壁に耳あり、障子にMary?
素戔嗚尊は、腹が減っていたせいか、ミカの持って来たお弁当をペロリと平らげた――
「ふぅ。食った、食ったぁ。御馳走さんっ!」
「お口に合って、良かったですぅ」
「いやぁ、ミカちゃん。あんた、料理が上手だねぇ。良い嫁さんになるぜっ」
「有難う御座います。うふふふ」
「ところで、スー殿。二、三、お伺いしたい事が有るのですが?」
「スー殿なんて、よして下さいよ。おいら、てぇした事は、してやいねぇんだ。こんなに旨い物まで食わせて貰ったら、嫌とは言えねぇ。何でも聞いておくんなさい」
「はっ、貴方様は何故、危険を顧みず、ミカを助けたのですか?」
「そりゃぁ、行き掛り上、そうなっちまっただけですよ」
「八人の男達に、怪我ひとつさせずに追い返したと聞きましたが、何故、相手を切り殺さなかったのですか? あなた程の、腕に覚えのある御方なら容易いはずではありませんか?」
「まぁねぇ、何て云うのかなぁ。おいらは、粋な男だからよっ。綺麗さっぱりと片付けたってぇ事よ」
「しかし、再び襲い掛かって来る危険を思えば、一思いに始末するのが得策と心得ます」
「長老さんよ、そんな、大そうな事じゃねぇよっ、まぁ、成り行き任せでそうなったってだけで、よぉ……」
素戔嗚尊は、はぐらかそうとすればする程、長老に追い詰められた――
「聞けば、合口を抜いた八人の男を手玉に取り、あっと言う間に投げ飛ばしたと?」
「まぁ……偶々、運が良かったんじゃぁ、ねぇかなぁ……」
「ミカの話によれば、大立ち回りでは無く、軽やかに……まるで、舞を舞っている様だったと?」
「あぁっ、さっきも言ったろ? おいら、粋な男だからよっ。虚勢を張ってオラついたり、ぶっ殺すぞっ! なんて吠えるのは、シラケっちまうんだよなぁ」
「ふっふっふ。 余程……自信がお有りと、お見受け致します」
長老の顔に深く刻まれた皺の中に埋没していた瞳が、カッと見開きギロリと睨んだ――
「ぐぬぬっ……」
「その、殺法。何処で身に付けなさったので御座いましょう?」
「はぁ……それは、そのぉ、説明が難しいねぇ。そうさなぁ、何か書く物が……ミカちゃん、紙と鉛筆は有るかい?」
「はい。これをお使い下さい」
素戔嗚尊は、ミカの差し出した鉛筆とノートを手にすると、何かを書き始め、書き終えると、ふたりに見せた――
〝 壁に耳あり、障子にメアリー。身内に敵の間者が居るぜ ″
長老は、静かに頷いたが、ミカは驚きを隠せなかった。そして、筆談を悟られぬ様に会話を続けた――
「うーむ。やはり、太刀筋を見抜いておられたか……見事な身の熟しで御座いますなぁ」
「まぁ、もし、本気を出して奴らを切り刻んでいよう物なら……それこそ、相手は血相変えて襲い掛かって来るでしょうからねぇ。それじゃぁ、こっちの命が危ないってんで、上手に逃げたってぇ分けですよっ!」
「こりゃぁ、面白い。賢明な御判断でしたなぁ」
「うふふふ。ふふふふふ」
「あははは?」
〝 あぁ――はっはっはっは、あぁ――はっはっはっは、あぁ――はっはっはっは ″
「さぁてと、ちょいと失礼」
素戔嗚尊は、すっくと立ちあがった――
「おや、何方へ?」
「出物、腫れ物、所構わずってね」
「はぁ……?」
「ちっ、粋じゃないねぇ。ション便ですよっ! 言わせんなっ!」
「まぁ、うふふふふ」
「これは、失礼しましたぁ……」
素戔嗚尊は、本殿の扉まで歩いて行くと、扉に手を掛け、大きく開け放った――
〝 バアァ――――――――――――――ァンッ! ″
長老とミカは、微かな衣擦れの音と、草を踏む足音を聞き逃さなかった――
「ふぅ。どうやら、居なくなったようだぜ」
素戔嗚尊は、深く息を吐いて扉を閉めると、長老とミカに向き直った――
「さぁてと。そっちの吟味は済んだろう?」
「ぐぬぬっ……」
「今度は、こっちが吟味する番だぜ。良いかい?」
「はぁ……」
粋な遊び人のスーさんは、険しい表情に変わった――
「事の次第を、話して貰いましょうか?」
「いや、しかし、それは、御容赦を……」
「長老さんよ、そうは行かねぇよ。なぁに、通りすがりの旅人だ。心配する事ぁ、ねぇんだよ。このままじゃ、再び狙われるぜ。しかも、一度、しくじった以上、次は命はねぇよ」
「はい……」
ふたりは顔を見合わせて頷くと、長老は、震える拳を握りしめて話した――
「我らは、アマテラス様の近衛兵で御座います」
「ほう。近衛兵と言えば、腕っぷしの強ぇ、選び抜かれた武人だろうに? その近衛兵が、何だって狙われるんだい?」
「まぁ、身内の恥を晒す事は……」
「スーさん、それは、私が持っている、御札のせいなんです」
「ミカっ! 余計な事を言うでない、口を慎めっ!」
「長老、この方は、私の命の恩人ですっ!」
「黙りなさいっ!」
「いいえ、黙りません。もう、洗い浚い、全て話すべきですっ!」
「ようっ、痴話喧嘩は後にしてくれねぇかい。ミカちゃん、続きを話しておくんな」
「はい。この御札は、私がアマテラス様から手渡された、大切な御札なのです」
「だけど、大切ったって、命を狙われたんじゃぁ、割に合わねぇ。荷が重過ぎやしねぇかい?」
「勿論です。でも、元々、この御札には意味が無かったのです」
「ん? するってぇと、何かが切っ掛けで、重要な意味を持つ御札に変わったってぇ事かい?」
「はい。その通りです……」
「ミカちゃん、言い辛ぇとは思うが……聞かせて貰おうか?」
本殿に、重苦しい空気が漂った――
「あれは……三年前の夏祭りの晩の事です。アマテラス様は、天鈿女命様のサマー・フェス、ワン・ナイト・パフォーマンスに招待されていました。ところが、喜び勇んで外へ出た所、何者かに囲まれ、誘拐されてしまったのです」
「囲まれたって言ったって……お前さん達、近衛兵だって居るだろうに、どうして、攫われちまったんだい?」
ミカは、目を潤ませて唇を噛み、長老は、瞼を固く閉じて肩を落とした――
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