良いじゃねぇか?」
「ところが、天手力雄命でも、動かせない程の、大岩と鋼鉄で出来た巨大な蓋をしてあり、到底、動かす事は出来ません」
「ふぅーむ。万事休すってぇ事かぃ? 参ったねぇ……」
「ところが、スー殿。参ってはいないのです……影の軍団は、一千日の監禁で、アマテラス様を闇に葬り去る計画だったのです。ところが、一千日経って、蓋を開けてみれば、そこにアマテラス様は居なかったのです。アマテラス様は、脱出していたのです」
「何だってぇ?! それじゃぁ……全て、解決じゃぁねぇのかぃ?」
「いいえ、影の軍団は、アマテラス様が居ない事に狼狽し、市中を虱潰しに探し回り、その乱暴な振る舞いに馬脚を現し……我らは、その事実を知る事となったのです」
「なるほど、そいつを取り押さえて、白状させたって分けだな」
「はい。しかし、直ぐに仲間の手によって、殺されてしまいした」
「死人に口無しかぁ……ケツに火が付いたとはいえ、随分と荒っぽいねぇ。しかし、脱出したってんだから、最早、憂う事無しじゃぁねぇのかい?」
「ところが、アマテラス様は、何時まで待っても、中宮には戻らず、行方不明のまま……何の、伝手も無い我々にも、アマテラス様が何処へ行ってしまったのか、分からないままなのです」
「行方知れずとは、解せねぇなぁ。そりゃぁ、一体…………!? ははぁん、それで、その『御札』に意味が出て来たってぇ事だな?」
「はい。その通りです」
「面倒な事に、なったもんだねぇ」
「アマテラス様が、ミカに託した『御札』は、アマテラス様が『天鈿女命に渡して欲しい』と書いた物なのです」
「ふむ。その『御札』に何か秘密でも有るかい?」
「それが、『御札』を包んだ手紙に書いて有る文字は解読不能で、分からず仕舞い」
「難儀だねぇ」
「影の軍団が、躍起になって探している事が、たった、ひとつの手掛かり……」
「スーさん、私が、天鈿女命様に、この御札を渡しに五十鈴川を超えると、直ぐに、あいつ等に襲われたのです」
「ミカちゃん。お前さんが、出立する事を知っていたのは?」
「近衛兵なら、皆、知っている筈です……」
「その中に、間者が居る事は間違いねぇな。さぁてと、近衛兵の中に、振る舞い酒を配った奴は居るかい?」
「まっ、まさか……!?」
ミカと長老は、顔を見合わせると、ゴクリと固唾を飲んだ――
「どうやら、間違いは無さそうだなぁ……」
「ぐぬぅっ! まんまと騙されていたとは。早急にひっ捕らえて、処罰………」
「おーっと、そいつはいけねぇな」
「しかし、スー殿。このままにしておく訳にはまいりませぬ」
「長老さんよ。『急いては事を仕損じる』って言うじゃねぇか」
「何か妙案でも? 私達はこれからどうすれば良いのでしょうか?」
「知らぬ顔の半兵衛を決め込んでもらいましょうかねぇ。そのまま、何も知らないフリをして相手を利用するのが吉だ」
素戔嗚尊は、偽の『御札』を作り、近衛兵全員が目の届く神棚に置く事を提案した――
「なるほど……」
「スーさん、それでは、この御札は……」
「ミカちゃん。そいつは、おいらが預かっておくぜ」
「でも、この『御札』は、アマテラス様から、肌身離さぬ様にと……」
「ミカ。心配しなくて良い……偽物だろうと、本物だろうと、お前が持っていれば、再度、命が狙われるであろう。この『御札』がスー殿と引き合わせ、お前の命を守ってくれたのじゃ」
「はい」
長老とミカは、素戔嗚尊に『御札』を手渡し、お礼を言うと、深々と頭を下げて去って行った――
「典子さん、紗耶香さん、ピースケちゃん。お先に」
「めぐみさん、お疲れ様」
「お疲れ様でしたぁ」
「めぐみ姐さん、気を付けて帰って下さいね」
「うん、あんがと。じゃあね」
めぐみは、自転車に跨り帰路に就いた。頬を撫でる風には春の匂いがしていた―
「ただいまぁ……っても、誰も居ないのよねぇ。はぁ、畏まってたから、椿山荘の料理を堪能出来なかった事が悔やまれるわぁ。そして、今。何か小腹が空いているのよねぇ……」
何気なく冷蔵庫を開けると、見知らぬ包みを発見した――
「なになに? 蕎麦処・而今庵、蕎麦の実プリン……マジで最高かっ! ラッキーっ!」
めぐみは、蕎麦の香りと、舌の上でねっとりと纏わり付く自然な甘味を堪能し、感嘆した――
「旨んまっ! クッソ旨んまっ。Fuckin Greatですがな」
「ただいま」
「あ、七海ちゃんお帰り。遅かったね」
「うん。夕飯は、最高のマグロの中落ちが手に入ったから、ネギトロ丼にしたお」
七海は、一旦、仕舞おうと冷蔵庫のドアを開けた――
「あれ!?」
「何よ?」
「おろ?」
「何?」
「而今庵のプリンが無いお……」
「レミさんが、食べちゃったんじゃない?」
めぐみは、知らぬ顔の半兵衛を決め込んだが、口元にカラメルと蕎麦の実が付いている事を、七海は見逃さなかった――
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