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恋はスイング! ホップしてっ!

意識が戻ると、そこは研究室だった―― 


「室長! 室長! 大丈夫ですか? 室長が居眠りなんて珍しいですね、だいぶお疲れの様ですから、今日はお帰りになったら如何ですか? 後は私達がやりますから」


「あぁ、そうですね……体調が悪いので今日は帰ります。後はよろしくお願いします……お疲れ様」


 玲子はそう言ってやり過ごしたが、戸惑っていた――


「研究室で居眠りなんてする訳が無い……本当に疲れているのかな……」


更衣室で着替えを済ませると、駐車場に向った――



 車に乗り込み、エンジンを掛けようとするが掛からない。


「シュン、シュン、シュン、シュン…………」


 ディーラーに連絡しようとケータイを取り出し掛けたが、何度コールしても話し中で繋がらない――


「ツー、ツー、ツー、ツー、ツー、ツー、」


「もうっ、役に立たないわねっ!」


 愕然としていると工場長の名刺を貰っていた事を思い出し、名刺入れから取り出そうとした時に一枚の名刺が滑り落ちた――


「立川・ソシアルダンス・クラブ 代表 村山達也」


「あっ、先輩の名刺……」


 室内灯が一瞬、点いたかと思うとインスツルメント・パネルとモニターが起動し、エンジンが始動してETCカードのインフォメーションが流れた――



 玲子は研究所を出ると躊躇なく立川ダンス・クラブに向った。心臓を突き抜けた短刀の傷が塞がって手放していた恋心が戻っていた。



 立川ダンス・クラブは大型複合施設の中に有った――


 車を停めると、駐車場からケータイで連絡をした。すると、達也の明るい声と楽しい音楽が聞こえて来た――


「今日はリンディホップのレッスン日なんだけど、大歓迎だよ!」


 玲子はリンディホップという聞きなれない言葉に戸惑ったが、イレギュラーなレッスン日だと理解してエレベーターに乗り込んだ――


「このボタンが運命を変えるかもしれないっ!」


 そう信じて震える指でボタンを押した――


「ティン・トーン!」目的のフロアに着くと、達也の居るダンス・クラブへと向かった。勇気を出した玲子は、まるで背中に羽が生えているように軽やかに歩いた。


 そして、恋のトキメキと心臓の鼓動が魂を揺さぶった――


「もう何も恐れる事は無いよ、このドアの向こうに未来の私が待っているの……勇気を出して!」


 玲子はドアの前に立ち、そう心の中で呟くとトキメキが聞こえるドアをノックした――


 そのドアを開けた達也が笑顔で迎えてくれた――


「待ってたよ、玲子さん!」


 激しく鼓動する心臓が一瞬止まり――再び鼓動をし始めると楽しい音楽が聞こえて来た――


「玲子さん、リンディホップなんだけど……どう? やってみる?」


「いや、いや……先輩、リンディホップなんて知らないし、もうダンスなんて、あの日以来やって無いから無理ですよ。見学させて下さい」


「ああ、分かった。でも、踊りたくなったら声を掛けて!」


 そう言って達也はレッスンに戻って行った――


 優雅にワルツを踊る達也を観るつもりが見学となり、暫くの間レッスンを見ていると、ソシアルダンスとは全く違う事に驚いた。スイングジャズにブギウギに何とロックンロールまで、落ち着いたステップからアクロバティックなアクションまで有り、楽しそうに踊る生徒の中には高齢者も居た――


「あんな風に歳を重ねて、ずっとふたりでダンスが出来たなら……何て素敵だろう……」


 玲子は興味を惹かれて踊ってみたいと思った。演奏が終わり休憩になると、恋心が勇気を与えていた――


「先輩、私にも……出来るかな?」


 達也はにっこり笑った――


「そう来なくちゃ! こっちへ来て!」


 ダンスフロアで基本のシックス・カウント・ステップの説明をして、一緒に練習をすると直ぐに覚えたので、音楽を掛けながら合わせる事にした。 


「玲子さん覚えるのが早いね。本当は何処かでやった事が有るでしょう?」


「もう、先輩、からかわないで下さい、リンディホップなんて観た事も聞いたことも無いですよ」


「リンディホップは二〇年代にニューヨークのハーレムで生まれ、スイング時代に人気を博したダンスなんだけどソシアルダンス程、知られては居ないからなぁ……」


「先輩、何でリンディホップって言うのですか?」 


「1927年に初めてニューヨークからパリに単独飛行をして大西洋を渡ったチャールズ・リンドバーグにちなんで、愛称である『リンディ』と、大西洋を飛び越えた『ホップ』から名付けたんだ」


 音楽に合わせて夢中でダンスをすると心が弾んでホップした――


 身も心も踊る楽しいひと時はあっと言う間に過ぎ去って行った――


「楽しかったです。ありがとうございました」


 そう言い残して玲子は帰路に就いた――


 帰宅途中の車の中から見える景色が何時もより輝いて見えた。新鮮な気持ちになって、今日一日を振り返ると、大きな一歩を踏み出した自分に勇気付けられた――



 帰宅してジャケットを脱いでハンガーに掛けると、床に「はらはら」と葉っぱが落ちて不思議に思った。


「車の窓も開けていないし、公園に行った訳でもないのに何故こんな……(さかき)の葉だ!」


 記憶の底で「何か」が繋がった――



 玲子はシャワーで汗を流すと、ベランダに出て夜空を眺めていた。上弦の月が白く輝いていた。



 就寝前に歯を磨くため洗面台の前に立つと、鏡に映る自分の顔を見ても、もう、ブスだとは思わなくなっていた。そして歯磨きを終えて顔を上げて鏡を見た時、巫女装束のめぐみが映った――


 玲子は全く驚かなかった。そして鏡の中のめぐみに微笑んだ――


「私、後悔して無いよ。神頼みをして本当に良かったと思っている。ありがとう、めぐみさん!」



 めぐみは天に昇り短刀の返却の手続きを済ませて「日報」を書いていた。


 すると「そっそそっそそっそそっそ」と足の音と「サシサシサシサシ」と衣擦れの音が聞こえた。そして、足音が止まるとドアをノックした――


「コッツ コッツ コッツ」


 めぐみが「どうぞ」と言うと「ガチャッ」とドアが開いて双子の巫女が入って来た――


「キャーッ! フゥーッ! やりましたねっ! 超神聖な本殿で刃傷沙汰とは恐れ入りましたっ! 血も凍るサスペンス! 世界が震撼! 怖い、怖い!」


「あの血飛沫(しぶき)の演出が効いているでしょ! アカデミー賞にノミネートされるレベルだと思うの」


「うぉっほんっ! また、ドアが開けっぱなしで、困りますね。しかし、任務の方は完璧です。心を病んだ彼氏の居ない女性を良縁に結び付けた事は天国主大神アメクニヌシノオオカミ様が高く評価されました。それでは、そこの日報を頂いて、わたしはこれで。あっ、私は怖くありませんでしたよ。では」


 神官が去って行くと、双子の巫女が呆れていた――


「何で強がっているのかなぁ……神官だけに震撼なんてしませんよって事ですかぁ?」


 三人は顔を見合わせて爆笑した。そして、双子の巫女が御守りを渡すと、甘酒をお盆に乗せて差し出した。

 

 めぐみは甘酒を一気に飲み干した――


「ん旨い! 腸内環境の改善効果を感じるっ! ありがとう!」


 めぐみは二人の巫女に見送られて、軌道エレベーターに乗って地上へ戻って行った――





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