女神の休日。
伊邪那美は、髪を切る事で重厚な存在感と荘厳な雰囲気を捨て去っていた。軽快で軽やかなモードに身を包み、すっかり若返っていた――
〝 シャラララララァ―――――――――――――ンッ、クルクルクルッ! キラキラキラァ――――――――ンッ! ウフフフ、アハハハハハハ、フフフフフフフ ″
「回ってる、回ってる……おばさん、上機嫌だお」
「気に入ったわぁ。これで、地上生活が楽しくなりそうよっ! ウフフッ」
「気に入って貰えて、本当に良かったですぅ―――っ!」
七海は、伊邪那美がキャラ変している事を見逃さなかった。そして、イッケイ同様、これで解放されると安堵していた――
「おばさん、んじゃ、これで、お別れだお」
「何が? 真直ぐ帰るのが、惜しいくらいな夜なのに?」
「あっシは、イッケイさんと明日の『傾向と対策』なんよ」
「そんな事、どーでも良いじゃないの?」
「良くねぇ――んだわ。あっシは、分かって居る様に見えて、世間知らずなんよね」
「そうね……七海ちゃんは女同士の『妥協無き戦い』が分かっていないわね。まぁ、オカマの私が云うのもなんだけど、オカマだからこそ、分かる事が有るの。最初が肝心、最初に悪い印象を与えたら……それで終わり、THE・END!」
イッケイは、静かに首を横に振りながら俯くと、鋭い眼光で七海を睨んだ――
「だ、第一印象で……終わりなん?」
「回復は不可能よっ! 仮に、嫁に行ったとしても、一生、言われるの。恐ろしい事だわぁ……どんだけぇ――――――――――――っ! でも、安心して。言葉遣いから所作迄、今夜、徹底的に教えてあげるわよ」
「うんっ!」
すっかり仲間はずれになった伊邪那美は「チッ、付き合い悪いなぁ。詰まんないのっ!」と、心の中で舌打ちをした。すると、七海のケータイが鳴った――
〝 ピピピピピッ、ピピピピピッ、ピピピピピィ―――ッ! ″
「あ、ちょっとゴメンね。もしもし?」
「もしもし、七海ちゃん? 今、イッケイさんのオフィスの近くまで来ているんだけど? 用事が済んだのなら、送って行くけど?」
「あぁ……ゴメン、せっかく近くまで来て貰たんだけどぉ、明日のために髪の毛切ったでしょ? だから、ヘルメットを被りたくないんよねぇ……」
「あぁ、そうかぁ……そうだよねぇ。気が付かなかったよ……」
「ごめんね」
「いやぁ、此方こそ、気が付かなくてゴメン……」
「じゃあ、明日のお昼に」
「あぁ。それじゃあ……」
「うん……あのね、」
七海と駿の会話を聞いていた伊邪那美が割って入った――
「待てぃ」
「あんだおっ! せっかく今『愛してる』って言おうとしたのにぃ、邪魔すんなっ!」
「せっかく近くに来たのなら、送って行って貰おう」
伊邪那美は、七海のケータイを取り上げると、1オクターブ高い声で「狛江まで送って下さいませ」と頼んだ――
「あぁ、どうせ、そのつもりだったので、狛江までなら全然OKですよ」
「有難う御座います。はい、はい。えぇ? 入口の? 歩道の植え込みの? ハイ、分かりましたぁ。御無理を言って申し訳ありません。では、宜しくお願い致しますぅ」
〝 ブチッ! ″
「あっシの代わりに送って行けだなんて、図々しいにも程が有るおっ! あっシのダーリンをパシリにすんなっ!」
「まぁまぁ、良いでは無いかぇ?」
「適当にキャラ戻ってるし。おばさん、ちゃんとお礼を言ってよね。後、抱き着き禁止だかんなっ! くっついたら、ぶっ殺すかんなっ!」
「心配無用じゃ。若い男に興味は無い。お――っほっほ」
「ムカつくっ!」
「では、これで」
〝 バタンッ! ″
髪を切った伊邪那美は、生まれ変わった気分で、ルンルンで出て行った――
〝 べェ―――――ンッ、ベン、ベン、ベン、ベン、ベン、ベン、べべべベッ! ″
「あ、今晩は。七海ちゃんの?」
「はい。すみませんが、狛江まで……よろしく、お願いします」
「分かりました。ついでですから、気にしないで下さい。じゃあ、コレを被って、確り捕まって下さいね」
伊邪那美は、駿が自分の息子と知らないまま、ベスパに乗って帰路に就く事となった――
「あの、失礼ですけど、七海ちゃんとは、どう云う御関係なんですか?」
「あぁ……」
「親戚の方ですか?」
「まぁ、その様な、感じでしょう……」
駿は、歯切れの悪い返答に「聞かない方が良かったかな?」と思った――
「そう言うあなたは、七海の彼氏?」
「えぇ。そうです」
「そう。若いって良いわねぇ。七海のどんな所が好きなの?」
「そうですね、純粋で無垢な所かなぁ。不思議なんですけど、一緒に居て落ち着くって云うか……僕が、心を許せる唯一の存在なんですよ」
「そう。それなら、将来は結婚をするの?」
「はい。そのつもりで、家族に紹介する予定なんですよ」
「あら。おめでとう御座います」
「あはは。まだ分からないですよ」
「分からない?」
「だって、反対されるかも、しれないじゃないですか?」
「誰も反対なんてしませんよ」
「えぇ? そうですか?」
「愛し合うふたりの恋路を邪魔する様な無粋な者は居ませんよ」
「良かったぁ、親戚の方に太鼓判を押して貰えるなんて、嬉しいなぁ。送って良かったです」
会話をしながら、ベスパを玉川通りから世田谷通りへ走らせ、気付けば成城通りに入り、それから南下して水道道路に出た――
「ねぇ、此処で良いわ」
「了解しました」
〝 べェ―――――ンッ、ベン、ベン、ベン、キィ――――――ッ! ベン、ベン、ベン、べべべベッ! ″
「どうも有り難う」
「どういたしまして。お役に立てて良かったです。それでは、さようなら」
「さようなら……」
〝 べェ―――――ンッ、べェ―――――ンッ、べェ―――――ンッ、べェ――――――――ンッ! ″
伊邪那美も駿も、互いに名を問う事は無かった。それは、めぐみの神力によって守れているからであり、お互いに神様だと感じる事が出来無かったからだった――
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