あれ、髪切った?
喜多美神社は神聖な空気と夜の闇に包まれていた――
「さぁてと、これで終わりかなぁ。夕飯は……」
めぐみは、ケータイのショート・メールを確認した――
「レミさんも七海ちゃんも遅いみたいだから、何か買って帰ろうかなぁ……おや?」
帰り支度をしようと参道に出ると、鳥居の向こうに気配を感じた――
「あれ? 誰か居るよ?」
髪を切り、お洒落なモードに身を包み、別人になった伊邪那美が夜の闇にシルエットで浮かんでいた。そして、右手を挙げて指を鳴らした――
〝 パチンッ! ″
すると突然、月が現れ、月光が束になってスポット・ライトの様に伊邪那美を照らした――
「あれ? もしや? ウソ? マジで……」
伊邪那美は、参道のセンターを、踊りながら歩いて来た――
〝 シャラララララァ―――――――――――――ンッ、クルクルクルッ! キラキラキラァ――――――――ンッ! ウフフフ、フフフフフフフ、アハハハハ ″
「うわぁっ! なっ、何で、ミュージカル仕立てなんだっ! しかも、歩いている足元に野花が咲き乱れるディズニー風って……」
〝 クルクルクルッ! シャラララララァ―――――――――――――ンッ、キラキラキラァ――――――――ンッ、ランラララァ―――ンッ、トゥルルルゥ―――――ッ、フフフゥ―――――ンッ ″
「あら? めぐみ。お出迎え、ご苦労」
「出迎えてませんっ!」
「拍手喝采が無いわよ? 気が利かないわねぇ」
「ぐぬっ、『気が利かない女』それは、女が言われる事を一番嫌うパワー・ワードっ!」
「チッチッチ。オ・ト・コに言われた場合でしょ? 女が女に言うのはOK」
「お、OK? 今更ながら、キャラ変に驚く私」
「そう。だから『気が利かない女』で合っているでしょ? ウフフフ」
めぐみは、伊邪那美の頭のてっぺんから爪先まで、舐めまわすように眺めた――
「あれ。髪切った? かぁ――っ、若作りしちゃって、恥ずかしい」
「恥ずかしくなんか無いもんっ!」
「もんって、あのですね、『ローマの休日』に出演時のオードリーの年齢は二十四歳ですよっ! いい歳して、若作りし過ぎると、笑われますよっ!」
「笑われたって、若いんだもぉ―――ん。笑えないババアより、よっぽどマシなんですぅ―――だっ!」
「ぐぬっ、典子さんの口調を、何時の間にかマスターしてやがるっ!」
「若く、美しく蘇り、現代的なエレガンスを身に付けた私に……嫉妬するのも無理は無いわ。お―――――――っほっほっほっほ」
「くそっ、嫉妬なんかじゃ有りませんよっ! 私の方が、全然若いのに、何か見下されているのが悔しいんですっ!」
「では、明日の正午に。ご機嫌よう」
〝 シャラララララァ―――――――――――――ンッ、クルクルクルッ! キラキラキラァ――――――――ンッ! ウフフフ、フフフフフフフ、アハハハハ ″
伊邪那美は、上機嫌で本殿へ向かった――
「ただいま」
「お帰り」
〝 シャラララララァ―――――――――――――ンッ、クルクルクルッ! キラキラキラァ――――――――ンッ! ″
「おやおや? 本殿ではお静かに」
「あなた。何か、気が付かなくって?」
「さぁ……」
「ちゃんと見て下さいっ!」
「着ている物が違いますね」
「で?」
「似合ってますよ」
「それから?」
「ふーん。あぁ、髪を切りましたね」
「そうです」
「髪は女の命と言いますが、随分、思い切りましたねぇ」
「女神ですから、思いっ切り、切りましたの」
「なるほど。とっても、お似合いですよ」
「あなた……」
「今夜は、眠らせませんよ」
「ダメよ、ダメダメっ! 明日は出掛けるし……」
「お昼までに行けばよいのでしょう?」
「…………」
めぐみは、明日の迎えの時間を打ち合わせをしようと、本殿まで追い掛けて来たが、中のふたりがイチャイチャしているので止めた――
「アホくさ。帰ろう、帰ろうっ!」
自転車に跨り、颯爽と夜の街に出て、夕飯のお惣菜を買って帰宅した――
「ただいま――ぁ、と言っても、誰も居ないのよねぇ。ふぅ」
めぐみが夕飯とお風呂の準備をしつつ、洗濯機を回していると、レミが帰って来た――
「ただいま」
「あ、レミさんお帰りなさい」
「はぁ、疲れたぁ……夕飯は?」
「メンチカツとカニクリームコロッケ」
「YES! 今夜は、ガツンとお腹に溜まるのが食べたかったのよね」
「私も。何か、美食では無く、ヘルシーでもジャンクでもない奴が食べたかったんだよね」
「ねぇ?、七海ちゃんは?」
「今夜は遅いみたい」
「そう。どうでも良いけど、このメンチ強烈な香りがするわね?」
「七海ちゃんが『めぐみお姉ちゃん、加藤精肉店のメンチカツはA5,A3の牛肉の切り落としや、極上の脂が入ってから、めっちゃ、旨いんだぜ』って言ってたから、一度は食べてみようと思っていたのよねぇ」
実食――
「ゲロ旨っ!」
「クソ旨っ!」
「定番のブルドッグ・ソースが、溢れ出る牛脂に押し流されて、まろやかになるとは……口中で極上のソースに変化するなんて、驚きね」
「その濃厚な牛肉の味を堪能して、キャベツに箸を運べば、何時ものキャベツがフレッシュで瑞々しく感じるぅ」
「カニクリームコロッケは、コレを食べた後だと微妙ね」
「七海ちゃん曰く『メンチに乗せて食うと、旨いんだぜ』って」
「なるほど、ソース・ベシャメルって事か……うん、美味しい」
ふたりが食事を終えると、玄関チャイムが鳴った――
〝 ピンポーン! ″
「誰?」
めぐみは、ドアまで歩いて行き、覗き窓から確認した――
「なんだ、七海ちゃんじゃないの、お帰り。ピンポンするから、誰かと思ったよ」
「めぐみお姉様、レミ様。只今、外出先から戻りましたぁ」
「そんな、三つ指突いて挨拶するなんて……どっ、どうしたのよ?」
「日頃から、きちっとした所作を身に付け、習慣にしなければ、美しい女性にはなれませんので」
「美しい女性……??」
「あ、レミさん。そうやって、股を開いて座るのは、ロケンローかもしれませんが、女性としては失格ですよ? お気を付け遊ばせ」
イッケイの、指導を受けた七海は。すっかり良家の娘になっていて、めぐみとレミは口をあんぐりと開けたまま、ゆっくりとお互いの顔を見合わせると、我に返って襟を正した――
お読み頂き有難う御座います。
気に入って頂けたなら
下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援と
ブックマークも頂けると嬉しいです。
次回もお楽しみに。