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こぼれ話のその後で。

 駿は、内村の怒りに満ちた悲しそうな横顔を見て、改めてお茶を淹れ直した――


「もう一杯、如何ですか?」


「有難う御座います」


 駿は、内村が差し出したカップに丁寧にポットの紅茶を注いだ。すると、アールグレイの香りが部屋いっぱいに広がった――



「先生。コンプライアンスなんて、只の言い訳ですよ。皆、キャンセル・カルチャ―の中で怯えているだけです……炎上を恐れ、善人の仮面を剥がす勇気が無いんですよ。偽善者なんですっ!」



 〝 ドンッ! ″



「内村さん、今日は、何か変ですよ? どうか、落ち着いて下さい」


「落ち着いていますよ。私は、至って冷静です」


「そうですか? 何時もなら、おやじギャグやダジャレを言って笑わせる内村さんにしては、冷静さを欠いているように見えますけど?」


「まぁ、そうですよね。先生はお見通しでしょう。私はこの『誰も知らない海』のような作品が、もっと、有るべきだと思っているのです。エンタメの中のメタファー解析なんて飽き飽きなんです。そんなのがバズると、誰も彼も同じ事をするのが耐えられないんですよ」


「まぁ、誰だって自分が可愛いですし、今の時代、抽象、具象に関わらず、知らぬ間に何処かの団体の都合の悪い事に触れてしまったり、誰かをディスる様な結果になる事は避けたいですよ。面倒な事に貴重な時間を奪われたくないですし」


「全てを丸く収める事なんて、出来ゃしませんよ。ほら、お笑いなんて、その最たる物でしょう? 有名になって、お金が稼げるから大学を出てお笑い芸人になる時代ですよ? それこそ、お笑い草でしょう? ま、笑えませんがねぇ。芸と言ったって、Aが前提を、Bが乗っかる、Cは周囲の顔色見て、ウケていれば更に乗っかり、食い付いていなければ、全否定でリセット。予定調和で退屈なんです。昔の芸人はスベる事なんて意に介さず、放送禁止用語も平気で言って、何をしでかすか分からない様な、狂気じみたスリルが有ったでしょう?」


「そうですねぇ。しかし、この作品を内村さんが気に入るとは思いませんでしたよ。書いて良かったのかもしれませんね」


「先生、出版に向けて執筆して下さい」


「えぇ?!」


「何としても、世に出したいのです。これねぇ、メメクラゲが出そうなアングラな雰囲気じゃないのが良いんだよなぁ……あっ、シュールとか耽美的とかダメですよ。もっと大胆でシンプルに……詩的な感じのままが良いですなぁ」


「いやぁ、それは……」


 駿が、内村の言動に驚いていると、追い打ちを掛ける様に、電話が鳴り響いた――



 〝 リリリリリンッ、リリリリリンッ、リリリリリリリ――――――ンッ! ″



「あ、ちょっと失礼します」



 〝 ガチャッ! ″



「あの、もしもし、駿さん? めぐみです」


「あぁ、めぐみちゃん。こんにちは」


「こんにちは。ちょっと、お話があるんですけどぉ」


「今、来客中なんだけど? 直ぐに済むなら……」


「違うんですよ、電話じゃなくて、会って話がしたいんですよ。近くまで来ているんですけど、多分、五分か十分位で着くと思いますけど?」


「そうなんだ。そうだなぁ……それじゃあ、十分後でどう?」


「分かりましたぁ」



 駿は、内村に追い詰められていたので、めぐみの電話が、天の助けだと思った――



「内村さん、すみませんが、急な来客がありまして……」


「分かりました。こちらの用件は済みましたから。却って、長居をして申し訳ありません」


「いえ、とんでもない……」


「では、先生。宜しくお願いしますよ。誰も手に取らない様な、傍らで静かに呼吸をしている、野に咲く小さな名も無き花の様な作品。期待していますからね」


 駿は、勝手に期待されれも困ると思った。何より、内村の『野に咲く小さな名も無き花の様な……』がクドイ表現だと感じていた。そして、後片付けをして、めぐみが来るのを待つことにした――



「えっと、此処だな。七海ちゃんが『ムサコのタワマンで一番、スゲェ奴だお』って言っていたもんね」


 めぐみは、駐輪場に自転車を停めると、エントランスに向かって歩いて行き、出て来た内村とすれ違いになった。そして、タイミング悪く中に入って行くのを、仕事帰りに駿に会いに来た七海が、目撃してしまった――


「めぐみお姉ちゃん? 何で、めぐみお姉ちゃんが……駿ちゃんのマンションに……」


 その時、七海は『浮気、それは裏切り』と、一気に妄想をした――


「そんなぁ……そんなの無いお、私に黙って、駿ちゃんと会うなんて……信じられないお、駿ちゃんも、あっシに秘密が有るなんて……許せない、駿ちゃんの馬鹿っ!」


 七海は、いたたまれなくなり、その場をダッシュで後にした。そして、何も知らないめぐみは、駿の部屋に入った――



「いらっしゃい」


「お邪魔しまぁ――すっ!」


「さぁ、どうぞソファで寛いで。今、お茶を淹れるよ」


「有難う御座います。そう云えば、七海ちゃんと会いました?」


「いや、今日は、まだ来ていないよ」


「丁度良かった。むふふ」


 駿が、お茶を差し出すと、本題に入った――


「今日は、何か特別な話?」


「そうなんですよぉ、分かります?」


「そりゃ、分かるよ。めぐみちゃんが此処へ来るなんて、アパートでは話し辛い事なんだろ?」


「流石、分かってらっしゃるっ!」


「で?」


「あのぉ、実は……駿さんの、お母さんの事で……」


「僕の? 嫌だなぁ、母の事なら知っての通りさ」


「それがですねぇ……今、地上に居るんですよ」


「……え?」


「私が、蘇らせちゃったんですよぉ」


「まさかっ! 黄泉の国から……? めぐみちゃん、それは本当かい?」


「勿論、本当です。嘘は申しません」


「何て事だっ! どうしよう……僕は、どうすれば良いのだろう?」


「大丈夫ですよっ! 私に、お任せ下さいっ!」


「それは有り難い、是非とも頼むよ」


「はい。それでですね、伊邪那美様も我が子にひと目会いたいと云う事で、私に探し出して、連れて来て欲しいと依頼を受けたので、今日、此処に来た訳なんです」


「そうなんだ?」


「はい。こうして、探し出しましたので、会って貰えますよね?」


「勿論だとも」


「では、セッティングしますから、日程の調整を……うっしっし」



 めぐみは、駿を探し出したアリバイ作りに成功し、思わず笑みが零れた。一方、その頃、被害妄想に苛まれた七海は多摩川の夕日を眺めながら、涙を零していた――






お読み頂き有難う御座います。


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次回もお楽しみに。

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