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親は無くても子は育つ。

 ―― 二月二十五日 先勝 甲寅


 天海徹がレミを迎えに来て、一日は始まった。七海は、疑いが晴れて心穏やかになり、めぐみは、何時も通りに仕事に向かった――



「季節は巡るよ、やっと、春らしくなってきた感じ。うふっ!」



 喜多美神社は神聖な空気と静寂に包まれていた――



「おざっす!」


「めぐみさん、お早う御座います」


「おはよぅ、さんですぅ」


「めぐみ姐さん、お早う御座います」


「梅は咲いたし、河津桜は満開みたいですねぇ」


「春は、気持ちが昂りますよね」


「ピースケさん。昂っても、仕事は、きちんと丁寧にお願いしますね」


「はい」


「それでは皆さん、今日も張り切ってまいりましょうっ!」



 〝 はぁ―――――――――いっ! ″



 典子の号令で仕事が始まると、ピースケと紗耶香は授与所の整理整頓を、イチャイチャしながら楽しそうにしていた。めぐみは、拝殿に昇殿し、本殿の清掃へ向かった――



「さぁてと、本殿を、綺麗にしましょうねぇ」


「あの、お嬢さん」


「あっ、死神さん……じゃなくて、伊邪那岐様」


「どちらでも、結構なんですがねぇ……」


「今から清掃ですが、何か?」


「お嬢さん。伊邪那岐を何処へ案内したのですか?」


「はぁ? 何処って、狛江駅周辺と多摩川に行った位でけど?」


「ふーむ。その道程に、何か御座いませんでしたか?」


「道程と言われましても、単に街を案内して、人間生活の説明をして、その後、多摩川に赴き、夕日を眺めていたら『あの太陽はフェイク』だと、爆弾発言をしたと云う分けで御座いまして……」


「そうではなく、何か……神との結び付きを強めるパワー・スポットとか、石碑とか、施設であるとか、特殊な者が生活をしているとか……」


「あの、何か、御座いましたか?」


「はい。実は、昨日の夜、伊邪那美が地上の住人になって帰って来たのです」


「えぇ――――っ!」


「しっ! 大きな声を出さないで下さい。何処かで、誰かが、地上の食べ物を振舞い、それを口にした様なのですが……」


「はぁ……伊邪那美様に?」


「それ以外に考えられませんねぇ」


「はぁあ……そんな事が、有るんですねぇ」


「感心している場合では有りません。彼女が地上に復帰した事は、隠せなくなったのですから」


「わぁお! そりゃ大変ですよ」


 めぐみは、一瞬、驚いたが、直ぐに立ち直った――


「あれ? ん? でも、それで困る事って……別に、何も無いですよね?」


「有りますよ。八百万の神の勢力図が大きく変わりますから、抵抗する神、謀反を起こす神さえ居るかもしれませんよ」


「いやいや、それは無いですよ、取り越し苦労ですって。伊邪那美様に逆らう事は、母親に逆らう事ですよ? そんな、反抗期の少年みたいな『お子ちゃま』は居ませんよ。あははは」


「いや、しかし……」


「伊邪那美様に逆らう事は、死を意味しています。誰も抵抗なんてしませんよ」


「だと、良いのですがねぇ……」


「伊邪那岐様。そんなに気になるなら、伊邪那美様に直接、聞けば良いじゃないですか?」


「まぁ、ちょっと、言い辛いんですよね……」


「夫婦じゃないですか?」


「夫婦だからこそ、上手く言えないんです……分かって貰えませんかねぇ」


「あら? もしや、地上に復帰した伊邪那美様には、強気で物が言えない状態になったと? それは『かかあ天下』ってぇ、奴ですねっ!」


「お嬢さん。分かり切っている事を、思い切り、言わないで下さいっ!」


「そっかぁ……」


 めぐみと伊邪那岐の気配を感じた伊邪那美が出て来た――


「あなた。そんな所で何をしているのですか?」


「お嬢さんと、朝の挨拶を交わしていただけです」


「仕事の邪魔をしては、なりませぬぞ」


「はい」


「めぐみ。さぁ、お入りなさい」


 めぐみは、ジェントルでスマートな「死神さん」は、もう存在しない事を確信した。そして、伊邪那美の存在感の大きさの前に、伊邪那岐さえも小さく見えていた――


「めぐみ。何をしておる?」


「あぁっ、今直ぐ、清掃しますので、暫く、外でお待ち下さいませ」



 〝 アチョ、アチョ、チョッチョ! アタタタタァ――――ッ! ″



「伊邪那岐様、伊邪那美様。只今、清掃は終わりました。中へ、お戻り下さい」


「お嬢さん、何時も手際が良いですねぇ。有難う」


 伊邪那岐が本殿に入って行くと、めぐみは深々と頭を下げ、次の仕事に向かおうとした――


「お若えの、お待ちなせえやし……」


「待てと、お止めなされしは……」


「芝居は無用」


「自分で振っといて」


「例の件はどうなった?」


「例の件なら、既に探し出しております」


「本当かっ! でかしたぞッ! うん、うん。その方は手際が良い、良い。それで?」


「そうですねぇ、対面する日取りを決めたいと思いますが?」


「死んで分かれた我が子であれば、今直ぐ飛んで行って、ひと目会いたい、抱き締めたいと思うのが母の心」


「そうなんですけどぉ、彼方にも、都合と云う物が有りますので」


「そうよな。生まれて殺され、地上に住んで、ひとり孤独に暮らす日々。さぞや辛かったであろう。苦しかったであろう……」


「いやいや、親は無くても子は育つ。見事立派に大人となって、ラノベ作家で大ヒット、世間も羨むタワマン住まい。水も滴るぅ、色男――――ぉ! で、御座います」


「何っ? それでは、女がおるのか?」


「分かります?」


「勿論じゃ。女の臭いがふんぷんとする。母では無く、女としてじゃ……」


「婚約者がおりまして」


「許さんっ!」


「あのぉ、子供じゃないんで」


「腹を痛めて産んだ、我が子ぞ」


「そう云う意味じゃなくて、もう、大人なんですから。婚姻の自由です」


「許さんっ!」


「会う前から反対するなんて、此方が許しませんよっ! それでは、この話は無かった事に。では、さようなら」


「待てぇ!」



 めぐみは、七海と駿の事を思うと、頭ごなしに反対をする伊邪那美の態度に呆れてしまい、引き留める声を振り切って、本殿を飛び出した――


「ったく、我が子、我が子と、恩着せがましいんだよ。毒親になりそうで、怖いっつーの!」


 めぐみは、すっかり、恩を売る企てを捨て去り、ふたりを守る為、伊邪那美と対決する覚悟を決めていた。そして、その去って行く後姿を、伊邪那岐が見つめていた――






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