知らぬは女神ばかりなり。
―― 二月二十六日 友引 乙卯
喜多美神社は神聖な空気と静寂に包まれていた――
「めぐみ姐さん、いよいよですね」
「いよいよだわぁ」
「遂に、親子対面かぁ……感動的ですねっ!」
「さぁ……涙、涙の再会で済めば良いけどねぇ」
「良いけどって……どうかしたんですか?」
「伊邪那美様が、調子に乗って居るんだわ」
「えぇ? どう云う事ですか?」
「若作りしちゃってさぁ、地上を満喫しているって云うの? 自由な感じ」
「何だぁ。良いじゃないですかぁ、それ位の事。そんな事で嫉妬するなんて、めぐみ姐さんらしくないですよ?」
「嫉妬じゃねンだわ。何か、腹が立つんだよねぇ……」
「何だと。何か言ったかぇ?」
めぐみが、その声に振り返ると、其処には、伊邪那美が身支度を整えて立っていた――
「ひぃっ、な、何も言ってません。あはは……」
「フッ。聞こえておる。今更、取り繕わなくて良いぞ」
「すみません……」
「めぐみ、謝らなくても良いぞ。私は黄泉の国の住人となり、身も心も腐り果てていたのじゃ……そこから、地上に蘇らせてくれた事を、心から感謝しておるのじゃ」
「感謝をしているのなら、もう少し、待遇を改善して頂きたく存じます」
「うむ。勿論じゃ」
「本当ですかっ! やったぁ! じゃぁ……」
「但し、物には順序と言う物が有ぁ――るっ! その方の待遇よりも、まずは私の待遇を改善しなければならぬ。そうじゃな?」
「うぐっ、ハイとしか言えない、この雰囲気が腹立つ――ぅ!」
「良いか。私は黄泉の国で髪は抜け落ち、身体中から蛆が湧き、正に、正に、ゾンビその物だったのじゃ。エステに通い、ネイルも仕上げ、ボディ・ケアを徹底するのが最優先じゃ」
「自分の事ばかり」
「それ位の事をしても、罰は当たらぬ。そうは思わぬか? いや、思うのが当然じゃ。のぅ?」
「のぅ? って、罰を当てる側の神様に言われても、説得力ゼロですっ!」
「カロリー・ゼロじゃっ!」
めぐみと伊邪那美が睨み合い火花を散らすので、ピースケが割って入った――
「まぁ、まぁ、おふたり共。今日は、目出度い日なのですから。それに、こんな所で睨み合っていたら、遅れてしまいますよ?」
「はっ! 言われてみれば、もう、こんな時間っ!」
「ふむ。では、参ろうぞ。GO! GOっ!」
「ごっ、GO?」
「伊邪那美様ぁ、行ってらっしゃいませ。フゥ、フゥ――――――――ッ!」
「ピースケちゃんっ!」
めぐみは、慌ててタクシーで椿山荘に向かった――
「遂に、我が子と……これ程までに嬉しい事は無いぞよ」
「何だか、私が緊張して来たよ……」
椿山荘に到着すると、丁寧に出迎えられ、料亭に案内された――
「ご予約の、火野柳様ですね。会食まで少々お時間が有りますので、お庭でも散策されては如何ですか?」
「有難う御座います。では、後程……あら? 伊邪那美様?」
言われるより早く、伊邪那美は庭を眺めていた――
「おぉ。美しいのぅ……河津桜に寒緋桜、何と言っても、椿の花よ……」
「椿がお好きなんですね」
「おや、貴方は昨日の?」
「こんにちは」
「こんにちは。昨日は、送って頂き助かりました。改めて感謝申し上げます。有難う」
「いやぁ、お安い御用ですよ。礼なんて要りません」
「しかし、奇遇じゃのぅ」
「そうですね。こんな所で会うなんて、何かの縁かもしれませんね。今、この庭の桜や椿が、此処で一緒に咲いている様に」
「そうかもしれぬ。桜と椿の競演も見事じゃのぅ……」
「今は丁度、咲き変わる頃です。冬咲きは十二月から二月、そして、春咲きは三月から五月に咲きます。親から子へ世代を交代する様に見えて、良い物ですよねぇ……」
そこへ、遅れて七海がやって来た――
「遅れちゃってゴメンね。あぁ? おばさん? 何してんの?」
「おぉ、七海。昨日は世話になったのぅ。今日は、此処で会食が有るのじゃ」
「マジで? 一緒じゃんよっ! 世間は狭いお。ねぇ、それって、昨日、買った服? ガチでイケてるじゃんよぉ―――っ! バッチリ決まってるぜっ!」
「フッ、でしょ?」
「ねぇ、あっシも、決まってるっしょ?」
「うむ。ガチでマジでイケておるぞ」
「会食って、緊張すっけどさぁ。テンション上がるっつーの? こんな綺麗なお花に囲まれて、何か、幸せな気分だお」
「そうだね。花の色によって異なるけど、椿の花言葉は、『控えめな優しさ』『気取らない優美さ』『誇り』『完全な愛』『理想の愛』なんだ。華やかで存在感のある花姿とは裏腹に、その控えめな香りに由来しているんだ。寒さに負けずに咲き誇る様子から『誇り』という花言葉が付けられ、平安時代の貴族の間では『高貴な花』『聖なる花』として扱われていたんだよ。冬でも葉を落とさない最高の吉祥木とされ、縁起の良いものとして、日本人に長く愛されて来たんだよ」
「そうなんだぁ……」
「七海ちゃん、僕は席の確認をしてくるから、此処で待っていて」
「うん」
駿が料亭に向かうと、迷子のめぐみと鉢合わせをした――
「あっ、めぐみちゃん、何処へ行くの?」
「あっ、駿さん、こんにちは。伊邪那美様が行方不明で探しているんです」
「そうなの? もう直ぐ時間だから、早く探さないとね」
「そうなんですよ、私も、仕事に戻らなければならないので……」
「え? 予約は四名からだから、めぐみちゃんも予約してあるんだよ?」
「えぇ? 本当ですか? それじゃ、急いで探して来ますのでっ!」
食いしん坊のめぐみは、料亭・錦水の三万円の会食にやる気を出したが、トイレにロッカー・ルーム、従業員の控室まで、館内を隈なく探し回っていたが見つからなかった――
「ったく、人の言う事を聞かない自由人だから困るよ……」
ふと、庭へ目をやると、ひとり佇む伊邪那美の姿を発見した――
「居た居た居たぁ――っ! もう、探しましたよ。勝手に行動しないで下さいよっ!」
「おぉ、めぐみ。そろそろ時間じゃな?」
「ったく、暢気ねぇ。ちゃんと言う通りにして下さいね」
案内された個室には、既に、駿と七海の履物が有った――
「おぉっ! 我が子に会える喜びよっ!」
めぐみは、気が逸る伊邪那美の進路を大の字で塞いだ――
「待てっ! 待てっ! 良いですか、気を確り持って。いよいよ三千年ぶりに我が子に会うんですからねぇ『はい、こんにちは』ってな分けには参りません。私が先に入ってぇ、それから紹介をしますから。勿体付けて入って来て下さい。良いですね?」
「う、うむ、分かった……」
伊邪那美は、鬼気迫る迫力に押され、従うしかなかった。めぐみは、もらい泣きの準備を整え、最終的に美味しい所を全部持って行く「ご対面コーナー」の桂小金治を気取っていた――
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