恩を売って、恨みを買う?
伊邪那岐は「伊邪那美様に逆らう事は、死を意味しています。誰も抵抗なんてしませんよ」等と言いながら、その舌の根も乾かぬうちに全力で抵抗するめぐみを微笑ましく思っていた――
「あなた。何が可笑しいのですか?」
「いえ、別に」
「笑っていましたよ?」
「ふぅむ。私だって、笑う事くらい有りますよ。それより、何をそんなにお怒りなのでしょうか?」
「だって、あなた。地上で死別した我が子に再会出来る喜びも束の間、女が居るだなんて……それも、婚約者ですよ? 絶対に、許しませんから」
「もう子供じゃないんです。彼には彼の人間生活の時間が流れているのです」
「まぁ? カッとなって、我が子を殺しておいて……あなたに、そんな事を言う資格は有りませんからっ!」
伊邪那岐は「それを言っちゃぁ、お終いよ……」と心の中で呟いた。そして、何時に無く感情的になり、八つ当たりをする伊邪那美に呆れていた――
「あぁ――っ! 腹立つなぁ、ぷんすか、ぷん、ぷんっ!」
「めぐみ姐さん、どうかしましたか?」
「どーも、こーも無いんだわ、伊邪那美様が、あんな分からず屋だなんて、ガッカリだよっ!」
ピースケは、めぐみの話を聞いて驚いた――
「そりゃぁ、無いですよねぇ」
「でしょう?」
「お腹を痛めて産んだのは確かですが、それ以降は一切、関係が無い分けですから。何より、駿先輩の方が気になりますよ」
「あ痛たたぁ。それなんだよねぇ。何て言って良いのやら、どうしよう?」
「伊邪那美様がそんな状態では、セッティングは難しいですよね」
「やっぱり、難しいよねぇ?」
「そりゃそうですよ。ふたりが対面をする。『母さんっ!』 と言って胸に飛び込む。『おぉ、我が子よっ!』となる。そこに七海ちゃんが来る。『初めましてお母さん』と言った刹那、伊邪那美様が『許しませんっ!』と激怒する。感動の再開が、一転して修羅場になりかねない分けですからねぇ」
「弱っちゃうんだよなぁ……」
めぐみが、肩を落としてしょんぼりしていると、スマート・ウォッチが起動した――
〝 めぐみちゃん、悪巧みをした罰が当たったんだよ ″
「もう、ショーティ。どうして、そんな事を言うの? 私の味方じゃないの?」
〝 勿論、味方だよ。でもね、恩を売ろうなんて考えると、逆に恨みを買う事になりかねないんだよ ″
「そんなぁ……ねぇ、ショーティ。何か、良い方法は無いかしら?」
〝 大丈夫だよ。兎に角、七海ちゃん抜きでセッティングする事が先決だよ ″
「それしかないか……」
めぐみは、善は急げとばかりに、駿に電話をした――
〝 リリリリリンッ、リリリリリンッ、リリリリリリリ――――――ンッ! ″
「もしもし、駿さん。めぐみです」
「もしもし、めぐみちゃん。こんにちは」
「こんにちは。あの、例の件なんですけどぉ、明日の都合は如何ですか?」
「あぁ。僕なら大丈夫だよ」
「では、再会のお祝いと云う事ですから、明日のお昼に、お食事をしながらでよろしいですか?」
「あぁ。良いね。それで場所は何処なんだい?」
「場所は、まだ決めていないのですが……」
「だったら、目黒の椿山荘が良いよ。僕が予約しておくよ」
「本当ですか? 有難う御座います。では、明日のお昼に行かせますので」
めぐみは、電話を切ると踵を返して本殿に向かった――
「伊邪那美様? 伊邪那美様ぁ」
「呼んだか?」
「これはこれは、伊邪那美様。先程の話の続きなんですけど……」
「うむ。心を改めたか?」
「えぇ、もう、改めまくっております。それで、駿さんと打ち合わせをして明日のお昼に目黒の椿山荘で会食と云う事になりましたので。宜しくお願いしますね」
「明日の昼か。遂に我が子と対面する日が来たのじゃのぅ……目出度き事よ……」
感涙にむせび泣く伊邪那美を余所に、めぐみは、明日の日程と場所をメモに書いていた――
「伊邪那美様。此処に地図が書いて有りますから。くれぐれも、遅れない様にお願いしますね」
「うーむ……」
「何か?」
「ちと、訪ねるが……我が子と初の再会に、着て行く服はこれで良いのであろうか?」
「あーあ、それじゃ駄目です。まぁ、一応、綺麗な格好をして下さい。ハレの日の格好で」
「ハレ?」
「あの、冥府に居た時のような大袈裟な格好は以ての外なんですよ、それに、神様的なのも駄目ですっ! 太刀なんか下げていたら銃刀法違反で逮捕されますから」
伊邪那美は、考え込んで奥へ行き、衣装ケースから服を取り出した――
「では、この服でも良いか?」
「この服って?」
伊邪那美は、街を散歩する時のために、ミセスの店で購入したセット・アップを、めぐみに見せた――
「駄目、駄目、駄目っ! 婆臭いなぁ………」
「婆臭いとは、何事ぞっ!」
「あのですねぇ、極端過ぎるんですよぉ、そんな、近所のババアみたいな? ヤンキーの部屋着みたいなのは駄目ですよ。三千年ぶりに我が子と対面するんですよ? 気取り過ぎず、洒落過ぎず、落ち着きのある上品な服じゃなきゃ。何か、適当に見繕って下さい。では」
伊邪那美は、自分のお気に入りが婆臭いと言われた事が、ショックだった――
「高貴な紫色の肌触りの良い生地、格調高い金糸、胸元には魔除け厄除けの、鋭い眼光で四方八方を睨む『八方睨みの虎』これ以上の服は無いと思うのじゃが……婆臭いと言われるとはのぅ……さて、ならば買い物に行かねばならぬのぅ」
伊邪那美は、仕方なく、お気に入りのセット・アップを着て、買い物に出掛ける事にした――
「はて? めぐみの言う『気取り過ぎず、洒落過ぎず、落ち着きのある上品な服』とは、一体どんな物であろう……」
狛江の商店街を歩いても、それらしい物は見当たらず、途方に暮れていた――
「困ったのぅ。めぐみに声を掛けたが『自分の服くらい、自分で選んで下さいよ。忙しいんですっ!』とピシャリ。不案内で、どうにもならぬ……」
「おばさん。こんにちは」
「む? 聞き覚えの有る、その声は……?」
伊邪那美が振り返ると、そこには、仕事帰りの七海が居た――
「おぉっ! 七海ではないかぇ」
「また会ったね。何やってんの?」
伊邪那美は、優しく微笑む七海が大きく見えて、まるで迷子の子供の様だった――
お読み頂き有難う御座います。
気に入って頂けたなら
下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援と
ブックマークも頂けると嬉しいです。
次回もお楽しみに。